傘の下。
「………………」
無言で家の扉を閉めると、錆び付いた門扉に手をかけて最低限の隙間を作り、するりと抜け出す。後足で蹴り閉じると、キィともカァともつかない微妙な軋みで以て朝の挨拶を告げてくる。毎度のように無視をして傘を開くと、仕事始めの太陽に早速店仕舞いして頂いてから歩き出す。ただでさえいつ焼け落ちるやも分からないこの身体、日差しなんて食らえばほんの一刻もつか否か。
……焼け落ちてしまえば気楽なのだけど。だけどそうするとあの人にも迷惑がかかるし、…………何より、衣のローンがまだ返しきれてない。故に、まだ形を保ってないと。それにしても太陽は何故閉店しないのか。本当に燃えるぞ。
そんな幾巡かの逡巡の果てに目的地ーー星花女子学園へと辿り着く。…………あら?なんだろうか、あの人集りは。
「こら貴様ーっ!! なんだこのアヤシイ武器共はー!?」
「違うし! それ武器ちゃうし……あっでも責めるから武器かな?」
「没収だ!!」
「なんでー!? てか前に持ってかれた高いオイルとマッサージ機4台も返してー!?」
「……諦めろ、須賀野殿は最近無性にご機嫌なのだ」
「うぇぇ…………」
「よーし次はそちらの方を」
「なぜ私がっ!?先生なのに……」
「一応拝見致します。…………ラム酒入りパウンドケーキ、タロットカード、……『魔女の24ヶ月』!? ……と、とりあえず異常は無いようなのでお通りください」
……なるほど、抜き打ちの持ち物検査というやつね。全く、風紀委員とは面妖な。しかし門を通らずには中に入れないし、かと言って塀を登るなんて以ての外、第一この腕がもげてしまう。
悩み抜いた末の答えは、
(…………面倒なので帰るとしましょうか)
門扉目前回れ右、日の当たらぬ我が家へ。
「おぉっと、そこな黒衣の娘。どこへ行くのだ、余は見逃さぬぞ」
…………面倒なものを引き当ててしまったようだ。
「ほう…………中々に闇の力を感じるな。此方へ来るが良い」
何故か不遜な言葉遣いのちびっこに導かれて門まで連行される。しかも人波を割って。モーセじゃないんだから、???は。
(ねぇ、あれ2年生の……)
(確か黒蜘蛛さん……)
(やめなさいな聞こえるでしょっ)
(最近見かけなかったような…………)
(それにしても何あの傘は……)
全部、聞こえている。空気の流れに乗せて、感じてしまう。蜘蛛だもの。
「あー、とりあえず狭いからその日傘を畳んで貰えるだろうか」
先程の居丈高な風紀委員の前に立つと、一瞬ぎょっとしたような顔をして急に丁寧になる。首を振ってそのまま押し通ろうとするけれど、
「す、すまないのですが荷物を改めます」
左右を見るけども逃げられそうな場所は無い。仕方なしに鞄を預けると、やや遠慮がちに中をまさぐられる。
「…………化粧水、日焼け止め、カチューシャ、そしてお薬と鏡と……んなっ!? 」
すちゃっと取り出されたのは、
「な、ななななんてモン持ち込んでるんだ!?」
「わぁ…………」
「えっちだ……」
風紀委員一同、餌を求める雛のようなポーズで口を開けている。緩慢な動作でひったくると鞄に納めて封をする。
「…………貰い、もの。姉さん、からの」
本当は押し付けられたもの、だけど。「だいぶ疲れてて方向性が迷子だぁー」とか、言ってたけど、多分大丈夫、うん。
その拍子に傘が落ちて顔に日差しが差し込む。眩しい。
「ひぃっ!?」
「ぎぇっ!?」
「そ、その顔は……」
顔? と手鏡を風紀委員から取り返して眺めると、
(あ、落としきれて、ない)
昨日の装い、少し強くし過ぎたかな。落としてこようと向きを変えると、
「ど、どうぞお通りください……」
半ば引き気味の風紀委員から荷物を取り返し、傘を拾ってそのまま歩き出す。と、その前にと門の方を振り返ると
「…………蜘蛛はね、耳?がいいんだ」
「聞こえるものは全部、蜘蛛のもの」
呟いただけ。それでも風に乗せて何人かには届いたみたいで、慌てて向こうを向く。
でも大丈夫。不味いものなんて、食べたくないから。