第67話 転生者の眷属化
「エルフィ、ただいま。帰るのが遅れてごめんね」
「やっと、帰って来たのね。キルーアもアルディアもお待ちかねよ」
お城での打ち合わせに時間がかかってしまって、予定より三日も帰りが遅くなっちゃったよ。里に来た白子の子供は元気だと、ハウランド伯爵とエルフィから聞いていたから慌てはしなかったけど。
辺境伯のお城と里、それに里と魔国の首都や国境など主要箇所には、オリハルコンの鏡による通信網が構築されている。
声が聞けて便利なのはいいんだけど、国としての問題が起こるとすぐに首都に呼び出されて困ってしまうよ。
「ネイトス。君はお城での会議の事をまとめて、他の役職の人と相談しておいてよ」
「へい、了解しました」
さてと、新しく来た子達はどんな子かな。ワクワクしながら食堂へと向かう。椅子にちょこんと座っている女の子の前で片膝を突いて目の高さに合わせる。
「こんにちは、キルーアちゃん。思っていたよりも元気そうだね」
「あなたが魔王様ですか?」
「そうだよ。リビティナって言うんだ。で、君がこの子の世話をしてくれたアルディアだね」
「はい、リビティナ様」
隣りに座るヤマネコ族の娘。初めて見るヴァンパイアに緊張しているのか、身を固くしているようだね。
リビティナは椅子に座り直して、キルーアと向き合う。まずは里でのキルーアの居場所を決めないとね。
「キルーアちゃんを家族にしたいと言っている家があってね。そこで暮らしてもらいたいんだけど、いいかな?」
「アルディアお姉ちゃんも一緒なの?」
「そうだね……。しばらく一緒に住む分には構わないけど、アルディアはもう大人だしね。近くの家に住むことになるかな」
キルーアの家族となる家には、兄と姉になる子供がいて寂しくないと説明した。仲のいいアルディアと二人だけで住む事もできるけど、こんな小さな子供を育てたことのないアルディアには荷が重いからね。
「キルーア、近所に住むならいつでも会えるわよ。あなたを必要としてくれる家族と暮らすのがいいと思うわ」
「……うん、分かった。そうするね」
納得してくれたようだね。早速エルフィに キルーアを新しい家族の元に連れて行ってもらおう。
少し不安気だったキルーアの後ろ姿に、アルディアが「大丈夫よ」と優しく声を掛けると、笑顔になってエルフィに手を引かれながら玄関へと向かった。
「さて、アルディア。眷属になりたいと言うのは本気なのかな」
「はい。でもその前に聞いておきたいことがあるんですけど……リビティナ様は転生者なのですか」
おや、おや。この世界では聞き慣れない単語を聞いたよ。
「この里は、この世界に無い物ばかりです。ですが里の人に聞いて回っても転生者はいませんでした」
「すると君は、自分が転生者だとでも言うのかい?」
「はい、そうです。リビティナ様はヴァンパイアですが、前世の知識をお持ちでは?」
アルディアの話を詳しく聞くと、前世の都市や科学文明はリビティナ自身の持っている記憶と同じものだった。
「なるほど、君は確かに転生者のようだ。空にいる神様に会った事はあるかい」
「神様? いいえ、気が付いた時は赤ん坊でしたので」
「すると、君は真の転生者という事になるね」
「真の転生者?」
リビティナのこの体は、空の神様によって造られたものだと説明した。
「多分ボクは神様に魂を召喚されたんだと思う」
「すると私は召喚ではなく、自然発生的に転生したと」
アルディアも前世で死んだ時の事情は記憶にないそうだけど、神様に会う事なくこの世界に転生してきている。
「私にはチート能力もありません……。元の世界に戻る方法はあるんでしょうか」
「それはボクにも分からないね」
「それなら、せめて私を元の人間の姿に戻してくれませんか。もうこんな獣人の姿は嫌なんです」
はっきりとした前世で生きた記憶があるせいか、この異世界の違和感は拭えないようだ。精神が獣人としての肉体に馴染んでいないという事か。
――ボク個人の前世の記憶を消した神様。この世界に馴染むためには、その方が正解だったのかも知れないな。
「分かったよ。君を眷属にしよう」
すぐにでも、人間に戻りたいと言うアルディアの願いを今叶えてあげよう。この異世界で暮らすのなら、眷属としてこの里で暮らすのが一番だからね。
「アルディア。成人している君の決断は尊重するけど、ご家族に話はできているのかい」
「魔国に行く事は話しましたけど、眷属になるとは言ってません。家に戻るつもりもありませんが、手紙を送れば大丈夫だと思います」
「それなら、アルディアが正式に魔国の国民になった証明書を作ろう。それも一緒に送ればいいよ」
「はい、ありがとうございます」
アルディアは家族の人達とは縁を切りたいと言っている。書類を作り魔国の官僚として働いてもらうと言えば、家族の人達も納得せざるを得ないかな。
「それと、眷属になると魔法も使えなくなるし、力も弱くなるよ」
血を吸う前にもう一度確認する。
「人間ですから、当然の事ですね」
「子供も産めなくなる。まあ、この点に関しては、将来特殊な技術を使って産めるようにするつもりだけど」
「不妊治療みたいなものですか」
「まあ、そうだね」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
そう言う、アルディアをベッドのある診療室へ連れて行き、首筋に牙を立てて血を分け与える。
「血を吸われるって、なんだか気持ちのいいものなんですね」
「麻酔の効果があるからね。これから苦しむことになるけど、夜中には終わるから頑張ってくれ」
そう言って朦朧とするアルディアをベッドに横たえる。その後、苦しみに耐えアルディアは、陽が落ちる頃には容態も安定してきた。
家に帰って来たネイトスと共に様子を見守る。
「リビティナ様。そろそろ毛皮が剥がれてきたようです」
「気分はどうだい、アルディア。眷属化は成功したよ」
「んん……私、人間になれたんですか……」
ベッドから上にあげた自分の白い腕を見る。アルディアはガバッと飛び起きて、診療室の隅にある大きな姿見の木枠を両手で持ち、鏡に映る自分の姿を凝視した。
「こ、これです。夢にまで見た人間の体です。ありがとうございます、リビティナ様」
「あぁ~、アルディア。診療用のガウンぐらいは着てくれるかな~。ネイトスが目を丸くしているよ」
「イヤ~」
裸のまま座り込むアルディアに慌ててガウンを持って行く。人間の体になったばかりの人が、ベッドから飛び起きて走り出すとは思ってなかったよ。
さすが転生者だね、普通は歩くのさえままならないんだけど。獣人だった頃のような違和感はなく、体もスムーズに動くと言っている。
その後はお風呂にゆっくりと入ってもらって、夜遅いけどネイトスに食事を作ってもらった。
「先ほどは失礼しました。ネイトスさん」
「いや、いいさ。夜も遅いし食事を摂ったあとはすぐに寝るといい」
「はい」
眷属化の後はお腹がすくからね。
「で、その体は記憶の体と一緒だったかい」
「髪の色は、茶色に近い黒のセミロングで同じでした。瞳も黒いし……でも目鼻がくっきりしていて前よりも美人です。こんな綺麗な顔じゃなかったんですけど」
眷属になった人は西洋人っぽい顔になるよね。その点はアルディアも慣れてくるだろうと言っている。余程嬉しかったのか、人間になれたことを何度も感謝していたよ。




