午の貢 ~うまのみつぎ~
清少納言のゆかりの地を巡る女子大生ふたりぐみ。
彼女たちがであう今回の怪異とは……
XI様主催の『XIの短編企画(1)』の参加作品です。
拙作『魔法少女がピンチ! 黒衣の玉子様が助けに来た』の後日談です。
拙作『牛の首』の登場人物もいますが、そちらの企画の参加作品ではありません。
両作を未読の方でも読めるかと思います。
宇須美町は、山と海に挟まれた美しい港町である。
この地域一帯に点在している寺院を順に巡ることで一層のご利益が得られるという。
巡礼のために遠方から訪れる人も多い。
寺院の周辺には巡礼者の休憩場が設けられていた。
歩いて巡礼する人は無料で茶菓子などがふるまわれている。
ある休憩所で、二人連れの女性達が係の人に何かを尋ねていた。
係の人は少し考えて、他の人にお菓子を配っている青年に声をかけた。
「零司くーん、こちらのお客さんの話をきいてくれるー」
「ああ、いいですよ」
休憩所を手伝っていた駄菓子屋の青年、児玉零司は女性客のところにやってきた。
「すみません。さっきお参りしたこの近くのお寺で、清少納言像があったんですけど……」
女性達は大学生で、清少納言ゆかりの場所を巡って旅行をしているらしい。
髪の長い女性は晴海、ショートカットの方は千秋と名乗った。
近くの寺院には、清少納言の像が置かれている。
清少納言は仕えていた皇后定子が亡くなった後に京都を離れ、この町に移り住んだと伝えられている。
その寺は清少納言の居住地跡に建てられたらしいのだ。
零司は寺の由来について軽く説明した。
「このあたりには清少納言の親族が住んでいたようですけど、清少納言本人がいたというのは間違いのようです。貴族の女性が船旅の途中で嵐にあって、この近くに漂着して住むようになったようです。名前は残っておらず、清少納言のような女性と伝えられ、それが清少納言本人に変化したみたいですね」
「はい。あたしもそう思います。その女性が漂着したところの神社に行きたいんです」
千秋がそう言った。
「午貢神社ですね。ちょっとわかりづらいですよ。地図はありますか?」
「あ、はい。これに載ってますかね」
晴海がリュックから町の地図を取り出して広げた。
零司は地図のある箇所を指さす。海岸の近くの森のようだ。
「ここです。主要道路からだいぶ外れた森にあるので、初めての人は行きづらいですね。よかったら車で送りましょうか?」
「え? いいんですか?」
「わぁ、助かります」
零司は二人を駐車場に案内した。
側面に『射手舞堂』とプリントされたワゴンタイプの軽自動車がある。
車でしばらく走り、森の中の細い道路に入った。
零司は森の中で車を停めた。
社外に出ると潮風の匂いがしてくる。
「そこの小さい坂道は見えますか。あれを登った先に神社があります。ここは駐車場じゃないんで、他の車が来ると移動させないといけないんですよ。俺は待ってますんで、お参りしてきてください」
晴海と千秋は礼を行って、坂道を登っていった。
二人の姿が見えなくなったところで、何者かが零司の近くに寄ってきた。
いつの間にか、笠をかぶった僧侶がそこにいた。
「……あなたは…… 懺念さん」
「前にも言ったが、拙僧の名は『ざんねん』ではなく『さんねん』である。しばらくぶりじゃのう、零司くん」
「なぜここに? お坊さんが神社にくるのはおかしいでしょう」
「拙僧は足の向くまま気の向くままに旅をしておるのよ。ときに零司くん。……お主、さきほどの娘たちを見て何か感じたかね?」
「怪しい気配も妖力も感じませんね。ただの一般人ですよ」
零司が答えると、僧侶はさきほど二人が登って行った方をじっと見つめた。
「あの二人、どうも怪異に遭遇しやすい性質やもしれんぞ。この神社の謂れは知っておろう」
「ええ、まぁ……」
午貢神社は、雨ごいで利用した『雨塚』が起源だと言われている。
当初は生きた馬を生贄にして雨が降ることを祈願し、やがて絵馬を奉納する神社になったという。
また、別の説として『海女塚』の名前も伝わっている。
この付近に嵐で漂着した船に、貴族の美しい女性が乗っていた。
地元の漁師が女性に乱暴狼藉を働き、殺害してしまったのだ。
女性の霊を慰めるために作った海女塚が、神社のもとになったというのだ。
ここから少し離れた場所にある『天塚』は、この神社の伝承とがあわさって清少納言終焉の地という寺になった。
晴海と千秋の二人に出会った休憩所の側の寺だ。
ただし地元にとって不名誉な部分があるため、観光地として宣伝されることは少ないようだ。
「生贄の馬と、殺された女性の霊を鎮めるものですよね。何か、心配事でも?」
「この社の結界に歪みがでておるのよ。最近、このあたりで大きな力が動いたらしいの。零司くんも関わっておるのじゃろ」
「……」
宇須美町の沖に異世界からの怪物が棲みついている。
町の人間から闇の力を集めようとしていたが、魔法少女たちの活躍で撃退できた。
怪物は力のほとんどを失っておとなしくなったようだ。
しかし、その影響で神社に封じられたものがでてくるとどうなる?
「懺念さん。もし、妖鬼の類がでてきたとして、封じなおすことはできますか?」
「難しいな。馬の霊ならば拙僧でも払えるが、女の怨念もあるとな。むしろ、零司くんの得意分野ではないのかね」
「すみません。結論から言うと、お役には立てないかも。俺の力は限定的な条件でしか使えません。今は自転車がないから、ほとんど何もできないですね」
「ほほう、それは難儀であるな」
その時、階段の上の方から「きゃああああ!」と叫ぶ悲鳴が聞こえた。
零司は坂を一気に駆け上がる。
鳥居をくぐったところで小さな境内があり、晴海と千秋が折り重なるように倒れている。
その向こうで薄暗い瘴気のようなものが渦巻いていた。
「悪霊退散」
零司は白い呪符を取り出して投げつけた。
それは瘴気にあたると真っ黒に染まり、溶けるようにして消えた。
「……くっ……。1秒ももたないか。迦久。力を貸してもらえないか?」
零司の耳に「キューン」と弱い声が聞こえる。
鹿の守護霊だが、やはり力は出せないようだ。
零司の自転車に憑依することで、聖獣の力を使うことができる。
しかし、愛用の自転車は整備中のため持ってきていないのだ。
瘴気が迫ってきた。
零司は飛びのいて呪符を投げる。が、すぐに呪符は消された。
呪符は残り2枚。なんとか晴海と千秋を逃がすことはできないか……
「どっこらしょ。零司くん! これを使いたまえっ」
僧侶が赤い家庭用自転車を押してきていた。
「ありがたいっ。懺念さん。お借りします」
零司は自転車に飛び乗った。
僧侶は椀を取り出し、灰色の粉のようなものを瘴気にむかって投げた。
「……寧、鶏、口、為、牛、後、為、無……」
瘴気の動きがにぶった。
自転車に乗った零司は自分の左手を見る。
手の甲に黒い楕円形の模様が浮かんでいた。
「いくぞ迦久。アンダーグラウドパワー・チャージアップ!」
守護霊が自転車に憑依し、たてがみをもつ鹿の姿になった。
零司の乗せたまま、鹿は宙を駆けた。
そして零司の姿も変わっていた。
黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。
帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の仮面をつけている。
黒いマントが風になびいていた。
零司は黒衣の戦士ハティ・ダンディに変身していた。
「スカッと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」
ハティ・ダンディは三本の針のようなものを投げた。
瘴気を三角で囲むように境内の地面に突き刺さる。
針と針が光の線で結ばれ、三角の光の線が描かれた。
鹿から降りたハティ・ダンディは光る石を3つ投げた。
光る石が逆三角形を描き、先の三角形と合わせて六芒星となった。
そこから光柱が立ちのぼり、瘴気を取り囲んだ。
『GAAAAAAA……』
瘴気から怒りのような声が上がる。
ハティ・ダンディは黒い旅ギターを取り出した。
「迦久。鎮魂の儀を行う。援護を頼む」
鹿は返事をするようにキューンと高く鳴いた。
ハティ・ダンディはギターをつま弾きながら歌い始めた。
かわいいあかごよ ねむりなさい
ゆれるゆりかご きのうえで
かぜがふいたら やさしくゆれる
えだからおりて ふかいゆめに
ゆりかごとともに ふかくねむれ
かわいいあかごよ おやすみなさい
歌声と共に瘴気が薄れていく。
それが消える寸前。ハティ・ダンディには古風な着物をまとう長い髪の女性の姿が見えた。
やがて、暗い気配は完全に消えた。
零司の姿と自転車は元の姿に戻った。
「零司くん。ご苦労じゃったな。この娘さんたちは無事じゃよ。すぐに目を覚ますであろう。暑さと急に階段を上がったせいで、立ち眩みをしたことにしておくといいぞ」
「懺念さん。助かりました。先程撒いたのは護摩の灰ですか?」
「でんぴんを患った馬の骨である。さて、わしはそろそろ行くとしよう」
僧侶は自転車にまたがった。
「もう行かれるんですか」
「その娘たちとは顔を合わさん方がよいのじゃ。わしのことは秘密にしておいてくれ。それにこの自転車は勝手に借りてきとるもんでな、急いで返してくるわい、わーっはっはっはっ……」
高笑いしながら、鈴をチリンと鳴らして去って行った。
「……あの人、自転車ドロもやってるのか。ああいうことをやっているからザンネンさんって言われるんだろうな」
その後、晴海と千秋は目を覚ました。
零司は何とかごまかして説明し、最寄り駅まで車で送り届けた。
* * *
町の北側に広がるへの字山。
山のふもとにその駄菓子屋『射手舞堂』があった。
駄菓子屋のレジに立つ青年、児玉零司が店内を見ている。
店内にはいつもの中学生四人組の姿があった。
モルモット形のヌイグルミを抱いたイオリはポテトチップスの袋を持っている。
ノノは板チョコをカゴに入れていた。
サキはラムネを物色している。
ヨツバはおせんべいを選んでいた。
イオリが零司に声をかけた。
「零司くーん。いつものギターやってー。たまにはマザーグースじゃないのがいいー」
「くすっ……。ああいいよ。イオリちゃん。たまにはクラシックを弾いてみるか。では一曲」
零司はミニギターをとり、シューベルトの『こもりうた』の演奏を始めた。
ひだまりのねこ様に描いていただいた懺念法師、通称『残念さん』です。
お坊さんと晴海と千秋は既出の小説『牛の首』に登場。
零司は『魔法少女がピンチ! 黒衣の玉子様が助けに来た』に登場しています。
お坊さんの呪文は適当に言ってるだけです。
(2025年7月5日に呪文の言葉を『牛の首』と入れ替えました)
なお、前作『魔法少女がピンチ! 黒衣の玉子様が助けに来た』『牛の首』はこの下の方でリンクしています。
物語の舞台である宇須美町は関東地方という設定です。
清少納言の墓と云われる天塚は徳島県にありますが、
気にしないでください。
零司くんの歌うマザーグース"Hush-a-bye, baby, on the tree top."の原詩はこちらです。
Hush-a-bye, baby, on the tree top.
When the wind blows the cradle will rock;
When the bough breaks the cradle will fall,
Down will come baby, cradle, and all.
最初は瘴気を鎮めるのに内藤濯訳のシューベルトの子守歌と考えてました。
しかし和訳の著作権が残っていました。
近藤朔風訳の歌の著作権は切れていますが、すこしイメージが違う。
自力で訳してもいいのですが、零司くんらしくマザーグース『おやすみ赤ちゃん木の上で』のアレンジにしました。
読んでくれた人たちに、幸あれっ。