第61話 貿易1
「新しく建国した魔国、行けば面白い物が見れるそうだぞ」
「昔に大陸を制覇した魔王が住んでいたお城よね。私はそれより新しく輸入されるシャンプーや化粧品の方が気になるわ」
「あたしも聞いたわよ。何でも日焼け止めというのがあるそうじゃない。本当なら絶対に買うわ」
最近、共和国内では魔国の噂で持ち切りだ。あの時、迎賓館の裏庭で出会ったリビティナが言っていたように、これから自由貿易が始まる。国同士での自由貿易など初めての事。間もなく始まる国境検問所でのセレモニーに俺も参加する。
またリビティナに会えればいいんだがな。新しくできた魔国に知り合いを持つ商人は少ない。自由貿易とは言え、魔国内の情報を簡単に手に入れられるチャンスはそうないからな。
州都より乗合馬車で十二日、明日には魔国国境の検問所に到着できる。今晩は国境に一番近いレイドの町に宿泊して、明日に備えよう。
「よう、ハヌートじゃねえか。お前も魔国に商談に行くのか」
「テキトス、久しぶりだな。景気はどうだ」
「まあ、ボチボチだな。魔国には面白れえ物があると聞いてな、荷馬車を用意してここまで来たんだ」
他にも商人達がこの酒場に集まっている。国境が開通する前に、魔国は魔王城跡の観光ツアーや石鹸、シャンプーといった商品の宣伝を共和国中に流している。新しい物好きの妖精族の心をくすぐるような宣伝文句に俺も心惹かれた。
「魔国も中々やるもんだ。初っ端から宣伝攻勢をかけてくるとはな。それに大々的な開通セレモニー。向こうには商売に長けた人物が居るようだな」
「それが賢者様という人物じゃないのか。魔国王の側近でナンバーツーの者らしいからな」
表舞台に姿を現さず、正式に名前も発表されていないその人物。噂話でチラホラと耳にする賢者様と呼ばれている側近がいると。条約締結で迎賓館に招かれていた、あの古びたローブを纏ったリビティナとは別人だと思うが少し気になる。
「魔族の噂はオレも聞いたな。キノノサト国の大将軍や女王様とも対等に話し合える側近が何人もいるという話だ」
「かつて大陸を制覇した魔族だからな。計り知れん力を持つと言われているが、俺の知っている魔族はそんな感じじゃなかったんだがな」
「なんだお前、魔族に知り合いがいるのか! オレにも紹介してくれよ」
参加した友好条約の歓迎式典で見かけただけだと、テキトスをごまかした。根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だし、こんな情報は商売仲間に知られるわけにはいかないからな。
翌日、俺は乗合馬車で国境まで行く。テキトスは自前の荷馬車で国境まで行くそうだ。一緒に乗らないかと誘われたが、借りを作るのも嫌だし丁重に断った。
今回俺は商談だけで商品の輸送はしない。サンプル程度は買うつもりだが、まだ販路が決まっていないからな。どんな商品をどこで売ればいいか決めてから売らんと失敗するだけだ。
国境までの峠道。谷間を綺麗な交易路が走る。よく短期間でこんな道を作れたものだと感心する。さすが共和国の土木技術はこの大陸一だ。
峠を越えると、そこには魔国側の国境検問所が建てられている。
「思っていたよりも広い場所だな」
峠から少し下った平らな場所に、建物がいくつも建てられている。宿泊所でもないし何の建物だろうと思いつつ、イベント会場に入って行く。
そこには屋台が建ち並び、共和国に売り込む物品が置かれていた。この土地で作られた食料や酒、土産物などのサンプルが並べられている。
品質はそれほどでもないが、すごく安い値段で売られていた。これに関税が掛かって利益を上乗せしても十分元が取れる値段だ。
向こうの壇上では、国境開通のセレモニーが始まったようだな。あれは妖精族の親善大使か? 壇上で魔国との友好を強調した話をしている。その後、テープカットに続き久寿玉が割られたようだ。人が続々と国境検問所に入って行く。
「おや、君はハヌートじゃないか。君も来ていたんだね」
そう声を掛けてきたのは、あのリビティナだった。
「今日ここに来れば、またリビティナに会えるんじゃないかと思っていたんだ。魔国の商品の仕入れ先を教えてほしくてな」
「そんな事ならお安い御用さ。君とは迎賓館の裏庭で一緒にご飯を食べた仲だしね」
俺なんかに気さくに話し掛けるこいつが、噂の賢者様ではないと確信したよ。あの尊大な魔王に次ぐ人物とは思えん。親切に俺を連れて国境検問所に招き入れてくれた。
「君は馬車で来たのかい?」
「いや、商談だけのつもりだから、身一つで来ている」
「それなら、こっちの観光用の窓口に行くといいよ。簡単な検査だけで通してくれるからね」
今日は商人が多いのか、反対側の窓口は混んでいるようだな。俺は手荷物を見せて書類に名前を書き、手数料を支払えばすぐに手続きが終わった。普通の町を出るような感覚だな。
「こっちに乗合馬車があるから、それで魔王城跡まで行こうか」




