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「流氷旅行」

掲載日:2010/01/02

「流氷に乗って旅がしたい」

 パマスの想いを友人らは笑い、家族は険しい顔で止めた。流氷に乗っていく、それは旅なんてのんきなものじゃない。サマンの例は奇跡のような例外なのだから、と家族はパマスを戒めるのだった。

 毎年仲間が行方不明になっている。帰ってきたなんて話はほとんど聞いたことがない。けれどもサマンが自慢げに話すその「奇跡」の生還劇。学校で聞くたびに、パマスの小さな胸はもう、はちきれんばかりに高鳴るのだった。

 流氷にさらわれたサマンが語る、広大な海の冒険、たどりついた美しい島の話。年中氷に覆われて、寒く厳しいパマスの国では想像も出来ないような、色とりどりの物語。

「飛んでいる鳥を見たときはびっくりしたよ!」

 サマンは嬉々として、そしてちょっぴり自慢げに話す。

「ボクらの小さい羽の、何倍もの羽で空を飛んでいるのさ」

 パマスたちクラスメートは小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせた。空を飛ぶ? そんなことは全然想像できない。ペンギンの翼は、水の中を飛ぶにはたいそう都合が良かったけれど、体が宙に浮くなんて、パマスには魔法のように思えるのだった。


 危険と言われながらもパマスはついに、流氷旅行の準備を始めた。若いペンギンにありがちな単純さと好奇心からだった。

 極寒の南極で捕まえた魚は、すぐに飲み込まないとかちこちに凍ってしまう。「カッチンギョ」と呼ばれて嫌われるのだけれど、海水で戻せば食べられない事はない。長旅の弁当にするのに丁度よさそうだった。そこでパマス漁に出ると、わざと魚を凍らせては離れた丘の上に隠してた。

 崩れ落ちそうな危ない岬、即ちすぐにも流氷になって流れ出しそうな岬にも見当をつけた。

 パマスが着々と、でもこっそりと旅立ちの準備を進めていることに、仲間はおろか親さえも気がつかずに翼をパタパタさせている。ペンギンにありがちな無関心さとのんきさだった。


 これでもう、とパマスは思った、これでもう、十分に支度は整った。集めたカッチンギョは尾を合わせて凍らせてあるから、まるで一本の長いウミヘビみたいだった。これだけあればどんな長旅だって大丈夫、海の端っこまで行けるだろう。後は家族と仲間の目を盗んで、夜中にこっそり抜け出すだけだった。

「旅立ちは、孤独なものなんだ」

 パマスは一人、つぶやいた。若いペンギンにありがちなロマンチシズムだった。


 流氷の季節になると、ペンギン仲間は集まって眠る。いざ、寝床が崩れ始めた時に、みんなで助け合ってぴょんぴょん逃げるためだ。腹ペコのアザラシや機嫌の悪い白熊が現れてもなかなか大変な騒ぎになる。ペンギンは個人的な生き物だけれど、それでいてなかなか仲間想いな一面もあるのだ。だから秘密に旅立つには、皆が寝静まるまで待たなくてはいけない。なのにパマスは呆れるくらいに寝つきがよくて、これでもう四日も旅立ちの機会を寝過ごしてしまっていた。ペンギンは睡魔に弱いのだ。朝日の眩しさで目を覚ますたびに、パマスは悔しくて翼を叩くのだった。


 五日目の夜がきた。

「昼寝はなかなかのアイデアだったな」

 パマスはほくそえむと、寝静まった仲間たちの顔をしみじみと眺めた。もう帰ってこれないかもしれない。そんな予感はパマスを少し怯えさせたけれども、隠しておいたカッチンギョを背負う頃には、まだ見ぬ世界、大興奮の冒険にすっかり夢中になっていた。

 夜通し歩いてお目当ての岬に辿りつくと、そのままパマスは、うっかり昼近くまで眠ってしまった。ペンギンはやっぱり、睡魔に弱いのだ。とろとろとした睡眠から目を覚ますとそこには、まるで違う景色、まるで違う太陽。大きいとは言えない流氷がゆっくりと、しかし確実にパマスを大陸から連れ出していた。

 パマスは目を見開いた。流氷旅行が始まった。今まさに、旅立ったのだ!


 遅い昼食を探して流氷から飛び込んでも、慣れ親しんだ海流とは違って魚はあまり見当たらなかった。仕方なく食べるカッチンギョは、やはり硬くてまずいのだけれど、旅立ちに意気揚々としているパマスには妙に美味しく感じられた。波は静かで風もなかった。流氷が海を進んでいるのが足元に感じられて、パマスはすっかり興奮していた。

 流氷の突端が波間を切って進んでいく。白波が砕けて道を開ける。雲が追いかけてくる。太陽の日差しは、まるで追い風のように力強い。大変「流氷旅行日和」だ。パマスはぐっと胸をそらせて進む先を見つめた。まるで流氷を導くローレライのように誇らしい気持ちで。パマスはひたすら浮かれていた。アザラシが近づいて来ることにも気がつかないで。


 振り向きざまにアザラシと目が合って、パマスはあまりの事に固まってしまった。もう昼飯時は過ぎているはずなのに、アザラシの目はじっとパマスを見つめていた。もしかすると、デザートに選ばれたかもしれない。パマスは足がすくんで動けなかった。それでもとにかく必死に声をだして、旅のあらましを伝えた。ペンギンはおしゃべりが好きなのだけれど、こんな時でも口は達者らしい。

 アザラシは(あれば、だけれど)首をひねった。

「アザラシはペンギンを食べる。それは海の者が皆知ってることじゃないかね」

 パマスはぶんぶんと首を振って、クチバシも一緒に大きく振って、叫んだ。

「そんなのご免だよ、まだ冒険は始まったばかりなんだ!」

 叫ぶと、体がぴょんと動き出した! パマスは慌てて海に飛び込むと、あとはもう、無我夢中に泳いだ泳いだ。

 ひたすらに泳いで泳いで泳いで泳いで…。


 パマスのたった半日の冒険は、サマン程ではなくても学校で話題になった。ただし、少しばかり不名誉な形で。家出の罰に、パマスは数日間、カッチンギョしか食べさせてもらえなかった。流氷の上で食べたカッチンギョとは、まるで違う味だった。


(おわり)




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