第106話 大聖堂の壁画
「ねえ、マリアンヌ。サンクチュアリ大聖堂の中に入れるかな。あたしもう一度観てみたいのよね」
「今日なら中に入れると思いますよ。この後、行ってみましょうか」
教皇や司祭の行事がある時は、教会内部に入れないそうだけど、普段は観光名所みたいに見学できるそうだ。気楽に観光地として見に行くのもいいかと、みんなで大聖堂に向かった。
昨日と違って、玄関部分からロープが張ってあって、順路のような道を他の人と一緒に歩いて中を見学していく。
昨日は中央を歩いてたから気が付かなかったけど、途中の大理石の壁にも細かな彫刻が施されている。
十字に交わる中央の間の一段高い場所。昨日教皇とリビティナが座っていた場所は、周囲にロープが張られていて入る事ができないようになっていた。
「あの天井にある壁画、大きいわね~」
「東西南北に分かれていて、神様が私達を作ったとされる壁画なんですよ」
最初に南のオオカミ族、次にネコ族、シカ族、クマ族と順々に作っていったそうだ。この中央の間の壁画をぐるりと見て回り、元の入り口に戻るよう順路が組まれている。
「アタシこの絵が好きで、小さい頃からよく見に来てるんです」
マリアンヌは天井の壁画をゆっくり見ながら前を歩く。
「でもヘブンズ教の神、ウエノス神は男神だったはずだよね。二人は女神のようだけど」
「平等を重んじる神様なので、現世に現れる時は男女どちらかの姿になると言われています」
空で会った神とは違う獣人の姿の神。その神が獣人を代表する四種族の民に教えを説いているような壁画。宗教的フィクションを信者に伝えるにはこういう壁画や絵画が重要なんだろうね。
「高くてよく見えないわね。ちょっと飛んで見てくるね」
「おい、おい、エルフィ~」
声を掛ける間もなく、羽を広げてドームの天井まで上がって行ってしまったよ。周りの信者達もざわつき出しちゃったじゃないか。
「なんか変なの~。絵が剥がれてて、ここに穴が開いててね~」
何か見つけたのかエルフィがさらに天井に近づき手を伸ばす。すると天井から漆喰の壁が剥がれ落ちて来た。
「危ない!!」
人の頭ほどもある壁がこちらに落ちて来る。このままじゃ周りの人が怪我しちゃう。
慌てて風魔法で落ちてくる壁を粉砕し、人のいない壁際に吹き飛ばす。すると周囲から悲鳴が上がる。
「キャッ~」
「う、うわっ。壁画が~」
リビティナの放った風魔法の影響か、エルフィの頭上の壁画が一斉に崩れて落ちて来た。慌ててまた風魔法で、粉砕して壁際に吹き飛ばす。するとまた別の部分の壁画がゆっくりと倒れ込むように崩れ落ちて来る。天井の壁画全体が崩壊し始めた。
「えぇ~、何だよこれ~」
両手から風魔法を繰り出して、落ちて来る壁を次々に粉砕していくけど間に合わない。エルフィも地上に降りて来て、風魔法で手伝う。
ネイトスの逃げろという言葉に、近くにいた信者達が我先にと出口の方に向かって走り出す。パニック状態の中、リビティナとエルフィは信者に怪我させないように、ひたすら落ちて来る壁を粉砕し続けた。
辺り一帯が、細かく砕かれた土煙で覆われた頃、やっと天井の壁画の崩壊は止まってくれたようだ。
「エルフィ、一体何してくれたんだよ~」
「え~、あたしは壁画にちょっと触っただけよ」
もう何百年も前の壁画で、脆くなっているんだから触っちゃだめだよ~。
「リ、リビティナ様。あ、あれを見てください」
アルディアが指差す先、ドームの天井に今までとは違う壁画が現れていた。東西南北の神は人間の姿で、その教えを乞うのは獣人だけでなく、リザードマンに鬼人族、妖精族までいるじゃないか。
「一体どうした。な、何なのだ、あれは!!」
騒ぎを聞きつけた教会の司祭達がやって来て、天井の壁画を仰ぎ見る。
「な、何という事をしてくれたんだ……」
「で、でも、あれ。最初からあった壁画だよ~」
エルフィが最初に飛んで見たのは、ひび割れた壁画の奥にあった絵。不思議に思い触ってしまい一部が剥がれ落ちたことを説明する。
「この大聖堂建設当時の絵が、あの絵だと言うのか……」
漆喰の壁で保護されていたせいか、建設当時の壁画は色鮮やかで細部に至るまではっきりと見る事ができる。この絵師は高名な画家なのだろう。絵画のような繊細にして力強い神とその信者の姿が生き生きと描かれていた。
さっきまでの絵とは全然違う。それは誰の目にも明らか。
まだ周辺部には前の壁画が残っているし、どちらが古いかは調べればすぐ分かるさ。
「あ、あの。あそこに描かれた神様は、あなた方魔族と同じに見えるのですが」
アルディアに庇われて、床でうずくまっていたマリアンヌが天井の壁画を指差し見つめる。
「魔族ではなく人間と言うんだけどね、ボクが空で会った神様とそっくりな人が描かれているよ。これを描いたのは空に登った事がある人だろうね」
西側に描かれた男の神。ボクが会った空の神様そっくりだよ。他の女神は知らない人だけど、空にいた神様に雰囲気が似ている。
「あれが本物の神様……」
写実的に描かれた神々と大陸に住む種族達の壁画を、マリアンヌは手を胸の前で組み見つめる。
「あれが本物の神だと……我々獣人は、魔族によって生み出されたとでも言うのか。そんな馬鹿な事があるか!」
集まって来た司祭が口々に呟き、唖然とし新しい壁画を見上げる。両腕を上げて天井に祈りを捧げている司祭までいる。
ドームの天井をこんなにしちゃって教皇に怒られちゃうかな。今回の経緯についてはちゃんとここの責任者に説明しないといけないね。リビティナ達はここに来ていた大司教と別の部屋へと向かった。
説明が終わった後の帰り際、連絡を受けた教皇が大聖堂の中央の間にいて、天井を仰ぎ見て愕然としていたよ。あまりのショックに怒る事も忘れたのか、リビティナ達は御咎めなしで帰る事ができた。




