第3話 手掛かり
「お客さんのスマホですけど……特に異常、ないですねぇ」
髪を掻いて出てきた店員の答えに俺は愕然とした。
カウンターに手を置いて上半身が前のめりになる。
「変なウイルスとか、なんか変なシステムが勝手にインストールされてるとか、何も?!」
「というか、アプリも必要最低限のものしか入ってないし、アップデートはとっくの昔に終わってるし、一応クリーンにしたけど、多分何も変わってないかな」
「……」
まぁでも、クリーンにしたってことは消えたよな?
「そうですか、すみません、ありがとうございました」
カウンターから離れると、
「あれ、お客さんコードよかったの?」
店員はわざわざ自販機に繋げるコードを持ってきていた。
「いらな」
『コードを飲料自動販売機に持っていくことを推奨します。真守様』
思わず自らの耳を叩いてしまった。
「あれ、さっきの声。え、お客さん……やっぱり」
「なんでそうなるんですか、どう聞いたってスマホからだろ!」
「すみません、でも今はAIも進んでるし、害がなきゃいいんじゃない? むしろサポートしてくれる機能があるなんて便利でしょ」
所詮他人事かよ。
タダで貰ったスマホだし、お金に余裕があるわけじゃないから買い替えるなんてことできない。
「そんな顔されても。あっ、リペアサイドFに連絡入れようか?」
「リペア、サイドえふ?」
店員は頷く。聞いたことがない会社名だ。
「色々と専門にしてる発明家みたいな人のオフィス。ジャパンを飛び出して活躍してる人でね、多分解決してくれると思うんだよ。今から連絡するよ」
『ドクターF』
スマホが反応した。
「え、知ってるのか?」
『ドクターFは、ガソリンに代わるバイオ燃料の研究を日夜行いながら、スマートフォンの開発、アプリ開発も行っている社長兼発明家です』
いや、多分ネットの記事から引用したんだろうな。
通話を試みている店員は、少し難しい表情で、
「あー繋がらないな。多分どっかのSCにいるかもしれない。トーキョーに拠点はないし、数日前にドイツランドから帰ってきたって話だからジャパンにいるはず。一応他のSCにも連絡しておくよ。君のスマホにオフィスの連絡先入れとく」
「ありがとうございます」
ちょっと失礼な人だけど、なんだかんだ親切な人だ。
スマホにリペアサイドFという会社の連絡先を入れてもらう。
『真守様、コードのレンタルをすい』
「分かったから、黙ってろ」
渋々、俺は小銭を出して自販機に接続する為だけにコードを借りた。
「一時間毎に延滞金発生しますんで」
「はい……」
くそ、急いで行こう。
俺とすれ違いざまに入ってきた、作業着姿で俺と同い年くらいの男。浮かない表情で、
「ただいま……」
寂しく呟いている。
「おかえり。なにしけた顔してんだ」
「修理終わった」
「どうせメイちゃんの家に寄ったんだろ。それで、やっぱり会えなかったか」
「……別にいいだろ」
思わず立ち止まってしまった。
『真守様、飲料自動販売機に行くことを推奨します』
「……はぁぁー」
俺は深いため息を零しながら、駆け足で充電中のバイクに戻る。既に十五分は経過していて、充電完了。充電コードを抜いてリュックに戻す。
ジェットヘルメットをかぶり、グローブとブーツをしっかり装着。
バイクに跨れば、足つき良好。車体も低めでゆったり座れる。お飾りの単気筒マフラーで気分は生まれる前の時代にいる。
スイッチを押せばモーターが動き、大人しい電子音が響いた。
うるさいスマホをポケットに入れて、ついさっき通ったばかりの電化製品の山に戻ることに……――。