第28話 分裂回収の終わり
スマホが眩しい真っ白な光を放つ。俺は目を細くさせて、掌を前に出す。
『真守さん……終わりました』
アプリが示す残り一つの分裂を、今、頭から上半身が潰れているロボットに繋げて回収した。
微かな雨が地面や岩を打ちつけている。
脚部分が上を向き、頭部から肩まで分散して地面に埋まっているような姿勢だ。
キョウトに向かいながら、その道中に分裂を回収してきたけど……動けるロボットはみんな気味悪く崩れて停止している状態だった。
あの崖の窪みにいた人形ロボットもそうだ、まるで自ら望んで落ちたように。彼女の分裂を回収するのが本当にいいことなのか分からなくなる。
『真守さん?』
「え、あーごめん考え事してた。大丈夫そう?」
スマホの画面には、真っ白な背景に黒ペンで眉、目、口が落書きみたいに描かれている。
それは、彼女が自ら映像化させた感情表現。
彼女は笑顔を浮かべる。
『……はい』
笑顔なのに、声は沈む。
「なんだよ、その、暗そうな声。なにか嫌な記憶だったか?」
俺はコードをリュックに入れ、スマホを手に持ち、ワンポールテントを立てた場所まで戻ろうと足を進めた。
『いえ、そういうわけじゃないのですが、人間の私はどうも空っぽみたいで……今にも掻き消えそうなほど弱いんだなって』
「……」
大小異なる石が転がる道を越え、薄っすら表面が濡れ始めたワンポールテントの中へ。
電動のクルーザーバイクは濡れないようにシートをかぶせておいた。
『誰もいない。学校に行っても馴染めなくて、頑張って、頑張って明るい顔して、両親にも笑顔を振りまいている私がいました』
「親に?」
『両親はケンカ、していたような気がします。大声で怒鳴って、泣いて、言い合う両親に仲良くしてほしくて、私は笑っているみたいです』
両親か……もう俺の記憶にない。
『真守さんのご両親はどんな方だったんですか?』
「さぁ、俺、物心がついた頃には親がいなかったからな。ごめん、その、理解できなくて」
『いえ、私の方こそ、すみません。でも大丈夫です! 真守さんが傍にいますから!』
それ、どういう意味で言ってんだろうな。
俺は目を細めた。
「そりゃ、もちろん。それに両親は事故で大事な娘を失うところだったんだ。きっと大切さに気付いて、反省して、帰りを待ってる……起きたら、ちゃんと寂しかったって言えよ」
『うーん悲しませること言わなきゃだめですか?』
「悲しませるんじゃなくて、状況を変える為に必要なこと。ずっと同じことしてたって変わらないんだからさ」
折り畳み式のガスバーナーを組み立て、ガス缶を装着しながら彼女にアドバイスをしてみた。
ずっとジャンク売りしてたって何も状況は良くならない、だから俺は逃げるようにトーキョーを飛び出した。
小鍋に水を入れ、火をかけて沸騰させていく。その間にインスタント食品を用意。
『真守さんは旅を続けるんですか?』
「そのつもり。どこかに留まるってのも考えてないな」
『私も一緒に旅を続けちゃ駄目ですか?』
明るい声と笑顔に、俺は唇を軽く噛む。
「……親が、良いっていうなら、あれだけど……」
『はい! お母さんとお父さんを説得してみます! 勝手に置いて行かないでくださいね!』
「分かってるって…………」
熱湯にインスタント食品を投げ込み、抉れそうな胸を布越しに掴んで、精一杯、答えた。
なんで俺、嘘をつかなきゃいけないんだ。
「なぁ、キョウトまでもう少しあるし、他の町も観光ついでに寄ってから行くか」
『楽しみです! 写真たくさん撮りますね!』
「……どうぞ」
味もしない、マズイとも美味いとも思えない。
寝袋に入る頃には、雨音がほどほどに強くなっていた。テントの外側、周りの土や道路を叩く。
『真守さん、もう寝ましたか?』
「まだ」
頭の近くに置いたスマホは煌々と俺を照らす。
『もう少しだけ、お話してもいいですか?』
「あぁ、いいよ」
『旅を始めるきっかけとか、真守さんのことをもっと聞きたいです』
俺の話、ねぇ。なんにもないんだよな。
「あーまぁ強いて言うならやむを得ず。ローラー作戦に巻き込まれる前に逃げたって言った方が早いか……」
『ローラー、作戦?』
「そ、警察共がわざと廃棄所に企業処理のジャンク品を廃棄して、ジャンク売りの一斉検挙。俺も偶然そこに居合わせてさ、どうにか逃げてきた。そんで宛てもなく、彷徨ってた感じだな」
『ジャンク売りさんを、みんな捕まえる為に、ですか』
「富裕層から見ればハエかゴキブリみたいなものだから、目障りだったんだろうな……」
そんなことを今更考えても仕方ない。
「ま、そのおかげで、こうして旅ができてる。変な相棒もいるしな」
『えー相棒ですか? うーん』
眉を下げる彼女が描いた落書き。
「なんで、相棒って響きいいじゃん、かっこよくて」
俺はそう呟いた。
『もっとこう、特別な関係がいいです』
「……友達とか?」
『友達、うーん、もっともっと……』
俺は画面から目を逸らして、ワンポールテントの尖った天井を見上げた。
『特別なのが、いいんです』
なんだそれ、俺は鼻で小さく笑ってしまう。
どんな表情をしているんだろう……彼女は。