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第22話 頭上注意

 町までもう半分もないというのに、道路が陥没している。俺が通りたい道は全てアスファルトが砕けて土が盛り上がっていた。

「マジかよ」

 俺はスマホで別ルートを探す。

『山道を通るしかありませんね。もうすぐ日が暮れますし、危ないですから休んだ方がいいと思います』

 丸裸の山道、枯れた木さえない薄橙の土が広がる高い山を見上げ、スマホから聞こえた柔らかい女性の声に頷いた。

「そうするか……」

 電動のクルーザーバイクを旋回させて、安全な場所まで引き返した。俺以外誰も通らない荒野の世界で、バイクの電子音が響く。

『メイのことなんですが』

「メイ? あーあの義手の子」

 銀に光る右腕を持つ少女。こいつにとって、いや、自販機の親友だ。

『彼と、ちゃんと打ち解けられたのでしょうか?』

「信じてるから大丈夫、って話じゃなかったか?」

『……感情の共有が増えたせいでしょう、迷わず信じていたはずが、今はその自信が脆くなった気がします』

「大丈夫だと思うけどな」

 メイの義手を見た時、拒絶したような反応はなかった。

 ホルダーに固定されたスマホに浮かびあがる、落書きのような黒ペンで書かれた目と口、寂しそうに口角を下げている。

 新しい分裂が入ったことで、俺のスマホがどんどん好き勝手に扱われているような……。

 小さな、公園みたいな、もう荒れ果ててフェンスはぐしゃぐしゃ、遊具は地面から吹き飛んで外れ、横に倒れて錆びた状態。

『キャンプ、バーベキュー禁止!!』

 意味のない警告看板が雑に落ちている。

 バイクで敷地内に入り、電源を切って降りた。

 早速、宿の女性から頂いたテントを使う時がきた。

 薄暗い緑色の袋から取り出し、テントを広げてみる。どうやらワンポールテントっていうやつだ。

『一か所固定して、それから対角線に張って、ペグを打ち付けるのがいいみたいですよ』

 また勝手に組み立ての動画を流している。

「じゃあそのまま解説よろしく」

 テントなんて大体一緒だし、なんとなく分かるけど、こいつの好きなようにさせておくか。

 スマホの画面には笑顔の落書きが浮かび上がる。


 インナーテントとフライシートを広げて、ペグを打ち付け、ロープも張って、支柱のポールを真ん中に立てれば、見事に天井の高いテントができあがった。

「よし」

『なんだかおもしろい形ですね』

 前のテントに比べたら、ポールが立っていることもあり三角に尖っている。

「渋い感じ。昔の人のテントだし、その時は流行ってたのかもな」

 もう日が落ちて、薄っすら闇が空を染め始めた。

『今日は何を作るんですか?』

 折り畳み式のガスバーナーを準備しながら、

「いつものインスタント」

 キャンプの定番メニューを答える。

『栄養が偏ってますよ……心配になります』

 リュックの上で、困り顔を浮かべるスマホ。

「安くて簡単に作れて、手早く食べられる、十分だろ。お前は食べないんだから」

『しーちゃん、です! そろそろ名前で呼んでください』

 また面倒な話題だ。

「本名とか、思い出せないの?」

『残念ながら、分かりません……みんなからしーちゃんと呼ばれていましたから』

「皆からって、ドクターFとか笹川さん達に?」

『えぇと、多分、違うと思います。もっと、近しい何かです』

 まだまだ記憶が不十分。次の町にも運よく分裂がいればいいけど、まぁこんなボロボロな公園にはいないよな。


「あああぁあ!」


 おぞましいほど強烈な雄叫びが聞こえ、俺は飛び跳ねてしまう。


『なんでしょうか?』

「こ、こんな公園に誰かいたのかよ」


 ピストル型のスタンガンを取って薄暗い辺りを見回す。


『もう終わり……もう終わり。わたし、死ぬの』


 どこからか、悲哀に満ちた女性の声が聞こえてきた。

「だ、誰かいる?」

 すすり泣くような声、俺は立ち上がってスマホのライトで周りを照らす。

 ウィーン、ウィーン、というモーター音。

 ジリジリ、と砂を踏みながら近寄っていくと、照らした場所に靴が見えた。ブーツで、もう少し上部にライトを当てると、脚がある。

 一気に寒気が襲ってきた。

『人が倒れていますね、先程の悲鳴はこの方でしょうか』

 冷静に、柔らかい口調で言う。

 俺はただ黙って頷くことしかできない。

『大丈夫ですか?』

 代わりに安否を確認するように声をかけてくれた。


『誰? わたしを殺しにきたのね、いいの、わたしも死にたい。一気に殺してください、苦しいのは嫌です』

 

 勝手に俺を犯罪者にするなよ。

『話を聞かせてください。倒れている方は、どうされたんですか?』

 俺はゆっくり、もう少し近づく。倒れている男の全身がライトに当たる。ニット帽をかぶった髭面の男はジャケット姿で、横には電動ライフルが落ちている。

 出血しているようには見えない。胸部をよく見ればゆっくりと上下して、呼吸をしているのが分かった。生きているようだ。

 気持ちが少し軽くなり、俺はさらに近寄っていく。すると、小型のドローンが……ボディは白で、四か所に黒のプロペラがついている。自力でプロペラを動かそうとしているのか、モーター音が響く。

「……君、名前は?」

 小型のドローンに、俺は訊ねる。

 こんなの誰かが聞いていたら、頭のおかしい奴だと思うんだろうな。


『しーちゃん。わたし、混乱して、この人の上に落ちちゃったの……殺して、わたし、もう』


 こんなところで分裂を見つけるなんて、俺は運がいいのか、それとも悪いのか……――。

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