鞠の音
「ん、ここ」
薄明かりの灯る建物を指で指す。
「え、ここアパートじゃないんですか?」
「違う、そっちは裏手」
一旦通り過ぎてから角を曲がると、
「はぇー、こんな風になってたんだ……」
「ん、そう、上に住んでる人以外も、使える」
とりあえず荷物をその辺のテーブルに置くと、自販機で洗剤と柔軟剤を買う。これがなかなかに痛い出費。
「荷物、そこに置いて」
「ここですね」
ぽふっと荷物を置く小鞠。
「というかなんでうちが荷物持ってるんですか……」
「…………あなたが抱えて離さないから」
「ほぇ!?」
慌てて顔の前で手を振る小鞠。そんな顔なのにいちいち可愛いことをする。
「ちょうだい」
ビニールバッグを受け取ると、並んだ洗濯機の一番端の蓋を開けて次々に投げ込んでいく。
「おっと」
全部投げ込んだと思ったら底からストラップが出てきた。
「なんすかそれ」
「んーとなんだっけ…………あぁ、篝火花から、貰ったやつだ」
ちょっと前の遅番上がる時に貰って仕舞ってたの、ここにあったんだ。
仕舞おうとすると小鞠がキラキラした目を向けてるのが見えて、
「…………こういうの、好き?」
「あゎゎ、ち、違…………あぅ、好き、……」
「そうなんだ。…………欲しい? 」
「えぇっ!?い、いや、それは……」
あわあわ、きょろきょろ。
「だよね、あげない」
「そ、そうだよね……」
「…………だって、汗臭い、し。今度、売ってるとこ、聞いとく」
「………………え、えと、それは……」
「あ、回すの忘れてた」
洗剤入れて、コイン入れて……スイッチオン。
「時間かかる、から」
隅に置いてあった丸椅子を小鞠に勧めて、あたしは壁に寄りかかる。
「さっきの、飲めば」
「あ、うん……」
小鞠がストローを刺してコーヒーをこくり、こくりと飲むところを見ながら、あたしも同じようにラテの容器にストローを刺す。
「…………そういえば、幾つ?」
「まだ15だけど……ソウは?」
「じゅう…………ん、高2」
「せ、先輩だったんですか!? 道理で大人っぽくて……あぁいやすいません……」
「そんな、平伏しなくて、いいから」
面白いなぁ……見てる分には。
「それで、ソウさん」
「……ソウて、誰」
「いや先輩、さっき自分で君影 ソウて」
ぶーっ!?
「げ、げほっ、ごほっ」
「わっ!?だ、大丈夫ですか!?」
「お、おまえ、が、変なこと、言うから……」
キャストネームを本名だと思う奴が何処にいる!? あぁでも……うん、有り得ない名前じゃないよな君影ソウは。ホストぽいけど。
「…………くすっ、ふ、ふふっ、あはっ、あははっ……」
ほんとに、この子は、おバカだなぁっ……
「ほ、ほんとにどうしちゃったんです??」
「清音」
「へ? 」
「和知 清音。それがあたしの、学校での名前。ソウなんて変な呼び方したら、今度こそ食べちゃうから」
「わちき よね……」
「切り方そこじゃない…………清音、と呼んでも、いい。学校では控えめに」
「わ、分かりました……なら和知先輩、うちの事も……呼んでください、小鞠って」
「小鞠……うん、小鞠。でもこれだといつも、困ってるみたい」
「えぇー」
ハの字眉毛でほんとに困っちゃう小鞠。
たまには、登校するのも悪くないかもしれない。




