第8話 81地点、救助求む
穴の開いたテントを廃棄所に捨てた。
木材やコンクリートの破片、それからロボットと思われるガラクタと骨董品のような電化製品が土を掘った隙間に埋められている。
『これは不法投棄ではありませんか?』
「ご自由にどうぞってうぁわぁー……」
俺は欠伸をしながら答えた。
『どこにも書いてありませんよ』
真っ黒に塗装されたクルーザーバイクのハンドルに取り付けられたスマホから女性の声が聞こえた。人間のように喋り、少し不満を募らせるような声。
「他に物が捨てられてるなら、そういうこと」
『彼女もこんなところに捨てられるのですね、あんまりです』
「……ジャンク品と一緒に廃棄されて、ジャンク漁りが部品を売りさばく、そうやって循環してるんだ」
似たような存在だからなのか、人間の俺には理解できないことで怒っている。
『もう行きましょう。あんまり、ここにはいたくありません』
俺はヘルメット、グローブとブーツの緩みを調整してからバイクに跨る。
小さく電子音が鳴る、右ハンドルを捻っても加速は静か。
小道から抜けて、亀裂の入った道路に出た。誰も通らない寂しい、国道っていうやつ。
ガードレールで区切られた歩道と、擦れてほとんど見えない横断歩道の白線、へし折れた信号機と、半分のところで崩れた歩道橋。崩れた破片は道路に散っている。
それを躱しながら、バイクを走らせていく。
『あー、あー、あーマイクテスト、マイクテストぉ』
どこからか、反響して聞こえるマイク音。俺は思わずブレーキをして立ち止まる。
渇いたような声で、
『こちら、シズオカ81地点、廃棄所周辺にて、救助求む、救助求むー聞こえてるかなぁー』
内容としては困っているのだろうけど、音声は呑気だ。
「困ってるのか? 81地点の廃棄所ってさっきのところだよな……この近くに?」
『困っているのでしたら助けるべきです、真守さん』
俺も困ってるんだけどな。肩をすくめて、周辺を探ることにした。
掠れた道路標識は長年放置されたせいか、さすがのアルミニウム合金も腐食している。
根本からポキッと折れた曇ったカーブミラーが視界に入ったのと同時に、謎の丸い物体を見つけた。
カーブミラーの棒部分に押しつぶされ、飛び出た線から電気が漏れている。
先程のマイク音声とよく似た声が、丸い物体から聞こえ、
『ヘルプ、ヘルプ、ヘルプミぃー』
音符がついてもおかしくないほど歌っている。
「……なんだあれ?」
俺はバイクから降りた後、ハンドルブレースに取り付けたホルダーからスマホを取り外してポケットへ。
『あれは、恐らくボール型のドローンだと思います』
「へぇー初めて見た」
俺が近づいていくと、ボール型ドローンのレンズがこちらを向く。
『おっ、そこの少年。いいところに、このドローンに乗っている物をどけてくれい』
「えーと、こう?」
カーブミラーの棒部分を一度屈んで掴み、力んで持ち上げる。意外と軽く、拍子抜けしてしまう。
『サンキューサンキュー、ダンケダンケ』
テキトーなこと言って、ドローンはすぐに動いた。
ドローンは漏電しながらも浮き上がり、俺の目線より上へ。
カーブミラーを落としてグローブ越しに手を掃い、俺はドローンのレンズと目を合わせる。
『すまんなー助かった助かった。このドローンは身軽なもんで耐久力がない、さっきの物もどけられないんだ』
「あぁーそうですか、それは災難で……じゃあもういいですか?」
バイクに戻ろうと、ドローンに背中を向けるも、すぐに回り込まれてしまう。
『おいおい待たんか、お礼ぐらいさせてくれい。私のラボがある。そこまで案内するから、おいでおいで』
うわ、怪しい……。
警戒してドローンを睨んでいると、
『お名前はなんというのですか?』
しーちゃん、という謎の存在、AIみたいなのがドローンに訊ねた。
『おや、この声、どこから? ほうほう』
ドローンは俺の腰元まで下降してポケットにレンズを向けてくる。
「うわ、ちょっとなんだよ!」
俺は手で掃う動きをすると、丸いドローンは軽々と躱し、またも頭より上へ浮遊。
『こんなところで会えるとは思わなかったな……元気そうでなにより、さぁさぁおいで、お前さんのことも訊きたい。追いかけてこいこい、私のラボはこの近くだ』
そう言ってドローンは先導を始める。
こいつのことを知っているような口ぶり。俺は少し期待して、バイクに乗りなおす。
ホルダーにスマホを取り付けた。
『彼が、例のドクターでしょうか?』
「さぁ、でも知ってる感じだ。とりあえず行くしかないな」
電子音は静かに響き、右ハンドルを捻れば加速する。ふわふわと浮いて前を進む丸いドローンを追いかけた。