第7話 工場ロボット
「少年、怪我は?」
「なんともないです」
骨組みの工場ロボットからバチバチと弾ける電流。関節部分は無残にへし折れて、修理をしない限り元に戻らない。ヘッドライトごと頭部は粉砕されている。
「無事でなにより」
東方自警団が五人。みんな東方というバッジを制服の胸に付けて、キャップ帽子をかぶり、腰には棒を携帯。背中には電動ライフルを提げている。
「このロボットはどうなるんですか?」
片言で機械音声が呟いていた異様に残る怒りに満ちた言葉が頭の中で繰り返される。
「工場主が部品回収を望むなら解体して使える部分を渡す。何もいらないなら、このまま近くの廃棄所行きだ」
呆気ないな。怒りで暴走してもあっという間に鎮火される。
俺は軽く頷いて、もう少し近くで工場ロボットの残骸を覗き込む。
「少年、まだ電気が漏れているからあんまり近づくと危険だぞ」
「あ、はい」
返事をして、近づける距離から改めて覗く。
派手に破壊されたから売れそうな部品はないか……って職業病だな。
『真守さん、どこかに接続できる部位はありませんか?』
こいつはスマホの中にいるしーちゃんという奴と同じ名前を名乗った。
前の自販機もしーちゃん。
一体、こいつらは何者なんだろう、どれだけ存在しているのだろうか。
「いや、見つからないな……」
ロボットの骨組み部分にソケットなどついていない。さらに頭部は吹き飛んで跡形もない。
『なんとか取り出せるはずです』
そんな希望を言われてもな。
「あのー、こいつってコードとか繋げられないですかね?」
どうせ嫌がってもしつこく言ってくるだろう。
「ん? 欲しい部品でもあるのか?」
「できたら中身のシステムとか……」
首を傾げる髙木さん。俺も何と言っていいのか、説明ができない。
「暴走の原因究明の話は?」
仲間に訊ねる。
「何も調べないって、破壊したら捨ててくれとさ」
「なら、頭に充電の差し込み口がある。外部がぶっ壊れても内側は頑丈だから、探せばあるはず」
髙木さんはゴーグルと、感電防止の特殊な手袋を身に着けた。
吹き飛んだ頭部の残骸を漁る。砕けたというのに内部の電線は千切れることなく残っていた。髙木さんが電線に触れる度弾ける電気。
『多分、その線だと思います。真守さん、スマートフォンの充電コードを繋げてください』
「ん? 少年、今何か言ったか?」
「いや、何も言ってないです」
俺は平然と首を振り、充電コードをリュックから取り出す。
コードをスマホに繋げ、反対側にロボットの充電用ソケットに接続。
すると、またもスマホの画面は真っ暗になった。この瞬間、結構焦るんだよな。スマホが使い物にならなくなったらどうしようとか、いくら金がかかるんだろうとか、色々悩む。
「少年、随分と古いスマホだな。骨董品マニアか? バイクも中古っぽいし、他の部品も」
「う、そんな感じ、です」
金がなくて買い揃えることができず、捨てられたジャンク品の中から集めた。エアポンプも、ピストル型のスタンガンも、テントも何もかも。買ったのはバイクの電動部品と一週間程度で破壊した中古スマホぐらい。
貧乏人だなんて口にするものなんだし、骨董品マニアとしてこの場をやり過ごそう。
『……終了しました』
声を震わせながら戻ってきた。
真っ暗な画面が最大限の光を放つスマホに、俺は目を手で覆う。毎回眩しいのは勘弁してくれ。
「よし、すみません、ありがとうございます」
「もういいのか? 後のことは俺らがしとくから、君は休むといい。まだ夜中だしな」
「……はい」
辺りはまだまだ真っ暗。時刻は深夜一時。だけど、こんなことあっては眠気なんて襲ってこない。
『自警団の皆さん、工場主に伝言をお願いします』
突然喋り出したスマホに、自警団の皆が一斉に俺を見た。ダメだ、とぼけることはできない。
『ぞんざいな扱いをすれば、それ相応の仕打ちが返ってくることを忘れるな、と。逃げ出したロボットからのメッセージです』
静かな怒気が含まれた、圧をかけるような言い方。
「しょ、少年、そ、そのスマホ、喋ってるのか?」
スマホを指して震わす髙木さん達。
「ま、まぁその、AIみたいな感じです」
ざわざわ、と五人は何かを言い合う。
「人工知能が? しかも骨董品スマホから? はっ、とんでもないファンタジーだな。なるほど、工場ロボットがストライキってわけか」
なんでそんな軽く順応できるんだ。
『よろしくお願いします』
「じゃあ元気でな少年、それと」
『私はしーちゃんです』
「しーちゃんも」
なんか俺だけ取り残されてる気分だ。一気に疲れが頭を重くさせ、眠気が襲ってくる。
俺は大木の近くに戻った。膨らんだテントはロボットに持ち上げられた衝撃で穴が開き、使い物にならない。外で寝るにしても、次からどうすれば……。
『真守さん』
「……何?」
素っ気なく返す。
『もっとちゃんと彼女と話せたかもしれません。怒りに震えながら終わってしまったことが不快です』
未だに残る機械音声の言葉。あのまま破壊されてしまったことを悔やむなんて、どういった感情システムなんだ?
「死なずに済んで良かっただろ。遅れてたら多分、俺は死んでたかもな。お前もガラクタになってた」
『そうなのでしょうか?』
「そう……あーだから、その、お前がすぐに知らせてくれて助かった。ロボットと会話できなくて残念だろうけど、あんまり気にすんな」
AIみたいなのに、お礼を言うなんて、頭おかしいな。
『……どういたしまして』
さらに柔らかさが増したような声。スマホを見なければ本当に人と話しているみたいだ。
俺は寝袋の中に入り、大木の枝の隙間から月を眺める。
「工場ロボットはなんて?」
『詳しくは分かりませんが、行き場のない苛立ちや不満が渦巻いています。これが、暴走した原因なのでしょう』
「苛立ちと不満、か」
『はい……』
分からないなら仕方ない、さっさと寝よう……――。
『おやすみなさい、真守さん』