噛みたいαと大きい背中4
この世には六種類の性があり、そして階級がある。アルファがてっぺんで、オメガがボトム。そして、男が上で、女が下。昔と比べて階級意識やジェンダーに関しては改善がなされているが、高齢者や慣習を重んじる人間からするとその改革は邪魔なものであるようだ。そう簡単には世界は変わらない。相変わらず、社会はアルファ男性が牛耳っていた。
学は男性のオメガである。アルファ、ベータ、オメガの階級では一番下。女性のオメガよりは扱いがマシだが、オメガという下位の階級であることは変わりがない。オメガ男性の中でオメガ女性を下扱う者も少なくはないようだが、社会から蔑みの目で見られているのは同様で、学は女性オメガを相手取って、自分よりも下の生き物として扱う気にはなれなかった。
お互いに産む性でキャリア形成がしにくい。発情期があって、生活はしづらく、定職にも付きづらい。同じ悩みを抱えているのは一緒だ。
最近は、オメガ雇用機会均等法の改善で社会は変わりつつあるようだが、少なくとも学には目に見えて改善がされているとは思えなかった。
しかし、近年、オメガホルモンの研究と発情期抑制剤の開発が進み、オメガの発情期を強力に押さえる薬の開発が進んできたことで、多少社会情勢は変化をしつつあった。
オメガの体内には成長ホルモンとは別に、オメガホルモンという物質を発生させる器官があり、それが活性化して身体がホルモンにさらされることでオメガ化が進む。その研究発表は抑制剤を開発するのに大きな転換となった。
オメガ性はオメガホルモンの発現が早く、しかも大量に身体がさらされる。そのため、どの性よりもオメガになりやすいのだ。発情期が起こるのはオメガホルモンが定期的に強く活性するからということも分かった。そのため、オメガホルモンを抑制し、活性化を押さえることで、極端な発情期を封じ込めることが可能になったのである。
オメガホルモンは成長ホルモンを抑制することもわかってきた。小さく虚弱な個体になりやすかったオメガだが、早期から成長ホルモンを投与することにより平均並みの体格を有することもできるようになった。子供がオメガだとわかった親は、おおむねこの治療を子供に受けさせていた。
学もその一人である。両親が小さなころから治療を受けさせてくれたおかげで、身長は伸びたし筋肉も付いた。ひどい発情期を経験することがなく、小中高と何事も問題なく──顔に関することを除いては──生活できたのは治療の賜物だろう。発情期が軽く、風邪を引いた程度の侵襲で過ごせているのもひとえに抑制剤を内服しているからである。
治療を受けられなかったオメガは学生生活にも支障が出て、経済的社会的な予後が悪いという話も聞く。
大学で生活できているのも、発情期を強く抑制しているからである。昔だったら、アルファだらけの学校にオメガが一人放り込まれれば事件になっていたに違いない。
アルファに囲まれて見つめられることに、恐怖心がないわけではなかった。大学にいる間に発情期が来ればアルファを刺激するのだ。興味本位、嘲笑と敵意、その他いろいろな感情を持った視線が日常的に学を睨め付けていた。
しかし、日常生活を送るだけならば、学もアルファの圧に対抗する術を持っていた。学の美しい顔がそれだ。白い肌、長い睫毛に彩られた青い瞳からの視線は、アルファを退ける程度には力を持っていた。圧倒的な美の前ではアルファも容易には手が出せない。