君影草
家の扉を乱雑に開けて、靴を脱ぐのもそこそこに棲家へと駆け込んで内鍵を閉める。
…………やっちゃった…………また、やっちゃった…………
ドアに背を預けて、血と汗でボロボロになった顔を両手で覆って天を仰ぐ。…………外に出ると、昔っからいつもこう。昼が憎い、日差しが憎い、人前も憎い、そして壊すことしか出来ない自分が尚のこと憎い…………
背を預けたドアの向こうから何かの叫びが聞こえてくるのを無視して、ひとまずは制服の装いを解くことにする。……ん、ざっと見渡した感じだと、他のところはもう静まったみたい。となると、あとは顔……か……やだな、今出てくの………………でもこのまんまベッドに転がれないし……うん……
手早くクローゼットから着替えだけ引っこ抜いて、何かを叫び続けるドアの鍵を外して強引に押し開く。強めのぶつかる音と悲鳴、それを意に介さずドアを閉めると外鍵を忘れずかっちり閉める。誰が立ち入らせるか、???の塒に。
そのままシャワールームで熱めのシャワーを浴びる。新しく作った傷が染みて痛いけど、それも贖罪だと思って受け流す。それに…………痛いことしないと、生きてるって思えないし。いつものようにお湯が突然水になったのを感じたところでシャワールームを出る。……ん、着替えはちゃんとある。それを身に纏ってまた塒に戻ると、そのまま枕に顔を埋める。
…………朝と夕方に出逢った、というか突き飛ばされて付きまとわれた?小鞠とかいう少女は一体何なんだろう……。行いを謝りたい、というのは見えるがそれ以上に何を企んでいるのか、それがさっぱり分からない。分からない。
…………や、考えたところで答えなど分かろうともしない。またいつもの『勘違い』だろうて。
…………少し早いけど寝ようかな。今日はこの後も無いし、と寝返りをうつと、妙な匂いが鼻を突く。…………っと、コインランドリーいかないと。あと結局買い物もし損ねたし…………んー…………よし、『纏う』か。
そうと決まれば行動は早かった。ジャージなんてその辺に脱ぎ捨ててクローゼットを覗き込む。うん、今日はキミに決めた。パニエにストッキング、ガーターリングは敢えての白、メインは薔薇の装いのワインカラー。チョーカーも忘れずに、と。ヘッドドレスは軽めに、あとマスクもしてくかな。さて最後は傘…………あれ、傘…………あっ、落としてきた…………
さぁぁ、と血の気の引く音がハッキリと聞こえる。ど、どうしよう…………駐輪場か!?いやでもこのモードじゃ学校入れないし……うぅ……明日調子良ければ取りに行くかな…………
窓の外と肌とを見比べる。うん……もう日が落ちたし大丈夫かな。
洗濯物をビニールバッグに詰め込んでコインランドリーへと向かう。家から遠いけど、家のものを使う訳にはいかないので仕方なし。それにしても…………ビニールバッグとこの装いの噛み合わないこと似合わないこと……
できる限り人を避けられるルートでコインランドリーへ向かう。鬼門はここのコンビニ前、変な輩が居ないと良いのだけれど……
「うぐ」
居た、輩よりも面倒そうなのが。しかもこちらに気がついたようで、
「すごい…………あ、えと…………もしかして、」
「……人違いよ」
「で、ですよね、失礼しました。似た人を探してて……ちょっと返さなきゃいけないものがあって」
返さなきゃいけないもの?
「…………傘?」
「あ、やっぱり」
あ、嵌められた。
「やっぱりあなたですよね、さっきはどうも」
お気に入りの傘と自分のプライドを天秤にかける。勝負は即時についた。
「……はいはい、そうですよ。それで何故ここに?」
「あ、自主練の途中でして……」
健康そうに焼けた肌に汗が流れる。…………羨ましい、な。
「そう。なら、傘は?」
「あ、家にあります」
「すぐ持ってくるように」
「は、はい!?」
慌てて走り出す後ろ姿にため息を1つ。まぁ、ここで逢えたのは僥倖、か。
「あ、あと……」
「まだ何か?」
「お、お名前は……」
まだそこに拘るのね…………
「きよね…………いえ、」
そう、今は夕闇の下。そして本来の姿でここに居る。
夕暮れからはこちらの世界。だから名乗るものが間違ってるよね。
「…………お初にお目にかかります。あたしは君影草と申します」
カーテシーもきっちり決める。そう、あたしは君影草。あの人がそう決めた大切な名前。
あたしはここに、咲き誇る。