噛みたいαと大きい背中3
水野学は男性オメガである。
性別オメガ。この属性が、学の経歴を輝かしいものにしなかった原因でもあった。学がアルファだったならば、周囲から線引きされつつも、美貌にスポットライトが当たっていたことは確実だったに違いない。
しかし、そうならなかったのは、学に惹かれ羨望の眼差しを向けた者たちが、学がオメガだとわかるとその気持ちを蔑みの気持ちと混ぜたからであろう。
類まれなる容姿を持っている。自分たちはそれを手に入れられない。しかし、学は自分たちよりも程度の低い存在である、という複雑な感情をもった結果、周囲の人間は学から一線を引いて、自分のプライドを守らなければならなかったのだ。年齢を重ねるにつれて、学自身もその複雑な感情に晒されていることを理解せざるを得なかった。
そのことが、学が大学を目指すきっかけになった。顔の影響なく、人間関係と社会構造について詳しく知りたくなったのだ。だから、研究室を目指した。私大だったが、奨学金を貰う前提で親も了承してくれた。高校時代に音楽に打ち込んでしまったぶん、学力は心配だったが、後がない。特待生を目指すしかなかった。
美しい顔で大学関係者に微笑み囁けば、金も試験もなしで入学できたかもしれない。ただでさえ異質な学にとってそれは避けるべき手段だった。顔で裏口入学したなんて言われたくない。それに、顔だけじゃなく、身体まで使ったと噂された日には淫乱オメガのレッテルを貼られてしまうだろう。未だにオメガはそんな扱いを受けているのだ。その扱いも、目指す研究室に関係のあることだと考え、将来につながると信じた。
そうして、努力を重ねて合格を勝ち取ったのだった。
入学して知ったことだが、周りの学生は金を払うだけで入学ができたあるアルファやベータだらけだったらしい。その中で、マナブだけがまともに試験を突破して入学した異質な存在だった。顔、オメガ、特待生の三種類の要素で友人以外からは距離を置かれているが、慣れっこである。むしろ、勉学に励むいい口実である。そこそこ、いい成績を維持して大学生活を送っていた。
学が大学に入学してから二年がたつ。来年からは就活が始まるのが悩みの種だ。オメガが大学を出ることはあまり珍しいことではなくなってきたものの、大学を出たからと言って、オメガはその先を高望みするのが難しい。一流企業には勤められない。しかし、中小企業では待遇も悪いと聞く。大学院に行くにはさらに好成績を収めなければならない……。学は迷っていた。
それも、一年以上先の事なので、どうにかなるだろうという楽観視はあった。試験勉強もできたのだから、きっと就職活動も頑張れるはずだ。