二度目の人生、好きに生きよう!
「なんで……こんな、ことに」
「さあ、何故でしょうか?……ご自分の胸に聞いてみては?」
この世の中に可哀想は可愛い、不憫で可愛い、好きな人にそんな感情を向ける人種が一定数いるのはご存知だろうか。
おーけー、ちょっと待ってほしい。そんな人達は決して好きな人をただ虐めたいわけでは無いのだ……多分、きっと、少なくとも私は。
人生ドン底で、他人なんて信用出来ない世の中全て恨んでます。そんな子が優しさを貰って心を開いていく過程が好きなだけなのだ……その優しさが目の前で失われて絶望する顔もいいなぁ、とか思ってない……やっぱりちょっと思ってる。
閑話休題、脳内でわざわざ性癖の開示をしているのにはちゃんと理由がある。
転生しました。推しが目の前にいます。
深くは語らずとも同類ならきっと分かってくれるであろうこの状況で、私は運命の選択を迫られているのだ。
『アルカディア大戦記』という物語がある。
帝国に村を焼かれた主人公が復讐を果たす為に奮闘するような、まあ、よくある物語である。
色々あって、最終的には仲間と共に革命を行う事になるが……正直そんな事はどうでもいい。
重要なのは、物語の中盤辺りで登場する強敵、帝国軍の隊長オルフェウスだ。
彼はとある国の王の血を引いていたが、その国も帝国に戦で負け、王族は見せしめに処刑されてしまう。彼が生きているのは、王の愛人の子であったが故にその存在を認められず、庶民として生きていたからである。
しかし、幼くとも美しく育っていく彼は、不幸にも奴隷となり、帝国の貴族に買われて筆舌に尽くしがたい屈辱を受けてしまう。
心折れずに帝国への復讐を誓った彼は、その身に溢れる才能を以って帝国軍の隊長にまで出世して、主人公達を幾度となく苦しめ、その心身を成長させる。
終盤の展開では主人公達を逃がす為に帝国軍と一人で戦い、命を落としてしまうようなキャラクターだ。
……もうお分かりだろうか。
その彼が、今、目の前にいるのである。
(おっふ……くっそかわええ……これで同い年ってマジですか?妖精さんかな?)
多少汚れが付いていても誤魔化せないその美しさは、少年である事も相まって些か危険な淫靡さを持っている。
「おや、珍しい……何か気に入ったものでもあったかな?ルーシェ」
「え?あ、あぁ……そうですわね……」
「まぁ!折角の誕生日ですもの、好きなものを選びなさいな」
会話から分かる通り、今生の両親はクソである。
そして私は、その両親の五歳になる娘である。
(……どうしようかな)
問題は、私が買っても良いのか、である。原作ではオルフェウスに雑に処分されていたので詳しい事が分からないが、私達が彼を買った貴族なのだろうか?
(下手に手を出して原作が崩れてもなぁ……)
そう考えて、もう帰ろうとまだ奴隷を吟味する両親に声をかけようとした時、
―――彼と、目があった気がした。
深く、澱んだ目をした彼は、とても、
(あ、ダメだわ。可愛い)
「お父様。私、アレが欲しいですわ」
自慢じゃないが、やはり私もクソなのである。
ホクホク顔で家に帰った私は、冷静になった頭では原作の展開が崩壊しかねない事や、そもそも人道的にダメだよね、なんて考えて、
まぁいいか。と思考を止めることにした。
(申し訳ないけど、帝国の天下なら私は安泰だからそれでよし、原作通り帝国が負けるなら、生きてるとヒドい目に遭いそうだし彼に殺されるか、どこか適当な所で自決すればよし)
―――どうせ二度目の人生なんだ、折角貴族に転生したんだし好きに生きよう。
シンプルにクソみたいな考えでこれからの方針を決めた私は、彼をお人形さんにする事にした。
「やっぱり似合うわね……次はこれよ」
それからというもの、黒を基調として格好良さを押し出した服、半袖半パンの可愛い服、もういっそのことと私のお下がりのドレスを着せたり本当に好き放題したのである。
……言い訳をすると、推しを好きに出来るなら誰だってこうなると思う……だから仕方ない。
「ほぉ、中々良いじゃないか。……ルーシェ、素敵なお兄様にソレを少し貸す気はないかな」
「ありませんわ。この前ご自身で買われた娘で我慢してくださいな」
「ははは!我が妹は独占欲が強いな。冗談だよそんなにお兄様を睨まないでおくれ」
同担拒否とまで言うつもりはないが、いつまで平和な生活が続くか分からないのに私のものを貸すわけないだろう。
「これは驚いたな……小国とはいえ最強とされた男をこうも簡単に下すとは……」
「当然ですわ、……剣はもういいし、次は魔法かしら?」
「今度は魔法かい?ルーシェはソレが随分とお気に入りなようだね」
「お父様も新しく買うばかりではなく、育ててみては?」
「ははは!ルーシェのように根気が続かないからね、私は新しいのを買う事にするよ……コレはもういらないかな」
「……処分するくらいなら、軍に渡して使い捨ての駒にしてみては?」
「ふむ……それも良いかもしれないね。多少でも帝国の血が流れるのは避けなくては」
「そして、こちらの国がいまだに抵抗を続ける愚かなものです」
「ふーん」
「では、ここで問題です。彼らの拠り所はなんでしょうか?」
たしか、神殿の聖女だっただろうか?原作でも彼女の力で幾度も主人公達は救われていた筈。
ちらり、とオルフェウスに視線を送る。
「……神殿の聖女、です。魔法よりも強力な力を使うとか」
「どうかしら?先生」
「素晴らしい!流石はお嬢様です!」
「当然よ」
「それでは、こちらの資料をお渡ししますので次の授業でも期待しております」
「ええ、分かりましたわ」
そうして渡された資料をそのままオルフェウスに渡す。……折角二度目の人生なのに勉強なんてしてられないわ!奴隷がやった事は主人のやった事だしね!
そうして月日が経ち、オルフェウスは見事なまでに美しく、強く、賢い青年へと育った。
もしや、私にはブリーダーの才能があった……?
「それで?お父様は何が仰りたいの?」
「いやぁ、ルーシェの……何だったかな……ほら、お気に入りの奴隷の」
「オルフェウスですわ、センスのある格好いい名前でしょう?」
「そうだね、流石はルーシェだ……陛下がそのオルフェウスの能力を買って下さってね。是非帝国軍に、と……破格にも隊長の席を用意してくれているらしいんだ」
遂に来たか、と思う。
これだけの能力があるのだ、反逆軍の攻勢が強まってきた現状、奴隷といえど軍に欲しいのは当然だろう。
とはいえ、
(お父様の言う通り、いきなり隊長なんて破格の扱いね……何かしらの力でも働いているのかしら?)
「陛下からの命令ですもの、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですわ」
「そうかい?お気に入りだったから手放したくないものと思っていたんだが……」
「私の育てたオルフェウスが、帝国軍に必要とされる程の能力を有している……とても良いことでは有りませんか」
推しだぞ。手放したくないなんて、当たり前じゃないか。
「というわけで、貴方明日から帝国軍の宿舎に行きなさい。戻ってこなくていいわよ」
「……は?……ルーシェ様、それは、どういう」
「……何度も言わせないで、それとも私の言葉なんか聞く気もないのかしら?」
「違います!……私はっ!……もう……いらないのですか」
そう言って悲しむ素振りを見せる彼は、とても可愛かった。
(ふへ、……っは!いかんいかん、推しの破壊力が凄いのはいつもの事だぞ、冷静に……)
「荷物をまとめておきなさい。……明日の朝には迎えが来るそうよ」
「っ……ルーシェ様!」
まだ何かを言っているオルフェウスを追い出して、部屋の扉を閉める。
(次に会うのは、彼が私達を断罪しにくる時かしら?……この数年いい思いさせてもらったし、悔いは……あるけど、まぁいいでしょう)
原作と同じくらい、もしくは更に能力が高くなるように推しを育てた事に満足していた私は、扉の向こうのオルフェウスがどんな表情をしていたか、まだ知る由もなかった。
「……絶対に、許さない」
あれからまた数年経ち、上層部の当初の予想よりも戦況は拮抗していた。
(オルフェウスの活躍は聞こえてくるし、敵国が連合を組んだ……主人公の村が襲われたかは知らないけど、タイミング的にはそろそろ終盤に差し掛かる頃かな)
つまり、推しの死に際が近い訳だが……どういう事か私達はまだ生きている。
(いや、まあ……お兄様は死んだんだけどね。それだけというか……なんでまだ私は生き残ってるんだろうか?)
原作とさらに乖離したのかな?なんて、呑気に考えているとやけに外が騒がしくなってきた。
ドタドタと、この屋敷では滅多に聞かない足音が聞こえたかと思うと、執事が勝手に扉を開けて入ってきた。
「ルーシェ様!お逃げください!」
「……いきなりなによ?」
「……革命が、起きました……被害は既に、皇族だけでなく、貴族全体に広がっています……奥様や旦那様も、既に……」
「……あら、そうなの?……なら、貴方はとっとと他のものを連れてあちら側に付きなさい」
思った以上に早い革命は、原作では、拮抗していた戦況が一気に劣勢に傾く程の大混乱を帝国内に引き起こした筈だ。
狙いは直接虐げてきた上流階級といえど、革命に積極的に参加しない使用人に被害が及ぶ可能性は高い。
「……避難の準備は、出来ております……申し訳、ありません……」
「まあ、なら早くお行きなさいな。ここにいても良いことないわよ」
「……ルーシェ様、どうか、我々と共に……」
「そんなの他が許さないわ。……気持ちは受け取っておくから早く行きなさい」
暴動の声が大きくなってきた。
このままでは、折角の避難の準備も水の泡になりかねない事を理解しているのだろう。
……そんなに悲しそうな顔しなくてもいいのに。
「……さて、どうしましょうか」
(無難に首か?流石に痛そうだな……魔法の才能があれば一瞬だったろうになぁ……)
―――もし一息で済むのなら、彼らに殺されるのも吝かではないのだけれど。
背後で扉が開く音がする。
悩んでいたら時間が経っていたのだろうか、死に方を選ぶ暇もないようだ。
「せめて、一息で終わらせてくれないかしら……痛いのはあまり好きじゃないの」
「……ご自身の命を奪おうとする者の顔も見ないのですね……貴女は、私以外に殺されても、良いのですか」
聞き覚えのあるその声に、目を見開いて思わず振り向く。
「驚いた、貴方が直接来るのね……そんなに暇だとは思わなかったわ」
そこには、私の大好きな推しがいた。
「……驚くのはそこなのですね。……どこまで予想しておられたのですか」
「予想も何も、復讐するなら良いタイミングでしょう?……むしろ遅すぎるくらいだわ」
「復讐……ええ、そうです。私を捨てた貴女に復讐に来たのです」
「捨てた?……まるで離れたくなかったみたいに言うのね。……ふふっ、面白いわ、貴方そちらの才能もあったのね」
「貴女は、どこまでも私の心が分からないのですね」
「?……私が何故、私の所有物だったものの心を慮る必要が?」
推しではある、しかし私の所有物であったのも事実なのだ。その時の彼を私がどう扱おうとも関係はないだろう。
「ええ、ええそうです。私は貴女のものだ、貴女だけのものだ」
「オルフェウス?」
原作では、眉間に皺を寄せながらも、その瞳により良い未来を作るという決意の炎が浮かんでいた彼が、見たこともない程に澱んだ瞳を私に向ける。
「死んでいないだけの私を生かしたのは貴女だ」
滔々と語るその姿が幼かった彼に重なる。
「何もなかった私に、武器を、知識を、温もりを与えたのは貴女だ」
どこか泣いているように見える彼は、私を責めていながらも自らの罪を懺悔しているようにも見える。
「知っていますか、何もない時に受けた苦痛よりも、与えられた何かを失う時の方が遥かに辛いのです」
口を開いても何も言えないし、近づいてくるのが分かっても、足が動かない。
「もう逃がせません……お願いですから……諦めてください……」
深く、息を吐く。
ずっと目を背け続けてきた事実に向き合わなければならない。
「そう、ね……責任くらいは、とってあげるわ」
どうやら私は、大好きな推しを壊してしまったらしい。
「なんで……こんな、ことに」
「さあ、何故でしょうか?……ご自分の胸に聞いてみては?」
色々と彼の不満を解消してから、私の処遇はよくて何処かの家に押し込まれるくらいかなぁ、なんて考えていたら、
「おめでとうございます!ルーシェ様!」
「とてもお綺麗です!」
いつの間にか身を整えられ、純白の衣装で着飾った私は、何故かオルフェウスと共に元の屋敷の使用人達に囲まれていた。
「責任を取って下さると言ったじゃないですか」
「確かに言ったけど、こうなるとは思っていなかったわよ」
隣でニコニコする推しは非常に尊いが、私の頭の中ではどうしてこうなったと疑問ばかりが浮かぶ。
(好きにしてただけだぞ私は!ヤンデレを育成しているつもりはなかったのに……)
「これからもずっと、よろしくお願いしますね」
今生の教訓、責任をとる。
なんて、軽々しく言うものじゃない。