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噛みたいαと大きい背中9

 学とアルファ達の騒動を見ていた学生たちはそそくさと自分の活動へと戻っていった。学の方を見て様子を伺っているようだったが、学は無視した。騒動が起こっている時に手助けもせずに傍観者でいる有象無象には興味がない。


 さて、課題の続きをしなくては……と、起き上がろうとした時だった。照がくるりと向きを変えて、学のいる方に向かってきたのである。早足であるにもかかわらず、まったく早くない。


 まさか、照がこちらに向かってくるとは思わず、学はひっくり返ったままその姿を見ていることになった。自分とアルファの出来事など関係なしに、本を戻して転んだ照が、実は学のことを認識していたのだ。では、騒動を知りながらも本を戻そうとして転んでいたのだろうか。あの空気の中……、とさらに学は呆れかえってしまった。


 照は忙しなく学の傍に来たかと思うと、ひっくり返っていた学に手を差し出した。表情は無表情で何を考えているのかわからないが、どうやら学が起き上がるのを助けてくれるらしい。そのしぐさを受けて、学も差し出された手を握って起き上がろうとした。


 体重に差があるのだろう、照の小さな手で引っ張っても学は微動だにしなかった。手を貸そうとしてくれた照にお礼を言いつつ、学は自力で起き上がる。


「ありがとう、助かった」


 立ち上がるのを助けてくれたのもそうだが、照が周囲の関心を引き付けてくれたおかげで、学は騒動から脱することができたのだった。彼女がいなければ、ぶん殴られてどこかに連れていかれ、リンチされていたかもしれない。


 学のお礼を聞いて照は頷いた。しかし、学が真正面から見つめているため、急にその表情はよそよそしくなる。アルファ一族の一員であるご令嬢でも学の顔には勝てないらしい。無表情ながら頬が赤く染まり、学を伺うような視線になる。何かおもねるような表情になってしまった照に申し訳なくて学は慌てて視線を逸らす。


 周囲を見ると、再び学に視線が集まっていた。先日からの照とのやり取りは大学内に広まっているに違いない。この前は学が、今日は照が、お互いを助けたことはそのうち広まって、さらに目立つことになりそうだった。


 学の視線から逃れた照ははっとして、口を開きかける。何か言いたそうに唇をむずむずさせた後、しかしまた閉じて無表情に戻ってしまった。


 照の様子をみて学はしゃがみこむ。身体が小さいのだから、声も小さそうだ。目線の高さが一緒であれば話しやすく、聞き取りやすいだろう。学は最初に出会った時と同じく、照りの前で跪いた。目をそらしつつ、照の方を盗み見て聞く。


「話したいこと、教えてほしい」


 先日と同じ様子で、照の口元はもごもごと動いている。何か話そうとしているだったら嬉しい。先日は急に起こったイレギュラーな出来事だったが、今日はこうやって落ち着いた状況だ。学の近くに寄ってきたのも何か言いたいことがあるのかもしれない、と学は少し期待をした。


 照は学の動作と言葉に至極驚いた表情を浮かべた。その顔を、不思議と学は知っているように思えた。


 バンドメンバーに声を掛けられた時、グループワークの後に九郎に相手にしてもらった時の自分と似ているような気がする。


 その表情は、誰かに見つけてもらった時の驚きに満ちた表情に見えた。


「あの、いばら……、さん?」


 問いかけに、照の眉がぐっと上がった。学に近づくように手招きする。学はその口元に耳を近づける。すると、照は学の耳元でこそこそ話をするようにマナブにある言葉を発したのだった。


「番に、なって」

「…………つ、つがい?」


 アルファの御令嬢が耳打ちした言葉に、思わず学は変な声を出してしまった。冗談でもこんなことは誰も言わないだろう。財閥の御令嬢、大学内で揶揄でもお姫様と呼ばれている女の子がどこの馬の骨とも知れないオメガと番だって!?


 学と照に注目し耳をそばだてていた周囲の人間も、どよめいた。


 番って、番? と互いに顔を見返し合っている。


 学は照の口から出た突拍子もない提案に狼狽え、開いた口がふさがらなくなってしまった。二十年生きてきて様々な表情を浮かべてきた学だが、こんなあほ面を晒してしまったのはこの御令嬢だけである。


「いきなり、番はちょっと。っていうか。えっ、つがい!?」


 不意打ちで与えられた戸惑いに、学はしどろもどろになって声をひっくり返していた。動揺している学の顔は大して力がないらしい。


 照が学を見据えて、その回答を待っている。この赤い瞳は意志が強い。少なくとも今のふらふらして動揺した学よりは、確実に彼女の意志の方が力として勝っていた。少女が学に番になれと迫っている。


「ま、待って、せめて友達! 友達から!」


 学が迫る照の肩を押さえながら大きく主張すると、照はきょとんとした顔をして学を見返した。自分の要求が通らなかったことに驚いたらしい。そして、次には口をとがらせて、むっと不満そうな顔を浮かべる。その表情は今までの無表情と違って、人懐っこくて興味深い表情だった。


 照りがしぶしぶ頷く。納得したのかしてないのか──してなさそうであるが──照りは学と友達になることを了承したのだった。

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