第42話 メルーラ3
今までもそうだった。何をしても中途半端な自分。
魔術が苦手な自分は生まれ故郷から逃げ出すようにキノノサト国に行って冒険者になった。妖精族だからと高位の魔術を期待されたけど、使えるのは短剣と弓だけ。
そんな自分の代わりはどこにでも居るからと、パーティーに入る事もできず町を転々としていた。
そんな自分をフロード様が拾ってくれて、お屋敷のお抱え冒険者にしてくれた。そのフロード様の恩義に報いるため、そしてここを追い出されないようにと剣技の訓練に励んでいた。
そんな自分に比べ、フロード様は自分の成すべきことを見定め邁進しておられる。
各地の遺跡を巡り、そこに秘められた謎を解き明かしていく。学会でも一目置かれる存在。
自分はフロード様に言われるまま遺跡に行き、護衛の仕事をしているだけ。自分から何かをしようと思ったことはない。
妖精族だから、文字の読み書きは成人前に教わっている。フロード様に教えてもらい調査資料の整理などもするようになって、近くに居させてもらう事が多くなった。
フロード様には感謝の言葉しかない。こんな充実した毎日が送れる事に。
そんなフロード様が歴史の研究をするため、家も名誉も捨ててこの里で眷属になった。
そして眷属になれなかった自分。
自分には覚悟が足りないのだ。信念もなく周りに流されてフロード様に付いてきただけ。捨てる国も家族も親しい友人もいないというのに……。
数日後、魔王は妖精族の女王様に会いに行くと、この里を離れていった。
「すまないね、メルーラ。もうすぐ新しい義足ができる。そうすれば君を国へ返してあげられるからね」
「いえ……。自分はここに残ります」
「だって君は……」
「自分にはフロード様しかいないんです。屋敷に戻ってもダメな自分は何もできないでしょう」
そう、ずっと逃げてきた自分が、この先たった一人で生きていくことなどできない。
「何を言ってるんだい。君はすごい人なんだ。魔術はできなくてもすごい剣術を身に付け、僕の歴史の研究を手助けしてくれたじゃないか。そんな冒険者は君ぐらいだ」
「それなら、自分と一緒にいてください」
「歴史の研究をしたいというのは、僕の我がままなんだ。それを君に押し付けるわけにはいかないよ」
「それなら、ここで自分を捨てるとはっきり言ってください」
涙が溢れた。
それを見てフロード様が慌ててポケットからハンカチを差し出す。
「僕は歴史バカだからね。どうして君が泣いているのか分からないんだ。君のような聡明で美しい人を捨てるなんて事はないよ」
そう言いつつ、宙に目を向け少し思案している。
「君も知っているだろう、結婚もせず家に籠もる僕は一族からも相手にされない。地位と財産目当ての縁談はあるけど、女性と親しくしたこともない」
「でも、自分とは話もしてくれますし……。研究室にも入れてくれました」
「君は特別だからね。最初に遺跡調査に行った時から、遺跡を壊さないように注意して歩く君が気に入っていたんだよ」
そんな前から……。だから自分をお抱え冒険者にしてくれたんだわ。
「でも僕は財産も名誉も捨てたから、君をいつまでも雇えないんだ。君と一緒にいられないのは悲しい事なんだけどね……」
フロード様はしばらく目を閉じ上を向く。
「そうか……。僕は君と別れるのが、すごく辛いんだ。君の将来を考えて帰るように言ったけど、一人残される事を考えると寂しくて涙が出そうになる。こんな感情は初めてだ。だからメルーラもさっき涙を見せたのか……」
呟くように話すフロード様を見つめていると、隣りに座る自分の肩に手を置き見つめ返してくる。
「僕は歴史しか知らない、馬鹿な奴だ」
「いえ、そんな事は……」
「君の気持にも、ぼく自身の気持ちにも気づけない情けない男だ。もし君の気持が変わっていなければ、こんな僕の傍にずっと居てくれないか」
その真剣な眼差しに気圧されてしまった。
「あ、あの。自分はガサツで女性らしくなくて……」
「そんなことはないさ。君は心優しい女性だ」
「か、髪も妖精族の原色じゃなくて、紫色のくすんだ色ですし、短いし……」
「深く味わいのある色じゃないか、髪型も君らしい。それに君の澄んだアクアマリンの瞳、すごく綺麗だ。以前からその瞳に魅かれていたんだ」
じっと見つめられた瞳に映る自分の頬が真っ赤になっていくのが分かる。つい目をそらしてしまった。
「す、すまない。急にこんな事を言って、レディーに失礼な事をした」
自分の肩に置いた手を放そうとして、バランスを崩して地面に倒れ込む。
「危ない!」
咄嗟に体を入れ替えて、フロード様を胸に抱え込んだ。
「ほんと僕は情けないね。君がいないと何もできないよ」
少し涙ぐむような、自分を嘲笑するかのような悲しい瞳を向けてくる。
「それは自分もです」
「メルーラ……こんな僕に付いて来てくれるかい」
「ええ、ずっとあなたの傍を離れません」
目を閉じた自分に、フロード様は優しい口づけをくれた。




