網に飛び込む夏の虫
「お、おまたせ、しました…………マウンテンパフェです…………」
「色々大丈夫? 紫丁香花姉」
話し込んでいると、ズッタボロになった紫丁香花がマウンテンパフェを厨房から運んでくる。
「わぁっ」
「うわーお……」
「ぎえーっ!?」
三者三葉の反応を見せる。あ、最後のは各務先輩。
「ゆ、ゆーみりさーんやー……これ1人で食べ切れ」
「これ1人で全部食べていいなんて幸せだよぉ」
「……心配なさそっすね」
「心配なのはお会計もだよっ!?」
わたふたする先輩を横目に、削岩機みたいなスピードでパフェをつき崩していくお連れさん。わーお、豪快。
「あ、ちなみにツケは効かないのでそこよろしく」
「あは……あはは……ちなみに汚れたお皿が溜まってたりは」
「残念ながら今日は閑古鳥なんで」
がっくし。……や、見かけは凄いけどそんなお値段張らないんでこのパフェ…………多分大丈夫なはず。
青ざめる先輩を放置して、厨房でぐったりする紫丁香花を観察しに行く。
「おーい紫丁香花、生きてるー?」
厨房でぐでんと伸びてる紫丁香花を軽くふみふみ。げしげしまでしないのは温情。ぬふふ。
「ぜ、全身が痛いわ……」
「生クリーム全力でかき回せばねぇ……そもそもアレ1人で作るもんじゃ無いでしょ。誰考えたのあのパフェ」
「開店時に胡蝶花さまが……」
「突然の思いつきでしょ?」
「突然の思いつきよ……」
「だと思った」
あの人はそーゆー人だから。
「めっちゃ食材使ったね。この後の営業分ある?」
空のピューレ缶やらホイップの素を片付けながら、今の限定メニューを思い起こす。缶詰はまた補充必要かなぁ。
「前に発注かけたから今日あたり補充されるわ。でももう生クリームは見たくない……」
「ほんと手抜きなしだよね、うちのは。冷凍の出来合いのホイップの方が安上がりで時短にもなるのに」
「そこを妥協しないからこそ、この店が続いてるのよ。でなければイロモノ扱いで今頃ここに居ないって」
「それは、わかる」
現実主義で堅実なルートを選ぶ灯台躑躅様と、理想ほわほわ主義の胡蝶花様が程よい所で調和させて作り上げたのがこのお店。故に、採算に傾くことも放漫に流れることも無く、何年も一定した成果を上げてこの場所を護ってくれている。
そう、あたしが君影草を覚えた時からずっと。
くてーっと伸びをした紫丁香花が肩やら腰やらを揉んで、
「もー明日は全身筋肉痛ね……」
「歳考えないからでしょ? 」
「あらやだ君影草、向こう半年タダ働きしてくれるなんてやーさしぃ♡」
「ちょっ、給金の権限までは紫丁香花は持ってないでしょうがっ」
その時ドアベルが鈴を奏でて入口の方へと視線を向ける。
「あらお客さんね、今度はわたしが出るから」
「や、紫丁香花はカウンターの人お願い。多分アレも、あたしのお客さん」
「……あれが? 」
「多分ね。というわけでカウンターの2人をお願い。特にロングの髪の方は丁重にね、あたしの支えになってくれた人だから」
「そこまで言うなら…………」
と、紫丁香花にカウンターを任せてあたしは奥のテーブルに座る新客に歩み寄る。
「はいお冷。…………あと、いい加減その変な変装解いたら? ストーカーさん」
「な、なんの事ですか? 私はただのふらっと来た一般客ですよ??」
「自分からそう名乗るお客は居ないと思うけど?それに、」
わざとらしいサングラスに手をかけて引っこ抜く。
「仕事柄、人の容貌に関してはよく記憶してるんだよね」
ここ最近、あたしの事を付け回している影があるのは前から気付いていた。そしてその正体も。
「学校には伏せてたのによくもまぁ探り当てたもんだね。尾行? それとも『依頼主』からの? 」
十中八九、これは後者だろなと推測。
「ふふん、依頼主さんのことはナイショですよーだ」
「おや、依頼されてあたしを見張ってたことは否定しないんだ」
「まぁここまで来ちゃったらね」
グラスの氷を揺らして勿体ぶる情報屋。
「それにしても和知先輩、あなたのことは調べれば調べる程よく分からない。そもそも誰も情報を持ってないし、いちばん接しているであろう方々ですらも正体が掴めていないようで」
「どうせ情報源は保険医でしょ、あの人なら守秘義務タテに追い返すだろうし」
「さて、それだけでしょうか? 」
「…………『元』クラスメイトはお節介にして迷惑だけど心地よかった。これでいい? 」
「おっとぉ? 提供者のことを探り当てようとするのはダメですよ? 」
「探るも何も……状況的な事なら他に400人以上が知ってる。ここからどう付き止めろって?」
「さぁて、本当にそれだけでしょうか? そろそろ秘密主義も無しにしませんか? 」
「……うざい」
詰め寄ってくる顔を遠ざけて距離を置く。
「詰まるところ、そっちはあまり情報を集めきれてない。だからあたしのアジトに直接踏み込んで観察しようとした。いや寧ろこうして詰められる事で何か引き出そうという考え? 」
「さー、どうでしょね?」
ニヤニヤする情報屋を軽く突き放すと、
「や、これは前者だね。情報無いから焦ったんでしょ? だろうねぇ?」
組んでいた足を解いて立ち上がる。
「前に秘密主義者相手に大失敗と醜態晒したもんね、情報屋さん」
「げっ……」
一気に青ざめる情報屋。これで形勢はこちらのもの。
「知らないと思ってた? 蜘蛛は耳が敏いのよ」
しかしまぁ、風瀬さんのストーカーがこっちに回ってくるとはいやはや……
「…………有利に立ち回らないと情報屋ってやってけない、よね? だから見逃してあげる。その代わり…………次の休みに呼び出して欲しいんだよね、依頼主である小鞠をさ」
「ひょえっ!? し、知ってた……の……? 」
「蜘蛛は全てを知る、の」
さてと。この後どう立ち回ったものかなぁ…………




