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小悪魔聖女の限りなく透明に近い結婚

作者: HFIP-d2

「その子は、俺の子、なのか?」

 思わず口にした言葉に、赤子を抱く後ろ姿のお嬢、もとい、辺境伯婦人の肩がピクリと震える。その震えは、昔から嘘が苦手な彼女のイエスの仕草だと俺は知っている。

「…おかしいな、こんな未来はなかったのに。なんでだろ?」

 振り向くことのないまま彼女が放つ声は、おどけているように装っているが緊張が隠せない。

「…説明してもらえますか?お嬢」

 そして平静を装う俺の声もまた震えていた。



 俺、ギルバート・ズヴァールは、小国ズヴァールの第11王子だった。ろくでもない国で、10歳の時にトヨーヲ帝国に滅ぼされたが、妾腹の弱小王子のことなど誰も気にかけていなかったため、処刑前日に牢から引きずり出されても気にする者などいなかった。

「これか?」

 落ちぶれ、転がされた俺を、いかにも貴族といった身なりの男性と幼女が見降ろしている。

「うん、この黒髪で、青い目の人よ。ギルは騎士になって、私を守るの。すっごく強くて、絶対負けないの。怪我をするのも一度だけ。大人になるまで、ずっとそばにいてくれるの」

「そうか、ならばこれをサキヨミ様の護衛騎士になるよう、鍛えることにしよう」

 そうして俺の運命は変わった。


 サキヨミの聖女は、会った人間の瞳の中に未来を見ることができる。

 幼児期は親元で暮らすが、力を悪用されないように、というか、教会が力を意のままに利用出来るよう、7歳からは教会の奥でひっそりと暮らし、教会に大金を積みあげた者だけが面会を許される。

 サキヨミの力は、18歳になるか純潔を無くすことによって失われるので、教会は18歳のその日まで、この金の卵を産む鳥を厳重に囲う。

 100年ぶりに誕生したサキヨミの聖女、オフィーリア様の護衛騎士として俺が教会の奥で働くことになったのは、俺が15歳、オフィーリア様が7歳の時だった。


 だがこの聖女様、紫のストレートヘアと柔らかな笑みをたたえたアメジストの瞳の外見の清順さからは想像もできない、規格外の聖女だった。


 サキヨミは、問われたことの未来を見る、とされている。


「え、別に普通に全部見えるよ?聞かれてないことでもだいたいの未来はわかっちゃうけど?」

「…お嬢様、それは秘密にしておきましょう。そうですね、もったいないので、問われたことの答えを、一つだけ、告げるようにしてください」

 そう言い含めたのはお嬢様がサキヨミの聖女となってすぐのことだった。我ながら慧眼だったと褒めてやりたい。

 なぜなら、この聖女様の能力はそれどころではなかったのだから。


 サキヨミは1人の人間に対して使えるのは一度だけ、とされている。


「え、別に何個でも見えるよ?健康、結婚、仕事とか、何回でもいけるし、なんなら、いろんなパターンの未来も見えるよ?こうしたらこうなるけど、しなかったらこうなる、とか」

「…お嬢様、それは秘密にしておきましょう。その力は危険すぎます」

 そう告げたのは10歳の時。

 それはお嬢様の命にかかわるほど大事なことだ、とまでは言うつもりはなかったのに。

「そうだね。たしかにこれが知られたら私は殺されちゃうね」

 サキヨミの能力はサキヨミの聖女本人に対しては使えないとされている。だが…

「もしかしてお嬢様、自分の未来もわかるのですか?」

「え、別に普通に見えるよ?あー、それも知られたらダメなやつか」

「…そうですね、絶対にダメです」

 俺は頭をかかえた。

 一応、彼女は俺の命の恩人だ。だから、守りたいと思う。だが、護衛騎士としてではなく、むしろ王室から、教会から、このぶっとんだ聖女を守りきることができるだろうか?

「うーん、わかった、ちょっといろいろ勉強したいから、本の差し入れをお願いしてもいい?」

「サキヨミ様が目にする本は検閲があります」

「え、そんなもの、ギルの魔法でいくらでも誤魔化せるよね?」

 こいつホントに聖女か?

 俺の好意、いや、俺に幼女趣味はない。俺の厚意、忠誠心を試しているのか?

「…わかりました。どんな本ですか?」


 もともとが規格外に賢い人なのだ。そうやってお嬢様は、俺が掟を破って手渡す本と、サキヨミの顧客から盗み見た未来の情報を結びつけ、教会の奥にいながらさまざまなことを学んでいった。


 そして14歳のある日。

 何かを悟ったお嬢様は3日間寝込んだ。

「お嬢、最近流行している恋愛小説です。かなり買うのが恥ずかしかったんです。俺を労ると思って読んでください」

 少しでも気が紛れれば、とその本を渡すと、俺の気持ちを汲んで無理に笑顔を作って受け取ってくれた。優しい子なのだ。規格外だけど。

 涙の残る瞳と目が合う。

 お嬢様がどんな未来を見てしまったのか、俺はわからない。

 俺は護衛騎士の誓約魔法をかけているため、サキヨミ様の見た未来を聞くことはできないから。

 サキヨミの聖女は、能力を失った18歳で、全く知らない土地へと嫁がされる。

 未来を見たことのある人間に便宜をはかることのないように、誰一人知らない場所で、能力を失ってからの引退後の余生を送らねばならないのだ。

 嫁ぎ先は本人の意思も考慮されるらしいが、サキヨミの血筋は残したいらしく、修道院は許されず、結婚は義務だ。

 4年後。

 お嬢様が18歳で引退した時。

 今までもっとも近くにいた俺は、美しく成長した彼女のそばにはいられないどころか、二度と会うことも許されない。

 どこかで誰かと暮らす彼女。

 今はこんなにも近くにいて、俺を頼り切っているこの少女が他の誰かのものに…

「ありがと、読んでみる」

 現実に引き戻される。

 だが、この恋愛小説のチョイスを、俺はすぐに後悔することになった。


「ねえギル、子供ってどうやって作るの?」

 目が点に、なっていると思う。

「なんかさ、恋愛小説とかってさ、いつのまにか子供ができてるんだよね。なんでそこ、とばすんだろう。大事なところなんじゃないの?」

「…ええ、まあ、たしかに大事ですね」

「今回ギルが買ってきてくれたシリーズもだし、その前のもだし、そこが抜けてるんだよね。ねえギル、今度ちゃんと子作りについて書かれた本を持ってきてくれない?」

 俺はゆっくりと深呼吸をした。

「わかりました。少し時間をください。探してみます」

 22歳男性が、14歳少女に、性教育の本を選ばなければならない。

 どんな状況だ。

 変装し、認識阻害の魔法をかけ、本屋に入るが、そんな本、あるわけがない。

 いっそのこと、表の本屋では手に入らない男性向け成人本でも、と思ったが、さすがにそれは倫理にもとる気がするし、ひとまず植物の繁殖方法の本でも買ってお茶を濁すか。


 だがその本を渡す頃には、お嬢様の興味はより悪いほうに移っていた。


「ねえギル、ギルって童貞?」

「…」

 目が合ってしまった。

 今、読んだだろ、こいつ。

 で、俺の未来に”その瞬間”が見られなかったから、もう済んでるって察しただろ。

 〝サキヨミ様は清楚で儚げな絶世の美少女らしい〟と噂している奴、出て来い。まずは清楚の定義から話し合おう。

「前に薬師の女の子と付き合ってる、って言ってたよね?今もまだ続いてるの?」

 まずは基本の深呼吸。

「フラれました。それから、1つ目の質問はプライバシーに関わるのでノーコメントでお願いします」

「プライバシーなの?それは、ごめんなさい、悪かったわ。じゃあ、なんでフラれたのかは聞いてもいい?」

「あー、それもちょっと、ですが、まあ、簡単に言うと俺が彼女を一番に扱っていないから、だそうです」

「ふーん、小説ではよくあるパターンだけど、実際にもあるんだ。まあいいや、もし気が向いたら童貞じゃなくなった時のことを聞かせてくれる?」

「…おそらく生涯、気が向くことはないかと思われます」

「そっか、それは残念。じゃあその女の子についてだけど…」

 これはなんの罰なんだ?俺はどんな罪を犯したんだ?

 それともあれか?植物の繁殖じゃだめだったのか?動物ならよかった?

 その後2年ほど、お嬢様は俺の女性関係だけでなく、社会情勢やら酒場の噂話まで、俺の行動を逐一聞いてくるようになった。

「私は外に出られないから、普通の外の生活ってどんなのかな、って思って。ギルしか聞ける人いないし」

 死守するつもりだったプライバシーは周りから容赦なく削られ、もはやペラッペラで透けて見えそうになり、俺はどんどん品行方正になっていき、そして…


「ねえギル、大人になったら私に子種をくれない?」


 ちょっと待ってくれ。

 子種って何だ?

 はいどうぞ、ってあげられる物だっけ?

 違うよな。

 っていうか、聖女だから成人扱いしていない  が、今のお嬢は16歳、十分大人だぞ?

 貴族だったらそろそろ結婚準備、だし、平民なら子供がいてもおかしくない年齢だぞ?


「まあいいわ、また今度ちゃんと考えることにするわ」

 答えられない俺にお嬢様は興味をなくしたようだが。

 いや。

 全然良くないから。

 可愛いからって、何をやっても許されると思うなよ?

 俺を振り回して楽しいか?

 2年後、サキヨミの聖女を引退したら、お嬢のそばにはいられなくなる俺に、そんなこと言うか?

 もう二度と、ずっと、一生、会えなくなるのに。

 お嬢だって、引退後の嫁入り先を今からあれこれ物色しているのに。

 お嬢が何を考えているのか、わからない。


「ねえギル、子作りってどれくらい時間がかかるものなの?挿入してもすぐに子種は出てこないらしいけど、だったらどうしたらいいの?」

 俺はもはや諦めの境地に達していた。

「…もういいです、お嬢。そのへんはお相手の男性に任せておけばなんとかしてくれます」

 だがお嬢は納得してくれない。

「ギルが教えてくれないのなら、他の人に聞くしかないか」

「!!やめてください、絶対にダメです!俺が教えますから、そんなことを他の人に聞いちゃダメです!」

「そう?それなら教えてくれる?具体的にどうするの?」

「具体的に、と言っても…」

 根ほり葉ほり聞かれ、汗をかきつつ言葉を選んで答える。

 しつこく聞かれた所要(持続)時間は、ノーコメントを貫いたけれど。


 好奇心旺盛なのは知っているけど、この方向ではやめたほうがいいと思うぞ、お嬢。



 そして、ついに、お嬢が18歳になる日がやってきた。


 お嬢が選んだ嫁ぎ先は、まさかの相手だった。

 王都から最も遠い、ワーゲン辺境伯。

 33歳。おっさんだ。

 しかも病気で臥せっていて、非健康状態。

 なぜ選んだのか、おそらくサキヨミの結果なのだろうが、俺以外はお嬢が会ったこともない相手のサキヨミをできることは知らないし、俺はサキヨミの結果を聞くことができない。

「王都からなるべく遠くにいきたかったので」

 それで通すらしい。


「ギルもこれまで本当にありがとう。これ、今までのお礼に。剣の飾りに使って」

 11年ぶりのお嬢様の実家、ロメオ伯爵家での、引退祝いの小規模なパーティーで、お嬢に渡された剣の装飾具。

 これまで経験したことのない程の悪酔いの中で、あてがわれた客室に戻って剣をもてあそんでいた酔っ払いの俺は、左手にざっくりと剣を突き刺してしまった。


 俺は今まで、どんな訓練でも、実戦でも、怪我をしたことは無かった。

 ちなみに、病気にかかったこともない。

 だから、怪我とはこんなに痛いものか、と驚いた。


「今日はもう遅いので、明日になったら教会に行って治癒をお願いすることにしましょうか。まあ、これくらいの怪我なら応急処置で十分かもしれませんが」


 メイドに手当てをしてもらったが、そう簡単に痛みはひかない。

 これまで戦って怪我をさせてしまった人たちに、今更ながら謝りたい、と反省した。怪我をさせるくらいなら、いっそひと思いにやってしまったほうがよかったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、お嬢が笑いながらやってきた。

「覚えてる?初めて会った時、ギルは1度だけ怪我をする、って私が言ったこと。今日がその日だったのね、おめでとう、これからは死ぬまで、怪我をすることはないはずよ」

「なんでそんなに楽しそうなんですか?」

 明日には出発なのに。会えなくなるのに。

「弱ったギルの顔、好きなの。でもちょっと可哀想だから、これをあげるわ」

 お嬢が手にしたポーション2本を振ってみせる。

「痛み止めと、よく眠れるように睡眠薬だから、必ず、寝る前に飲んでね」

「ありがとうございます」

「じゃあおやすみなさい。良い夢を」

 ちょっと無理して取り繕っている時のお嬢の表情だ。さすがに今後のことを考えると不安なのだろう。

 そりゃそうだ。

 これまでずっと、教会の奥に囲われ、守られてきたんだ。

 俺が、ずっと守ってきたんだ。

 明日からは、俺の手を離れて、知らない男のものになる。

 俺は…

「…寝るか」

 俺は浮かんでくる考えを抑えつけるようにポーションを流し込み、ベッドに入った。


 その晩、夢を見た。

 最低で、最高の夢だった。

 夢の中で俺は、一晩中お嬢を抱いていた。

 これまで女性経験はあったにはあったが、あんなに素晴らしい思いをしたことはなかった。

 夢だけに無我夢中で、何度も、何度も…。

 目が覚めて愕然とした。

 下着の汚れに、頭をかかえる。

 26にもなって、何やってんだ、俺は。

 手の傷が開いて、シーツまで血で汚れている。

 これは恥ずかしすぎる。

 生活魔法は得意ではないが、なんとか目立たない程度まで洗浄をかけて…。

 身なりを整えて部屋から出た時に。


 お嬢はすでに辺境伯領に旅立ってしまった後だった。



 男爵位を授かり、魔法騎士団所属になった俺は、たいそう女性受けがよかった。

 外見と戦闘の強さに加え、女性の我儘への対応が完璧、らしい。

 11年間の苦行の賜物だろう。

 だが、どんな女性も俺の心には響かなかった。

 そういう仲になったこともあったが、あの晩の夢の中のお嬢には到底及ばず、関係が長く続くことはなかった。

 俺の中にはいつもお嬢がいた。


 嫁ぎ先で、お嬢には早速子供ができたらしい。

 だよな。

 あれだけ興味津々だったもんな。

 見た目清楚な美人のに、実は夜は、とか、男の理想だし。うらやましすぎる。

 ずっと俺が一番近くにいたのに。

 俺の聖女様だったのに。

 俺のものだったのに。

 俺だけの…

 !!

 ふと気が付くと、いつもお嬢のことを考えている。


 幸せになっているならいいんだ。

 あのお嬢がサキヨミを駆使して選んだんだ、一番幸せになれる相手のはずだ。

 そう言い聞かせていたのに。それなのに!


 半年後。

 お嬢の夫であるワーゲン辺境伯の訃報を目にし、俺は怒りで頭が真っ白になった。


 ふざけるな、なんで死んでるんだよ。

 お嬢を、幸せにしてくれるんじゃなかったのか?

 お嬢は、幸せになるんじゃなかったのか?

 何してるんだよ、お嬢。

 なんでそんな、早々と未亡人になってるんだよ。

 そもそも、なんでそんなすぐ死ぬ男を選んだんだよ、お嬢。

 他にも縁談はあっただろう?

 もっとましな嫁ぎ先、あったはずだろう?

 それとも縁談が嫌だったら、俺が、


 …俺がお嬢をさらって逃げたのに。


 そう。わかっていた。

 俺はお嬢を俺のものにしたかったんだ。

 俺だけのものにしたかったんだ。


 もう遅い。


 お嬢には、二度と会えない。

 あんなに近くにいたのに。ずっと、一緒にいたのに。


 お嬢。

 会いたい。

 一目でいいから、遠くから眺めるだけでいいから。

 お嬢に会ったら、きつく抱きしめて、それから…


 頭に靄がかかったようで、思考がうまくまとまらない。


 お嬢と別れて1年半後。

 俺は朦朧とした意識の中、知らぬ間に、求めてやまない魔力の元へと転移していた。






   ~ Side オフィーリア(サキヨミの聖女) ~


 18歳でサキヨミは力を失う。

 それは、18歳以降、自分が30歳や40歳の時のことは、誰の未来も見えない、ということだと思っていた。

 だって、20年後、30年後の未来は全く、誰一人、見えたことがなかったから。

 どうやら違うのかも、と思い始めたのは14歳の頃だっただろうか。


 私が18歳ではなく、22歳くらいまでは、見える。

 まず戦争がおき、国が滅ぶ。

 そして、その後にうっすらと見える未来は…

 魔王の姿。

 誰の未来を見てもそうだ、と気がついて、自身の死と世界の終わりを悟った私は3日間泣き暮らした。

 だが、心配して私を覗き込むギルの瞳の中に、もう一つの未来を見つけた。

 小さな小さな可能性だったけど。

 年老いたギルが、花束を持って誰かを訪ねて行く姿。

 私はその可能性にかけることにした。


 サキヨミを続ける中で、戦争のきっかけを探した。

 小さなヒント、推論を重ねて、辺境伯のお家騒動がことの発端だと結論づけた。

 そこを防げはギルが年老いる未来に繋げることができるかもしれない。

 辺境伯が後継者のいないまま亡くなり、粗暴な弟が跡を継ぐが、弟の妻が武器商人の家の出で、他国とつながっていて…。

 よし。

 辺境伯に子供がいればいいのね?

 私が嫁いで、産んでやろうじゃない。

 でも、辺境伯が亡くなるのと私が18歳でサキヨミを引退するの、ほぼ同時期なんだよね。そんな死にかけの人でも子供って作れるものなの?


「ねえギル、子供ってどうやって作るの?」


 ギルは目を泳がせるだけで教えてくれないし、ひとまず私が辺境伯の後継者を産む未来が可能かどうかと、それで世界の滅亡が防げるかを調べてみよう。

 2年がかりのギルに対する密かな調査の結果、ギルの老人化は可能なことが判明した。わずかな望みではあるけれど。

 だって、やっぱり辺境伯は瀕死で子供を作ることができないみたいで。私はどこからかこっそり子種をもらってきて、ばれないように辺境伯の子供として産むしかないみたい。あ、まって?辺境伯の髪は黒、目は青で、ギルと一緒。ギルとの子供なら誤魔化せるかも。


「ねえギル、大人になったら私に子種をくれない?」


 ギルはなんだか取り乱しているけど、ギルの瞳の中に小さな未来が見えた。

 私とギルの子供の姿が。

 よし、この方向で計画を進めよう!


 チャンスは一度だけ。

 私がサキヨミを引退後、ギルが怪我をする日。

 痛み止め、と称して睡眠薬と媚薬を渡して夜這いをかける。

 その後は大急ぎで辺境伯のところに行って、死にかけの辺境伯と結婚する。

 辺境伯の執事とかメイド長とかは、戦争のきっかけとなる弟夫婦を嫌っているようだから、協力してくれるはず。多分大丈夫。

 あとはギルを知る人と、生まれた子供が近づかないようにすれば、ギルに似た子供でもなんとかなるはず。

 問題は…


 どうやって子作りするのか、具体的にはイマイチわからないのよね。

 男性器を女性器に入れただけで子種が出てくるわけではないみたいだし。


「ねえギル、子作りってどれくらい時間がかかるものなの?挿入してもすぐに子種は出てこないらしいけど、だったらどうしたらいいの?」

「…もういいです、お嬢。そのへんはお相手の男性に任せておけばなんとかしてくれます」

 ギルはため息まじりにボソボソと答えてくれるけど、それじゃダメなのよ、多分その時のギル、睡眠薬が効いて動けないと思うから、全部私がやらないといけないの!

「ギルが教えてくれないのなら、他の人に聞くしかないか」

「!!やめてください、絶対にダメです!俺が教えますから、そんなことを他の人に聞いちゃダメです!」

「そう?それなら教えてくれる?具体的にどうするの?」


 ギルは遠い目をしながら私の質問に答えてくれたけど、どれくらい時間がかかるのかは、プライバシーに関わるからとノーコメントで、ちょっと不満が残った。

 まあいいか、悩んでも仕方ない、いざとなったらなんとかなるわ。


 そう思っていたのに。

 夜這いをかけた夜。

 眠っているギルにまたがり、塗り薬を使って這々の体でなんとか破瓜までは辿り着いたが。

 …痛くて動けない。

 がんばれ、私。

 ギルの平和な老後のために!

 痛みに耐えながら腰を動かすが。すぐに

 …疲れて動けない。

 おかしい。子作りってこんなに難しいものだったの?

 どれだけ動けばいいの?やっぱり所要時間を聞いておくべきだったわ。

 どうしよう。こんなに大変だったなんて。

 このままでは子種はもらえないかもしれない。

 ギルの幸せ老化計画が崩れていく。

 痛みと絶望で、涙があふれてきた。

 ぽたり、と落ちた先はギルの唇。

 すると、ギルの口から舌が出てきて、ペロリと涙を舐めとり、

 …ゆっくりとギルの瞼が開いた。

「…お嬢?」

 ええ、どうしよう、起きちゃった!

 これはもう、完全に現行犯、全く言い逃れのできない状況。さすがのギルも赦してくれないかも…

「お嬢…」

 ギルは上体を起こし、私をきつく抱きしめる。

「お嬢、愛してる」

 え?

 聞き間違い?

 それとも、意識が混濁してる?

 だって、私はいつも迷惑ばかりかけていて、ギルは私に呆れていて、ほとほと私にこりているはずで。

「お嬢…」

 ギルが私を押し倒し、覆い被さる。

 組み敷かれて身動きがとれない。

 虚ろな瞳が私を見つめている。


 それから私は控え目に言って大変なめにあった。


 もう空が白み始めた。

 所要時間を聞いておかなくてよかった。知っていたら、挫折していた。

 ようやく動きを止め、眠りについたギルの衣服を整えると、私はそのまま辺境へと旅立った。

 ギルにさよならを告げることもせずに。

 馬車に揺られると体中がもう、痛くて痛くて。

 涙が止まらないのは、そのせいだから。

 ギルに二度と会えなくても、ギルの未来があるのなら、悲しくなんてないんだから。

 悲しみの涙じゃないんだから。

 だから、泣いてもいいよね。



 何故だろう。

 18の誕生日を越え、純潔を失っても、私のサキヨミの力が消えることはなかった。

 だから、依然として戦争の未来の可能性が高いことがわかる。

 辺境伯の部屋を訪れると、彼はすでに亡くなっていた。

 入れ違い、なタイミングで。

 知っているのは執事とメイド長の二人のみ。

 大丈夫、想定内。ここからだ。

「私はサキヨミの聖女です。

実はやんごとなき方の指示でこの地に嫁ぎました。

ワーゲン辺境伯様が亡くなった先、このままでは弟君にワーゲン領を奪われ、その後この地は戦禍にみまわれ廃墟となります。執事のあなたの生まれたばかりのお孫さんも、メイド長のあなたの齢の離れた妹さんも、みな命を失うでしょう。それだけでは済まず、王都までも戦乱は広がります。

それを防ぎます。

数ヶ月間、辺境伯の死は伏せます。

その間に私は辺境伯の子供、後継者を身ごもります。弟君には爵位は譲りません」

「そのような話を信じろ、と?」

「実はまだ少しならサキヨミの力を使えます。後程あなた達の未来を当ててみせます。

それから、私のことをどこぞの馬の骨、と思っているかもしれないけど、私は伯爵令嬢などではありません。サキヨミの力が判明してから2歳で伯爵家の養子にはなりましたが、もとは…」

 首に下げたロケットを取り出し、開く。中にあるカメオの紋章は…

「お、王家の証!」

 執事はわかってくれたようね。

 今使わずにいつ使う、私の切り札よ。やんごとなき身分でしょ、私。

 だからこの婚姻も王命だと勘違いしてくれたかな?嘘は言ってないよ、やんごとなき私の意思でしかないけどね。

「2歳で亡くなったとされる第2王女と同い年、ですの。

その上で、どうしても辺境伯の血統が、というのであれば、辺境伯の従兄弟の方に3年後に娘さんが生まれるので、その娘さんと私の息子の縁を結べば良いでしょう」


 その後なんやかんやで彼らの信頼を得て、婚姻届のみの結婚を済ませ、私のお腹が大きくなってから辺境伯の死を公表し、私は無事に息子を生んだ。

 問題の弟夫婦はなんとか退けたし、領地経営だって慣れれば問題なくできた。

 その頃にはサキヨミの力はほぼ失っていたし、魔王降臨の未来は無くなったとすっかり油断していた。

 だから、完全に予想外だった。


 やっとつかまり立ちができるようになった息子を抱いて、査察ついでにやってきた水源池のほとりに、彼は立っていた。

「…ギル?」

 私の護衛を退任後、魔法騎士団に入ったと聞いている。エリートコースだ。そりゃそうだ、誰より強いもの。

 でも身なりと違って彼からは覇気を感じられない。というかむしろ、どんよりとした、何か息苦しい感じの…

「お久しぶりです。ワーゲン辺境伯婦人。お元気そうで何よりです」

 サキヨミ時代に面識のあった人には会ってはいけないきまりなのに。何をしに来たの?

 息子は私似で、ギルからは瞳の色くらいしか受け継いでないから大丈夫とは思うけど、元護衛騎士と会うのはまずいわ。うちの使用人達に不審に思われる前になんとかしないと。

「あなたに会うのは良くないわね。()()、顔が見れて嬉しかったけど、このまま失礼したほうがよさそうね」

 背を向けて立ち去ろうとすると、背後から禍々しい気配が突き刺さり、咄嗟に息子を抱く腕に力が入る。

「まーま」

 息子が私の襟をつかみ、服がはだけて肩が出てしまう。

 と、禍々しさが消えたかわりに、防音の魔法で囲われた。憶えている、あの頃内緒話をする為によく使っていた、ギルの魔法だ。

「その子は、俺の子、なのか?」

 肩がピクリと震えてしまう。

 ええ?

 今なんて言った?

「…おかしいな、こんな未来はなかったのに。なんでだろ…」

 なんでバレたの?

 どうしてこうなったか全っ然わからないんだけど、どうしたらいいの?

「…説明してもらえますか?お嬢」

 ギルの声は昔のままの、私に無理難題をふられて困った時の声だった。

 だから懐かしくて、つい振り返ってしまった。そしてギルの瞳を見た瞬間、私は凍りついた。

 戦争の未来も魔王の未来も無くなったはずなのに、なんでまだギルの未来には魔王が見えるの?

 ってか、もしかしてこれって、

 魔王って、ギル?

 ギルが魔王になる、ってことだったの?!



 その場で話を続けるのは使用人の目があるため、一旦別れて夜にあらためて出直してもらうことにした。

 私の部屋の場所さえ教えたら、ギルにかかれば忍び込むなんて朝飯前だ。

 意識の無いままとはいえ、まごうことなき前科持ち間男を部屋に引き込むのは躊躇うところではあるけれど、だからといって機動力皆無の私がうまいこと屋敷を抜け出す自信もないし、会わないのが一番なんだけど、魔王内定者を放っておくわけにはいかないし…。


 隠しているようだけれど、あのギルの魔力はよくない。

 闇に染まりかけている。

 聖女の力はほぼ無くなったけど、それでもわかる。

 このままではギルが魔王になってしまう。


 バルコニーの窓がノックされた。

 硬い笑みを浮かべたギルと目が合う。昼間よりは少し闇の雰囲気が薄くなったかもしれない。

 部屋にいざない、ソファに腰を降ろすやいなや尋ねる。

「なんでギルの子だと思ったの?」

 まだギルの子だとは認めてない。誤魔化せるかもしれないし。

「あの瞳の色だ。普段は青いが、強い魔力にさらされると濃い紫になる。あれは俺の家系の直系男子が受け継ぐ瞳の色だ。あの時、俺の放った魔力に反応して、あの子の瞳は明らかに色が変わった」

「…ワーゲン辺境伯がギルの親戚だったのかもしれないし」

「お嬢の服が引っ張られて肩が見えた時、右肩に3つ並んだホクロが見えた。背中側だからお嬢は自分じゃ見えないだろうけど、俺はそのホクロを過去に見たことがある」

「?そんなことあったっけ?」

 さすがに肌を見せたことはないはずだ。

「お嬢のサキヨミ引退の日。俺は怪我して、お嬢にもらった痛み止めを飲んで寝た。あの晩、俺は一晩中、お…誰かを抱く夢を見ていた。夢の中で見た背中の右肩に、3つ並んだホクロがあった」

「…」

「あの痛み止めに何か盛ったな?なんであんなことをしたんだ?」

 なんで、って言われても。ギルが長生きする為には、辺境伯の子供が必要で。でもそれは無理で。だから

「…そうするしかなかったの」

「答えになってない」

 言葉が、出てこない。

「…ワーゲン辺境伯は知っていたのか?自分の子じゃないことを」

「それは…。知るわけないわ。知る機会すらなかったもの」

「?どういう意味だ?」

 ああ、もう無理だ。誤魔化せない。

「私が嫁いで来た時、もう辺境伯は亡くなっていたの。死に顔を見ただけで、話したことすらないの。だから、。…あの子は間違いなく、ギルの子よ。それよりなんで、なんでギルから魔王の未来が消えてないの?」

 こんなに頑張ったのに!

 一つ一つ、小さな可能性を育てて、大芝居をうって、戦争を回避したのに!

 なのにどうして?どうしてなの?

「ちょっとまて、魔王ってなんだ?お嬢の話はいつもぶっとび過ぎる。まずあれだ、最初に確認するが、もしかしてお嬢はまだサキヨミが出来るのか?」

「…少しなら。読もうと思ってもできなくて、たまに読める時がある、くらいだけど」

「それが普通のサキヨミ様だ!って、まさか子供を生んでも力を失わない程規格外だったとは。まあ、とにかくあれだ、順を追って、お嬢がこれまでどんな未来を見て、どう行動したのかを教えてくれ」

「誓約魔法は大丈夫なの?」

「護衛騎士の?あんなものは秒で無効化できる」

「…不良」

「散々掟破りをさせてくれたお嬢には言われたくないんたが」


 私はギルに全て話した。

 誰の未来を見ても、戦争と魔王が出てきて、数年後に世界が滅ぶと知ったこと。

 防ぐためには、辺境伯に後継者が必要だったこと。

 でも辺境伯は亡くなってしまうから、ギルの子種をもらったこと。

 ギルは静かに聞いていた。

「わかった。むしろ俺がお嬢に守られていたんだな。

でもどうして戦争から急に魔王が出てくるんだ?」

「うーん、そこはよくわからないのよね。その時は私はもう殺されてるから」

「お嬢が殺される?」

 ギルの顔色が変わる。

「うん、サキヨミのくせに戦争を予知できなかった、って言われて逆恨みした人達に殺されちゃうの。王家とか教会とかにも、なんか全部私のせい、みたいに責任押し付けられて、酷い扱いを受けたうえで処刑されるんだよね。見たくないからあまり見てないけど」

「…その時俺はどうしていた?」

 ギルが抑揚の無い声で言う。

「ギルはその場にはいなかったかな。魔法騎士団長として戦争の最前線で大活躍してたから。でも私が処刑された後に、いよいよ王都が危なくなってギルが王都に呼び戻されて、その辺りで突然魔王が出て来るんだよね」

 ギルが頭をかかえた。

「あぁ、もういい、そこはわかった。

で、なぜか戦争がなくなっても俺が魔王になる未来は消えていない、と」

「ギルに何があって魔王になったのかわかればいいんだけど、前みたいに上手く力が使えなくなっちゃって。肝心の時に役に立たないんだから、ダメね、私」

 ふぅ、とギルは深呼吸した。

「充分だよ。戦争を回避しただけでお嬢は充分以上のことをしてくれたよ。誰も知らないけど、俺だけは知っている。お嬢、これまで一人でよく頑張った、ありがとう」

 ギルの言葉に、目頭が熱くなるのを慌ててごまかす。

「ううん、でもギルの幸せ老化計画はまだ未達だから」

「なんだよそれ?」

「そんな未来の選択肢もあるはずなんだけど、上手く辿り着けなくて」

 唯一にして最終の目標は、ギルの幸せだけだったのに。何が足りないんだろう。ギルの魔王化が無くならない。でもこれ以上、どうしたらいいのかわからない。

「幸せ、か。なあ、お嬢。お嬢がよければ、俺と一緒に逃げないか? もちろん、あの子も連れて。俺達だけでどこかでひっそり暮らせるように、なんとでもしてみせる」

 …何でそんなことを言うの?

 想像しちゃったじゃない。

 夢見ちゃったじゃない。素敵な未来。

 でも、今一瞬、ギルの瞳の中に見えてしまった未来は違う。

「…上手くいかないわ。下手したら戦争ルートに逆戻り、そうじゃなくても私もあの子も長くは生きられないし、ギルは魔王になる」

 ギルも予想していた答えだったのだろう、力なく笑う。

「だよな、それが出来るならお嬢はこんなに苦労してないよな」

「それに、ギルにこれ以上迷惑かけられないわ」

「迷惑だなんて、そんなこと、ちっとも…。いや、迷惑か。そうかもな。そういやいろいろ、散々な目にあったよな…」

 あれ、なんか良くない流れ?

 あんなことやこんなこと、思いだしちゃった?

「…お嬢は、再婚は考えてないのか?」

「え?なんで突然そんなこと?まあ考えたことないし、必要ないし再婚はしないと思うよ?」

 どうせ長くは生きられないし。

「そうか…。

なぁ、お嬢、俺からお嬢に一つ、お願いがある。これまでのお嬢からうけた迷惑料として、俺の願いを聞いて欲しい。それが叶うなら、俺は絶対に魔王になんてならないと約束する」

 うわ、どうしよう。これ、ごめんなさいじゃすまないやつよね。

「…私に出来ることであれば」

 ギルは真っ直ぐに私を見つめて言った。

「もう一度だけ、お嬢を抱きたい」

 その瞳から魔王の未来が消えていることを見てしまった私は、頷くしかなかった。



「嫉妬していた」

「辺境伯に?」

「嫁いだと思ったらあっという間に子供ができたと聞いて。手が早すぎる、と」

「ふふ、ギルの子なのに」

「それなのにすぐに亡くなってしまって。お嬢は未亡人だ。かわいそう過ぎる」

「別にそこは問題ないよ。夫が欲しかったわけじゃないし」

「そうなのか?あんなにその…閨について興味津々だったのに」

「やり方がわからなかっただけで、したかったわけじゃないから。…痛いだけだったし」

「それはなんというか、…意識がなかったとはいえ、あの時はすまなかった。お嬢が嫁ぐことでヤケになっていたし、優しくはなかっただろうな」

「そうだね、酷い目にあったかな。自業自得だけどね」

「あれ以降、経験ないんだよな?

…今はどう?やっぱり痛いだけ?」

「…うん、まあ、少し痛いけど、」

 私はギルの首に手を回す。

「…幸せだよ」

 ギルの身体に力が入ったのがわかる。

「お嬢、…愛してる」

 私も、と言いたかったが、それは言ってはいけないんだろう。

 ギル曰く、ギルの私への執着が魔王化に繋がるのだとしら、一度だけ、の約束は守らねばならない。

 まあ言わなくても察してくれてるのは、わかっているけどね。

 愛してる、ギル。

 誰よりも。ずっと。あなただけ。

 出会った時から、いいえ、出会う前から。

 愛してる、ギル。

 だから、さよなら。


「そろそろ出ていかないと、夜が明けるな」

 言葉とは裏腹に、ギルが腕枕から私をたぐり寄せる。

「…もう会えないのか?」

「うん、無理」

「即答か。でもあれだろ、今回のことは予知できてなかったんだろう?だからもしかしたら見えてない未来があって、そこから変わる可能性もあるかも」

「ううん、無理。それはわかる。ギルとはもう会えない」

「…どうしても、ダメ、か。」

 ギルが溜息をつく。

「…もしも万一だけど、今回のことで私に子供ができていたら、未来が変わるかもしれないわ。ほとんど可能性はないけどね」

「ホントか?!」

「ほぼゼロの可能性よ」

「でもゼロじゃないんだな?」

「ゼロじゃないけど、ほぼゼロよ」

 魔王化を防ぐ為に彼に与える希望と絶望のバランスの、なんと残酷なことか。

「2ヶ月後に、ギル宛に手紙を出すわ。もし子供が出来ていたら、その時はさすがにもう辺境伯の子供とは言えないからね」

「わかった。その時は何があっても迎えに来るよ」

 圧倒的な現実から目をそらし、わずかな望みだけを見つめ目を輝かせているギルに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「だから今日はこれでお別れね、ギル」

 ギルの腕に力が入る。

「必ず迎えに来るから」

 叶わない約束だとわかっていても、言わずにはいられない。

「私も、その時は…待ってるわ」

 今にも消えそうな儚い希望を押し潰さぬように、そっと唇を重ねた。


 その日、私はサキヨミの力を完全に失った。


 今ならわかる。

 私の力は、ギルが魔王になって世界が滅ぶのを防ぐためのものだったんだろう。

 特別なサキヨミの力を失ったのは、世界が滅ぶ未来が無くなった出産後で、残ったサキヨミの力を失ったのは、ギルが魔王になる未来が無くなった時。

 もう大丈夫。

 そういうことなんだろうな。



 サキヨミの聖女は短命だ、とされる。

 それはサキヨミという行為が、命を削って行われるから。


 それ故、教会はサキヨミの聖女を囲い、サキヨミの回数を制限する。

 そうして18歳まで命を伸ばし、その後結婚させ血を繋がせるだけの寿命を残す、それが週2回という教会でのサキヨミの回数。

 それを遥かに超えてサキヨミを連発する私に、ギルはおののいたに違いない。

 サキヨミの聖女の護衛騎士には、サキヨミが命を削ると伝えられていたはずだから。

 聖女本人は知らされないにも関わらず、ね。

 でもね、実はね、サキヨミの聖女達はみんな知ってたはずよ。

 だって、サキヨミをする時には、命が削れる音が聞こえるから。

 特別なサキヨミだった私は、聞いたことがなかったけどね。

 でも出産後は、サキヨミのたびに、毎回毎回、心が折れそうになるような音がしていた。だから、わかる。


 私に残された時間は多くはない。

 長くて5年くらいかな。

 その時間を、私は息子のために使いたい。

 従兄弟の娘と婚約をまとめて、後見を頼んで、それから…。やることは山ほどある。

 あの子の行く末に、少しでも障りがなくなるように。

 だって、あの子はギルの子供だもの。

 ギルが私にくれた、最高の贈り物だもの。


 ギルはもう大丈夫。老化計画、成功の目途がたちました!

 いい大人だしね、約束もしたし。

 ごめんね、ギル。

 今まで、本当にありがとう。

 私は息子を守る為に、残りの命を使う。

 だから、あなたは好きに生きて。

 そして幸せになってほしい。



 2ヶ月後、王都の魔法騎士団に、ギルバート宛の差出人のない手紙が届いた。

「さようなら、私は幸せでした。あなたの幸せを願っています」




  ~ Epilogue ~


 サキヨミの聖女は短命だ、とされる。

 サキヨミという行為は、命を削って行われるから。


 それは護衛騎士になる時に教えられた秘密の一つだった。

 規格外だったお嬢とはいえ、例外とはなり得なかったらしい。

あれから5年後に、お嬢の訃報を受け取ってから、俺は毎年、お嬢を抱いた日に墓参りに訪れている。

 だが、それも今年で最後だ。

 その後俺はお嬢の予知通り、たいした病気も怪我もなく生きてきた。が、先日珍しく咳が止まらなくなり、庭師が連れてきた医者に無理やり診察されたところ、余命半年らしい。


 30年もかかってお嬢が望んだ老人になったが、やっとだ。ようやくお嬢に会いに行ける。


 だから、今日はいつもより大きな花束を持って、お嬢にプロポーズしにいくよ。

 お嬢の結婚は、白どころかほとんど透明といっていい結婚だった。無効だから。俺は認めてないから。今までだってお嬢はずっとずっと、俺だけのものだったんだ。そして、今度こそ本当に…


 長い間待たせてしまったけれど、ようやくそっちに行けるから。

 今度こそ一緒になろう。


 お嬢。


 もう離さない。

 次からは、手加減無しで、本気で抱き潰すから。

 覚悟してろよ。


 お嬢。


 愛してるよ。


  ~ Fin ~

穏やかな老人となって再会、のハピエン目指したのですが、ギルの性欲が邪魔して無理でした。

完全R版で書いてみたかったかな。

最後までお付き合いくださりありがとうございます。


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