イカロス
夕暮れ時。半強制的に閉店させたはずの太陽は最後の一息とばかりに熱線を浴びせかけてきて。
(や、焼け死んでしまう……)
真上に張った防御壁が次第に熱気に充てられて、中の???を包み焼きにせんと裏切りを働く。蜘蛛の蒸し焼きは美味しくなさそう、と思料しつつ再び二アマートへと歩みを進めていた。本日の授業は全て終えたので一刻も早く棲家へと帰りたい、しかし反対方向にある二アマートへ何故向かうのかと問われれば……その……『欲する』からである。『和知 清音』という人間の形をとると兎角疲れるのであって、人の形を維持する為のエネルギーが必要になり、尚且つ人を営む上で……その……望まざるとも必要なものが発生したり不足したりするわけで。
故に熱醒めやらぬ夕暮れ時というやや活動不適合な時間帯にのこのこ出歩いているのだ。
(干からびる……拠点はまだか……)
遠く蜃気楼の彼方に見える建物を見据え、できる限りの早足で自動ドアへと駆け込む。おお、涼しい。オアシス。
「らっしゃいませー 二アチキ揚げたてですよー」
スっと視線を外す。誰が好き好んで更に灼熱を頬張らにゃならんのですか。
「すいません、揚げたて3つ下さい」
あ、物好きが居た。関わらんとこ。
そそくさと冷凍ケースの方に逃げ込もうとすると、その物好きが何かの拍子に振り向いて、
「……………あっ」
「…………」
ぷい、と視線を外す。また会ってしまった。
「あーっ、朝の!!」
いいえ人違いです。ただの干からびた生物です。とりあえず逃げよ……
「あ、ちょっ、待って」
一足飛びに近付いてきて肩を掴まれる。
「なに、する」
ぐるりと振り向いて睨むと途端に挙動不審になって、
「いや、その、なんというか……あ、あなたのせいで朝ごはん食べ損ねたから、その……」
「それは、関係ない」
本当に正直なところ関係がない。
「と、とにかく来て」
と、腕を持ってずるずると引きずられていく。て、抵抗できない……力強すぎ…………いやその前に傘はささせて……
そして連行された先はと言えば、何故か校舎裏の駐輪場。
「なんで、ここ」
何故にこんな灼熱の所に……少しでも日陰になる所を探してそっと潜り込む。
「だ、誰も来なさそうだから……?」
さては無計画ですね???
「話がない、なら、帰る」
面倒事には関わり合いたくないし、余計な時間も使いたくない。そう思って立ち去ろうとするとなおも引き止められて、
「あ、あの……あぅ、今日は、ごめん……」
「それ、だけ?」
「そ、それだけじゃないけど……そ、そうだ、うち、小鞠って言うんだけど、そっちは」
「名乗るもの、なんて、ない」
和知も、清音も、名乗るものじゃない。それに、いきなり物陰に連れ込むような人に名乗るものなんて、ありはしない。
「そ、そっかぁ…………ごめん……」
「話は、終わり」
今度こそ棲家へ、と思ったところで、
「あの、その……うち、君のこと、最初に見た時から、きれいだなって思って」
綺麗、だって? 微笑んだその唇から漏れた言葉が転がり落ちて???に刺さる。そこからぞわぁっと広がる嫌悪感とがあっという間に全身を包み込んで、
「あ、あぅ、がぁ、」
「ど、どうしたの!?」
息苦しさで足の力が抜けてその場に沈み込む。…………そんな、昼頃に塗ってるのに……まさか、汗で……傘、傘は……
「だ、大丈夫? 保健室行く……?」
「ざわ、るな゛っ」
一閃、伸ばされた手を下から上へと薙ぎ払う。
「っ!?」
ポロシャツから伸びた腕を抑えて、小鞠という子が怯えた顔を向ける。指の隙間からぽたり、と一滴朱が落ちて、
「そ、その顔…………」
「み、見ない、でっ」
顔を覆って掻きむしる。全身を走るぞわぞわした痒さに抗うように、顔を、搔いて、崩していく。
「や、やっぱり保健室に」
伸ばされた手から逃げるように、鞄だけを抱えて走り出す。
太陽は、相変わらず???の上で業火を注いでいた。