第23話 マイナスな感情
ニット帽に髭面の男は意識を失っているようだ。
とりあえずテントの中へ引き摺り、例の小型ドローンも回収した。機体は白く、プロペラ部分の四か所は黒い。
ドローンが人に落下する音は聞こえなかった。男の悲鳴でかき消されたのかもしれない。
気を失うくらいだから結構な衝撃だと思うけど、怪我はしてなさそう。
中古スマホはリュックの上で、
『一体何があったんですか?』
小型ドローンに訊いている。
『もう……どうしたらいいのか』
悲観に暮れている小型ドローンに、俺は肩をすくめてしまう。
「この人怪我してないから大丈夫だって」
『いっそ殺してください。もう、怪我をさせるなんて』
話を聞いてくれない。今にも泣きそうな震えた声は一方通行だ。
中古スマホは落書きみたいに黒ペンで描いた目と口は困ったような表情を浮かべている。
一体こいつはどんな感情の持ち主なんだろう。
持ち上げてドローンを色んな方向から覗いてみるが、繋げるようなソケットは見当たらない。このドローンを操作しているのが分裂かもしれない。
『……そんなに急がなくてもいいと思います。彼女のことも知りたいですし、まだ』
「別にいいけど。どのみちもう夜だから出歩けないしな」
髭面の男をもう一度観察してみるか。
ジャケットの胸ポケットには、東方というバッジ。自警団?
「とりあえず東方自警団に連絡するか」
『はい』
『……』
スマホを耳元に近づけ、呼び出し音が何度か鳴る。
『はい、東方自警団です。どうされました?』
俺は、地点と現場の目印になる部分を伝え、自警団の人間が倒れていることを連絡。色々質問されながら、男の容体について見て分かる範囲で答えた。
『了解しました。すぐに向かいますのでお待ちください』
通話は終了。
「よし、もうこの人は大丈夫だろ。安心していい」
あんなに悲しんでいた分裂は何も言ってくれない。
「あれ? どうした?」
『助けて……壊さないで……』
震える声で助けを求めてくる。
「何かあったのか?」
訊いても何も言わない。
「この男とトラブルでも?」
『…………』
無理そうだ。俺は息を吐き出してスマホに触れる。
テント内から真っ暗な外を眺め、東方自警団が来るのを待つ。
液晶画面に映る落書きみたいな口と目は点になっている。
「分裂回収、嫌なのか?」
『な、何の話です?』
「いつもなら分裂見つけたらすぐ接続って急かしてただろ」
落書きみたいな目は丸く描いて、口はUの逆。
『ひ、ひとつぐらい分裂がなくても、大丈夫かなと思いまして』
大丈夫じゃないだろ。
「怖いとか?」
『いえ……ただなんとなく、ずっとぐるぐるしてます、なんだか不快な物が』
遠くから薄っすらと眩しいライトが二つ、見えてきた。公園にまで迫ってきている明かりを見ながら、俺はあぐらをかき、頬杖をつく。
意識を失っている男と同じ服装の自警団が数人、車から降りてきた……――。