第27話 壊れた人形
「……あれ、おかしいな」
『どうしました?』
「あぁいや、反応があるんだけど、どこにも見当たらないなって」
ドクターFがくれた謎のアプリには反応がある。そこに来てみたものの、端末とかロボットがいる様子はない。
ただの岩場だ。
ぐるっと回ってみるか……俺はスマホを手に、周囲を歩く。
岩場の下は海で、黒い波が絶壁に何度もぶつかり、うねっている。まさか、海中とか?
『と、飛び込んだら危ないですよ!』
「飛び込むかよ、勝手に殺そうとするな。とりあえず少し休憩して、もう一回探すか」
俺は一旦バイクを停めている路肩に戻ろうした。
『あ、待ってください』
「……はいはい」
肩をすくめた俺はスマホのレンズを岩場と海に向ける。
シャッター音もなく写真を保存していく彼女は、しーちゃん、と皆に呼ばれている。
「こんな汚い海撮ってもなぁ」
『それでも海なんて滅多に見られません。汚染されている話だって見ることでやっと真実に変わるんですよ。それも含めて大切です』
「学のない俺には分からない話だなぁ……」
感心と困惑に挟まりながら、俺は黒い海を興味なく眺めた。
『真守さん』
はしゃぐように、跳ねた感じで俺を呼ぶ。
「ん?」
スマホの画面には、黒ペンで落書きしたような眉、目、口が、笑顔に映っている。
『分裂回収が終わったら、私と一緒に勉強しましょう! 誰かと一緒に勉強なんてわくわくします』
俺は唇を少し曲げた後、軽く噛んで、それから、
「よろしく……」
微笑んで答えた。
岩場の近くに小さな町があった。サービスセンターはなく、住宅が数軒と、小さいコンビニが一軒。
宿泊場所もなければ、肝心のサービスセンターが無いと旅人の俺には縁がない場所となる。
町の近くにワンポールテントを組み立て、俺はバイクをテントの入り口に寄せた。
俺は休憩ついでに町へ足を運んだ。シャッター音なしに写真を撮るスマホを持ちながら。
「どこから来たの?」
「よかったら昼食の残り食べない?」
「ガラクタスマホだなぁ、骨董品マニアか?」
興味津々によそ者の俺に声をかけてくる。
何事もなく会話を流す俺に代わって、彼女はスマホから、
『こんにちは!』
元気よく声を発する。
「喋ったぞ、なんだ人工知能?」
「可愛い声ねぇ」
「なんだか賢そうな感じだな」
さらに興味が湧いて、スマホに声をかけまくる。
呆れながら顔を上へ向けた時、小型のドローンが一機、町の上空をうろうろしているのが見えた。
「ドローンだ……」
俺の呟きに、町の皆が少し不快そうな顔で、
「また飛ばしてんのか、注意してくる」
数人、とある家に行ってしまう。
裏にジャンク品を積み、家は他のよりボロボロで、はりぼてみたいに薄く思える。
『どうされたんですか?』
「あそこのチビ、ドローンとかそういう機械系を弄るのが好きでよく改造しては飛ばしてんだ。飛ばすのは別にいいが、よその家に落下させたり、ドローンに水鉄砲つけて悪戯したりと困っててねぇ。旅人さんには迷惑かけないよう言っておくよ」
確かに、水をかけられるのは嫌だな。何か悪戯をされる前にさっさとテントに戻ろう。
『真守さん』
「んー?」
『ドローンで岩場の地点を探してもらえるよう頼んでみませんか?』
「あぁそっか。それもアリだな」
あのはりぼてみたいな家に足を向けた。
「ホントに危ないことはするんじゃねぇぞ! 悪戯もだ」
怒った口調だが、呆れも混ぜて注意するような感じ。
「分かってるって! もうしないってば、ドローンを飛ばしてるだけだから!」
幼い男の子の声も聞こえた。
「もうすぐメシの時間だから、あとで家に来るんだぞ」
住民にそう言われ、男の子は頷いていた。
坊主頭で、少しぶかぶかのシャツと、裾を膝下まで切ったデニムパンツを穿いている。
肩を落としてドローンを抱えている男の子は、大きな溜息を吐き出した。
「こん」
『こんにちは!』
俺の挨拶が見事に遮られてしまう。
「えっ?!」
目を丸くさせた男の子はドローンを守るように抱え、身を縮めた。
「ども……あの、君はドローンの操縦が上手、なんだよね?」
「……」
「えーと」
男の子は俺を見上げているが、警戒しているような目つきではなく、何かに驚いている。
「……さっきの声」
彼女の声に驚いたようだ。
『私ですか? しーちゃんですよ。貴方のお名前はなんですか?』
「あ……ヒラ、俺ヒラ。しーちゃん、同じ名前」
どうやらこの男の子ヒラは、分裂のことを知っている。
「しーちゃんって子はどこに?」
「それが、分からない。すぐにどっかに行っちゃった」
ロボットってことか。
「俺、そのしーちゃんを探していて、岩場の下にいるみたいなんだけどさ、ヒラのドローンで探せないかなと思って。助けがほしいんだ」
「岩場……わ、分かった」
ヒラと一緒に岩場まで向かい、反応があった地点を見て、ヒラにドローンを飛ばしてもらった。
操縦パッドで映像を見ながら、絶壁を下っていく。
「自分で組み立てたロボットに、しーちゃんがいたの?」
「うん、作ったアプリをインストールさせてたら急に。しーちゃんは人型で、両手で持てるぐらいの大きさ、充電すれば自分で歩けるやつ」
『凄いです。自分で組み立てるなんて、私達より年下なのに、尊敬します!』
褒められたヒラは坊主頭を掻いて、恥ずかしそうに笑う。
「あれ、お前いくつだっけ?」
『すみません、よく聞こえないですね』
「……しーちゃん、いくつでした?」
『はい、一六ですよ。高校に通い始めたばかりです』
俺より年下じゃん……。
「あっ」
ヒラは操縦パッドの画面を見て声をあげた。
画面に映っているのは、残骸となった物。絶壁から突き出た岩があり、そこに散らばっている。
「これだよ! 部品は覚えてる!」
「マジか……」
大きな部品もあり、充電ソケットも画面越しから確認できたが、どうしてこんなところに?
とりあえず俺は、ヒラに充電ソケットがある部品を拾えるか試してもらう。
改造したドローンには物を掴むトングのようなパーツがついていて、ヒラは手慣れた操縦で伸ばす。
部品をはさみ、あとはゆっくりと俺達のもとへ。
「このしーちゃんは、なんて言っていたんだ?」
ヒラは首を振る。
「よく分かんない。なんか、声はふるえてた」
「そっか、ありがとう。これで助かったよ」
『ありがとうございます、ヒラさん』
一度、テントに持ち帰ることにした。
強く握れば崩れてしまいそうな人形の部品。ヒラが言うには胴体部分。
「よし、繋げるぞ」
『お願いします』
コードを繋げた。真っ黒になる画面。
この瞬間、結構焦る。彼女がスマホから消えてしまうのでは、そんな不安に駆られてしまう。
いや、いずれはそうなるか。
約一分後、スマホの画面は真っ白に眩しい光を放ちはじめ、俺は手で遮る。
『……終わりました』
彼女の声が聞こえ、俺の唇が動く。
「それで、どう?」
『よく、分かりませんが、とても寂しさが深くなった気がします』
「寂しさが?」
『はい……』
眉を下げた落書きに、指先でなぞった。撫でるみたいに、何度か。この行為に意味なんてないのは分かっている。
『ありがとうございます。真守さん』
笑顔を浮かべる画面に、俺は数秒遅れて、笑みを作った。