第5話 初めての野宿
もうすぐ日が暮れそう。次の町は本当に見えず、どこまでも続く亀裂の入った道路と廃墟の集落。見上げれば、高架橋に支えられている大きな道路があり、途中で崩れてしまっている。
瓦礫となった大きな道路の部分は地面を抉り、落下していた。
鉄筋を剥き出しにして、まだコンクリートが垂れ下がっている。あんなのが落ちてきたら一溜りもないだろうな。
安全な場所で休まないと。
廃墟の集落って安全に見えるけど……どうなんだろう。
静かな電子音さえうるさく思えるほど辺りは無音で、俺は右ハンドルを捻って、キャンプの場所を探す。
『真守さん』
微かに柔らかくなった、人間のように流暢な声を出す怪しい存在。しーちゃんという、AIみたいなもの。俺のスマホに何故か勝手に住み着いている。
「なに?」
素っ気なく返す。
『どうしてトーキョーよりも外の方が安全なのですか?』
「……人が少ないから」
『人が、少ないと安全なのですか?』
「そういうこと」
誰かを疑わずに済むし、傷つくこともない。
大木の周囲は柔らかい土壌で、バイクを停めてエンジンを切った。一度降りて、改めて周囲を見渡す。
廃墟の集落を眺めることができる見晴らしの良い場所。
薄っすらと落ちていく太陽と茜色の空が徐々に濃い青に染まり始めている景色に、もうこれ以上迷うわけにはいかない、と野宿の場所を決めた。
空気を入れるだけで出来上がるテントを取り出し、リアボックスの中にある小さなエアポンプと接続。スイッチを押せば自動で空気が送り込まれる。
徐々に膨らんでいくテント。いつもよりゆっくりめだ。
次の町でエアポンプも充電しておかないと、手動は面倒だしなぁ。
二人用のテントだけど、荷物を置けば一人でも狭くなる。
その間にペグでテントを固定。ホルダーからスマホを外し、ポケットへ。
テントができるまでに、夕ご飯の準備もしよう。
『キャンプ、とても新鮮です』
ポケットの中で言ってるけど、目の前真っ暗だろうに。
「あっそ、それで一体どうやってスマホに入ってきたんだ?」
未だ解決できていない疑問を訊ねる。
『すみません、私も分からないのです。気付いたら真守さんのスマートフォンの中にいました』
「じゃあ、誰が開発したってのも?」
『残念ながら一切記憶にありません……開発という言葉が正しいのかも曖昧です』
「機械にコードを繋げる意味は?」
『ただ、そうしないといけない、という使命感で動いています。何の為なのか、どういう意味なのか分かりません。もしかしたら組み込まれているのかもしれません』
つまり、本人も何も知らない。
ドクターFっていう人が解決してくれると信じよう。
ガスの入ったミニ缶をバーナーに接続させて、五徳に小さい片手鍋を置く。
調理に自信なんてないわけで、結局インスタント麺。飲料用の水を鍋に注ぎ、湯を沸かす。
それを待っていると、廃墟となった集落にぼんやりとした明かりが灯り始めた。屋根や壁を照らす明かりは移動している。
なんで、廃墟に? 俺は少し身構えてしまう。リュックに隠し持っているピストル型の電動スタンガンを取り出した。
「おーい、そこの少年!」
「うぁっぁあ!」
背後からの大声に、俺は思わず全身を震わして、大木に背中をこれでもかとくっつける。
「おいおい、大丈夫か? 俺は東方自警団の髙木だ」
身をかがめて、呆れたように微笑む男。東方、と刻まれたバッジを制服の胸に付け、キャップ帽子をかぶり、腰には棒状の物。
マジで焦った……心臓が痛いぐらい速く動く。
「こんなところでキャンプか? 旅でも?」
「そ、そんな感じ、です」
「はぁー変わった少年だな。旅をしているなら、変なロボットを見なかったか?」
「い、いえ。変な、ロボット?」
「実はな、町の工場で働いていたロボットが逃げ出したと報告があった。何故かは現在調査中だが、かなり攻撃的で物を掴んで投げてくるらしい。ここ周辺を通った数少ない人も被害を受けている」
なんだそれ。こわ。
「見た目はこれ」
自警団の髙木さんはタブレット端末を俺に見せる。
画面に写っているのは骨組みのロボットで、トーキョーで見かける工場の物とそっくり。
二足歩行で両腕があり、指は二本で物を掴んで運ぶには十分なもの。頭部にライトをつけて、周囲を明るく照らしている。
「工場用人型ロボット、これ見かけたらすぐに東方自警団に連絡を」
連絡先をスマホに入れてもらい、髙木さんは敬礼をして立ち去っていく。
『物騒な話ですね、真守さん』
「あー……そう、みたいだな」
気付けばテントはしっかり膨らみ、湯は沸騰していた。
外で人と会うなんて滅多なことでもないのに、さらにロボットが徘徊しているとは……――。