帰路
午後二時の散歩というのは面白い。湯気のような空気と瑞々しい匂いが乱反射する初夏。その昼時というのは何ともいえないものがある。小学生がすれ違っただけの知らない人間に暴言を吐き、髪を茶色く染めて膨れた女性達が自分の家の前で座って話し込んでいた。のんびりと時間が過ぎているような長閑な雰囲気。ぬるい湯に浸かったような心地良さに気分も良くなる。いや、良くなっていたと言うべきか。
私は先程から不審な女に付きまとわれている。
「お前みたいなブス何もないに決まってる!いかにもメンヘラそうだよね。ブスだし」
私はこの女を知らない。会ったこともない。私を知っている理由もわからない。最近この辺りで大学生を狙う不審者が多発しているとは聞いたが・・・・・・狙うとはこういうことか。
ブスだからメンヘラで、ブスだから何もない。どんな理屈だ。さっぱりわからない。
「もっとさあ。努力ぐらいしてみれば?」
この"努力"がまたギャグチックで。
「よくそんなニキビ面で外歩けるよね。太い足出して恥ずかしくないの。外見を整える努力以外私達女には必要ないのよわかるでしょ?あんたみたいなブスはどうせ私より馬鹿なんだしさ。努力くらいしないとモテないよ?あ!モテないから可愛い私に僻んでるんだあ!草!」
外見を整えることだけが努力、だってさ。これを言う不審者の容貌はどんなものか。
黄土色のペンキを顔中に塗りたくり、目の周辺をどどめ色になるまで磨いている。たらこのように腫れた唇を使った紅茶の茶葉で覆い、スプーンで削った鼻を白く光らせて、いぐさに見える黒い髪で顔の周辺を覆っていた。恐ろしく長い髪を安っぽい光沢の黒い服と一緒にバサバサ揺らし、拷問道具のように踵と爪先が尖った靴を鳴らしていた。
ゴミを漁ったばかりの鴉。そんな人間が大学のミスコン優勝者の私にブスというのだ。勿論彼氏もいる。こんな奴に構っている理由もないのだ。いつまでついてくるのだろう。鬱陶しいことこの上ない。いつも家に帰れば風呂に入りたいと思うが、今日は彼氏に頭を撫でてもらいたくなった。よしよし、えらいぞ。背中もさすってほしいものだ。しかしこの女はいつまでも私に張り付き低くて耳障りな声をあげている。この女の声はコンクリートの壁を爪で引っ掻いている音に似ていた。
聞こえてくる言葉の数々は酷いもので。何もない人間と私を馬鹿にして自分がどれほど素晴らしい人間が誇張するだけなのだ。ほうれい線と笑い皺を間違えるようなお頭はさらに溶けていく。こちらは我慢できずに吹き出してしまう。やめてくれ、笑い死んでしまう!すると鴉は顔を真っ赤にして怨霊そのものの顔で私に噛み付いてくるのだ。これで今までどうやって生きてきたのか知らん・・・・・・
ああ、喧しいったら!そんなに自分を誇張したいなら「あの世で永遠に」やってなさい。
そんなわけで五月蝿い雌犬の脳天をかち割ったわけだ。路地裏に引き摺り込んで落ちていたコンクリート片でぶん殴ったら勝手に死んだので私のせいではない。そこにあった大きなゴミ箱に捨てる。不審者の髪の毛がゴミ箱からはみ出ているのをみてなんだかしっくりきた。
「貴女ゴミだったのね」
私はゴミを捨てただけ。ゴミが人のフリして生きてるなんて怖い世の中だ。それも面白いと言えば面白い。私はゴミ箱から溢れた髪を中に入れ、スキップしながら家に帰った。




