第23話 深層の魔獣3
翌日、四層に入ったところから、山頂に向かい進路を変える。
「高い位置から周りを見たい」
「それは分かるが、相変わらず見通しの悪い森が続いているぞ」
「こんなところで魔獣に襲われたら、一溜まりもありませんわよ」
不安になるのも分かる。高低差のある斜面に密集した樹木。木の上や高い位置から攻撃されると、こちらが不利になる。だからと言って山の周辺ばかり歩いても道は見つからないだろう。既にこの辺りは調査の手が入った場所だ。
道を見つけるには、この斜面を登る他ない。獣道すら無い藪の中を、枝木を切り開きながら前へと進む。
「あの岩場の上なら、見通しが効きそうだ」
「ネイトス。お前、あの崖を登るつもりなのか!」
「ほぼ、垂直じゃないですか! あんな所、登れませんわよ」
「いや、大丈夫だ。俺なら昇れる」
普通の冒険者には無理かもしれんが、日頃から崖を登る訓練はしている。多少の危険を冒さなければ、今まで見つけられなかった道を見つける事はできないだろう。
崖の下、剣などの重い武器を外し身軽になって崖に手を掛ける。
「あんたら二人は、ここで警戒していてくれ」
そう言い残して、垂直に近い崖の岩肌に手足を掛けられる場所を見つけながら、上へ上へと登る。訓練で身に付けた三点支持。岩肌に体を寄せ過ぎず立てた姿勢で、足のつま先に力を入れて登る。
できるだけ早く登らないと魔獣の餌食になってしまうが、この崖から滑落しても同じ事だ。下は見ずに登る事だけに集中する。
だが、この無防備な状態を晒していることを考えると、背筋が凍る思いだ。樹木の無いこの崖を登る自分の姿は、この森中の魔物から見られている事になる。
この背中が魔獣の視線を浴びていると思うだけで、冷や汗が止まらない。
「んっ! ぐぅっ!」
しまった、足を滑らせて危く落ちるところだった。ガラガラと剥がれ落ちた岩が崖の下まで落ちていく。魔獣への恐怖からか手も足も汗でびっしょりだ。
下を見るな、集中しろ! 崖の上部が見えてきたが、ここで焦るな。最後まで登り切る事だけを考えろ。
……だが、もしも崖の上で魔獣に待ち伏せされていたら、上に出たとたん魔獣に食い殺されるかもしれない。
一歩崖を登るたびに死に近づいていることになる。そんな恐怖からか、なぜ自分はこんな危険な崖を登っているのか分からなくなり、混乱し、後悔し、焦り、恐怖し……動けなくなった。
――ネイトス!! お前は山に住むヴァンパイアの少女に会いに行くんだろうが!!
そうだ、この想いは祖母の代から受け継がれたものだ。小さな頃に祖母から聞かされた話に夢中になって、冒険者を目指して体を鍛えてきた。
成人して試練の村へ向かう馬車の中から、近づくマウネル山を見て心を躍らせていたじゃないか。こんな所で止まっている場合じゃない。崖の最上部に手を掛け、上部を覗き見る。
魔獣はいない!! 急いで登り切り転がりながら岩陰に身を隠す。
手足が酷く痛む。汗が止まらない。訓練ではこんなことは無かったのだがな。一時間以上かけて崖を登った気分だ、だが登った時と太陽の位置は変わらない。十五分と掛からずに登ってきたのだろう。
息を整えタオルで額の汗を拭き、周りの状況を確認する。
ここは小さな樹木が疎らに生えた岩場。少し奥には、またそそり立つ崖がある。崖の途中にある踊り場のような場所だな。平らな部分は広く歩くこともできるが、魔獣が隠れるような場所はないようだ。
地面を這う低い姿勢のまま移動して、崖の端から辺りを見渡す。ここからなら山の麓まで見通すことができた。左手の方向、同じ高さの場所に斜めに走る線のようなものが見える。
「あれが山腹に繋がる道か?」
切れ切れではあるが直線的に木のない場所が何ヵ所か見える。遠くて人工的に作られた物かは判別できないが、このまま北に進めばその場所に行けそうだ。その場所を記憶し、崖を降りて行く。
崖の中ほどまで来た時、下の二人が何か叫んだ。
「鳥型の魔獣がお前を狙っているぞ!!」
背中越しに空を見ると、そこには大きく翼を広げ滑空してくる魔獣……スパルナか!! 金色の羽を持ち、頭部は赤い毛で覆われ炎を吐く。翼を羽ばたかせれば人など簡単に吹き飛ばされると言う怪鳥だ。
この崖はスパルナの狩場だったのか! 下にいるシャトリエが魔法で牽制してくれている間に下に降りねば!
滑るように崖を降りるが、スパルナが目前まで迫って来た。くちばしを大きく開き、ネイトスを咥えようと突っ込んでくる。
「そうはさせるかよ!」
腰から小型のナイフを取り出し、迫りくるスパルナの緑の目をめがけてナイフを放つ。
「グェ~」
体を反転させてナイフを投げた反動で崖から滑り落ち、今までネイトスがいた辺りに、目を射抜かれたスパルナが激突した。バラバラと大小の岩が落ちてくる中、ネイトスは崖に体を押し付けるようにして落下速度を落とす。
元より捨て身の攻撃だ。シャトリエが風魔法を使って地面への衝撃を緩和してくれなかったら死んでいたかも知れん。だが腕と足を負傷してしまった。
「ネイトス、大丈夫か!」
「すまん、肩を貸してくれ。急いでここを離れよう」




