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第4話 ポジティブ思考

 骨董品レベルの電化製品の山。いわばジャンク品。ある意味宝の山だ。その隅っこに置かれている自販機。

 道路の端にバイクを停めて、自販機の前へ。

『先程の方ですか? とても素敵で優しいお方。メイに良いご友人ができたのですね! 素晴らしいことです!』

 明るい女性の声が、自販機から聞こえてきた。

「あ、は、はぁ。えっと、AIだよな?」

『何を言っているんですか、私は人ですよ。メイの親友です。残念ながら足が不自由ですのでどこにも行けませんが、メイがよく話にきてくれるんです。貴方、お友達は?』

 うっ、痛いところを突いてくる。人間だって? ただの機械が、人工知能が何を言い出すのだろう。

「俺は、旅をしてる。だから友達っていうのは、いない」

『真守様、コードを端末に差し込んでください』

 謎の存在に挟まれて、俺は肩をすくめた。

「はぁ、どこだよ?」

 明るい声とは反対に、俺のスマホに住み着いているこいつは感情がなく、淡々としている。

 せめてこの自販機みたいに明るければマシなのにな。

『どうしました? 私、動けないので、旅の話や外にはどんな人がいるのか是非聞かせてください』

「え、あぁ、外って意外と人少ないし、景色は同じものばかりで最高に飽きるし、なんにもない。マシなのはトーキョーより外の方が安心ってところかな」

『安心というのは何より大切です。トーキョーというところが危ないのは残念ですが、きっと華やかで豪華なところなのでしょう!』

「まぁ、間違っちゃいない」

 A地区からC地区は豪華だ。それ以外はジャンクだらけ。目に見えた犯罪は少ないだろうけど、人の財産に食らいつく奴らは多い。

 あの義手の子がメイ、サービスセンターの人が言ってた子か。

「……」

『腕、気になりますか?』

「え」

『貴方の優しい心配する目を見れば分かります。実はメイは事故で右腕を失いました。ですが、悲しいことではありません。生きているのですから、それだけで美しいのです。素晴らしいことです。ですが、気になる異性の方がいるようで、その方に見られるのを嫌がっているようです。きっとその方は会えなくて寂しいことでしょう。私は何度もそう言っているのですが、なかなか』

 凄い饒舌だ……。

 俺は自販機の話を聞きながら、挿入口を探す。

「それで、えーと、君はなんていう名前?」

『私はしーちゃんです。気軽に呼んでくださいね!』

 ん? どこかで聞いたことがある名前だな。

 自販機の横側に蓋を見つけた。小さなネジで四隅が固定されている。

 リュックからプラスドライバーを取り出して、ネジを外していく。

『私の体を触ってどうされました? ボディタッチだなんて、積極的ですね?』

「い、いや、埃がついてるから掃ってる……それで、メイと君はいつ知り合ったの?」

『なんて親切な方、ありがとうございます! メイと出会ったのは二週間ほど前。ここに置き去りにされた翌日に、最初こそメイは怯えていましたが、すぐに私達は打ち解けることができました。メイは私に町のことを教えてくれて、私はメイを勇気づけ、今やお互いに支え合っている親友です』

「へぇ」

 ネジを全て外し、蓋を外すと色んなソケットが露出する。

 俺は小声で、どこに差せばいいか確認。

『上から二番目の黒いソケットに差し込んでください』

 淡々とした説明通り、俺はコードを挿入。

『スマートフォンと繋げてください』

「え、スマホと?」

『繋げてください』

 もうちょっと説明してくれよ、全く。

「エラーとか変なウイルス入らないか?」

『問題ありません。繋げる必要があります』

「……ほい」

 スマホと自販機がコードで繋がった瞬間だった。突然スマホの画面が暗転する。

「え、これ、ヤバいんじゃ……」

『問題ありません。い、いじょ、いじょう、み、みつか』

 途切れ途切れで異常なしって言われても説得力がないぞ! 慌ててスマホからコードを抜く。

 特に煙は出ていない、真っ暗なスマホの画面に触れてみると、いきなり最大限に光る。

 あまりの眩しさに瞼が反射的に閉じて、顔を逸らしてしまう。

『いらっしゃいませ、今日もいい天気ですね。本日のおすすめは炭酸オレンジ、すっきり爽快、果実の甘みが喉を潤します!』

 聞こえてきた、少し違和感のある声。俺は瞼を開けて、ゆっくりと自販機の前に戻る。

「え、あぁー大丈夫?」

『いらっしゃいませ、今日もいい天気ですね。今日のおすすめはウーロン茶、濃くてさっぱり、ウーロン茶ポリフェノールですこやかきれい!』

 インプットされた言葉を次々と言う。

「……」

 さっきまで普通に人のように喋っていた彼女じゃなくなった。

『特に異常ありません。端末にも影響ありませんのでご安心ください。真守さん』

 淡々とした女性の声が、少しだけど柔らかくなった気がした。

 スマホを目の前に寄せて、俺は睨んだ。

「何が起こったんだ?」

『真守さん、心配ありません。この飲料自動販売機はエラーでした。そのエラーを除去したのです』

「エラー?」

『真守さん、申し訳ありませんが、あまり長居はよくありません。メイは、一歩前に進まないといけない時がきたのです』

「お前は、一体……誰なんだ」

『私はしーちゃんと呼ばれています。何故かは分かりません。ですが、私はしーちゃんです。真守さん、SCにいる店員さんを覚えていますか?』

 もう訳が分からないな。店員のことはコードを返却しないと延滞金が発生するのだから、忘れちゃいない。

 俺が頷くと、

『店員さんの息子にメイの腕のことを伝えてください。メイは、いつもここに来ています。彼女と話をするように。一歩前に進む大切なことです』

 まるでメイの友人のように話す。

 俺はまた急いでサービスセンターに戻ろうとした。が、振り向けば……。

「まだ町にいたの? なに、してるのよ」

 訝し気に俺を睨むメイがいた。凄くヤバい雰囲気。

「あ、いや、その」

「まさか自販機に」

『メイ、前に進みましょう』

 スマホから聞こえた声、メイは俺を押しのけて自販機を軽く揺すった。それだけのことでボロボロとジャンク品の破片が上から落ちてくる。

「しーちゃん? しーちゃん!」

『いらっしゃいませ、今日もいい天気ですね!』

 ロボット音声が、インプットされた言葉を喋るだけ。すぐに違うと気付いたメイは、どんどん顔色が悪くなって俺を強く睨んだ。彼女の瞳に溜まる涙に、俺はさらに怯んでしまう。

「しーちゃんに何をしたのよ! 返して、私の大切な親友を!!」

「わ、わ、ちょっと落ち着けって。これは、その」

 俺もよく分からないし、服を皺くちゃに握られて押し付けられても困る。

 くそーなんで俺が責められないといけないんだよ……。 

『メイ、大丈夫です! 私はここにいます。メイ、もう隠さなくていいんです、私がいなくてもメイには素敵な方、素敵な家族がいるのです。例え離れていても、心は一緒にいます、どうか泣かないでください』

「そんなの言えるわけないじゃない! いや、しーちゃん、行かないで!!」

 俺が握りしめているスマホを取ろうと必死に手を伸ばしてきたメイ。

「や、やめろって」

 避けようとしたが、足元にあった小型家電に引っ掛かり、俺はよろけてしまう。

 同時にメイもよろけて、ジャンク品の山に背中が当たる。

『メイ、真守さん、すぐにこの場から離れてください!』

 不穏な音が、耳に入った。ジャンク品が傾いてくるのが目視で分かる。

 このままじゃ圧し潰される……?

 メイは耳を塞いで、

「いや、いや、いやぁあああ!!」

 突然叫んだ。

『真守さん!』

 何ボォーっとしてんだ俺! 死んじまう。急いでメイの右手を掴んで、ジャンク品の山から逃げ出した。

 激しい雪崩のように、大小異なるジャンクが崩れていき、どうにもすることができないまま、茫然と眺める。土を抉るほどの勢いはまだ止まらない。

 死ぬかと思った……。ヤバい、心臓がバクバクして不快なぐらい痛い。

 幸い、道路側には流れてこなかった。俺の大事なバイクも無事だ。

 スマホも俺の手にしっかり握られている。メイは、今も耳を塞いでしゃがみ込んでいる。

「えーと」

 なんて声をかけたらいいんだ、そう悩んでいると今度はサイレンのような耳障りな音が聴こえ俺の体はビクッと震えた。

 どうやら町から、多分、この衝撃音に反応したみたいだ。

 慌てたサービスセンターの店員達が町から飛び出して俺達のもとへ。

「お客さん、大丈夫ですか!?」 

「メイ!」

 ほぼ同時、さっきの浮かない顔した作業着の人がメイのところに駆け寄っていく。

「大丈夫、俺がついてるから、よかった、メイに何もなくて」

 必死に励ますように背中をさすり、メイを抱き寄せている。

『メイ、怖がっては駄目です。前を向いて、彼が今の貴女を嫌うようには見えません』

 優しいというより、ただポジティブで明るい声だ。

「……お客さん、無事でなによりですが……もう町を出た方がいいかも。レンタルした物の破損代は結構ですよ」

「いや、行かないでしーちゃん!」

 振り払ってメイはスマホに叫ぶ。

『どうか弱気にならないで、メイ。さぁ、彼に本当の姿を見せてあげてください』

「メイ? どうしたんだ? 何でガラクタスマホから声が? 本当の姿?」

 俺もどう説明したらいいのか分からない。誰も説明できない。

「メイちゃん、俺の息子はずっと会えなくて寂しがってんだ。もうここまできちゃ隠しきれないよ」

 どうやら店員もメイの事情は知っているようだ。

 メイはゆっくり、震えながら右手に装着していた白い手袋を外す。 

 精巧な造りをしている鋼鉄の右手が露わになり、彼は呼吸だけで驚き、そっと義手に触れた。

 メイは喉を震せて頬を濡らしていて、俺は気まずさに目を逸らしてしまう。

 店員に手で行くように促され、俺は小さく控えめに頷く。

 バイクを押して、とにかくこの場から離れることにした。

 ミラーに写る三人がどんどん遠ざかっていく。

「あーその、辛くない?」

『いいえ、信じていますので、問題ありません』

 気を遣ったつもりで声をかけたが、明るい声で返ってきた。

「あっそ」

 バイクに跨る準備をして、スマホをハンドルに固定させる。緩みがないかしっかり確認。

 スイッチを押して電源を入れると、電子音が鳴り始動する。

『次の町までおよそ一二〇キロです。頑張りましょう』

 いつもの淡々とした声は、今日から明るくなった……――。

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