第20話 空しい願い
「これはこれは真守様」
スーツ姿の店員は、自動ドアをくぐって入ってきた俺を見るなり頭を低くして近寄ってきた。
「ど、ども」
「ドクターFの新たな実験は順調ですか?」
「あーまぁ一応。あの、ちょっとお願いがありまして」
「はいもちろん、できる限りのことはさせていただきます!」
気合の入った声だ。
「あの人、知ってますか?」
自動ドアの外側にいる作業着の男を指して訊ねてみる。
店員はジッと男を見つめて、すると耳に指先を添えた。
「えぇ、はい、彼は……既にブラックリストに入っておりますね……彼がどうされました?」
「どうしても捕まる前に彼女と連絡を取りたいみたいで、あそこの個室を使いたいんです」
俺が顔を向けた個室の前には、立ち入り禁止、という文字が宙に映し出されている。
あれ、昨日は普通に入れたのに?
店員は眉を下げて、
「申し訳ございません。端末にエラー報告がございまして、ただいま交換作業を行っております。それと、ブラックリストに入ってしまった彼は、二度とSCに踏み入れることができません。申し訳ないのですが、スマホなどの通信機器で願います」
深々と謝罪をされてしまう。
「じゃあ端末はどこに?!」
俺は焦りから早口になる。
「それは、企業処理の規則通りに現在解体処理を」
「ど、どこで処理してるんですか!?」
「え、Nゲートの企業廃棄所でございますが」
「どうも!」
駆け足で、自動ドアに躓きながら外に飛び出した俺は電動バイクに跨る。
「どうした? 入れるって!?」
「あの端末に彼女さんがいるのバレたみたいだ。それで、企業廃棄所に」
「えッ!? ま、まさか、彼女のこともチクったのかよぉ」
こいつ、他の奴に彼女のことを漏らしてたのか……。
泣きそうな顔をして、俺はそんな奴に構っている余裕はない。あの端末が処理されてしまえば分裂が回収できなくなる。
ジェットヘルメットをかぶり、グローブをはめ、始動スイッチを押す。焦りとは正反対に、静かにモーターが動き出した。
ハンドルブレースに付いているホルダーにスマホを固定。
「Nゲート地区詳しいんだよな? 一緒に」
へたり込んだ男は首を横に振る。
「捕まって終わりだ……もう、無理だ。きっと今頃俺の事を話してる……」
なんだよ、俺の彼女だとか言ってたくせに。
「その程度の想いかよ」
もういい、俺は右ハンドルを捻り、一気に加速させてNゲート地区に急いだ。
『まだ処理されずにいるといいのですが』
「あぁ」
『どうして気付かれたのでしょうか?』
「同業者が情報を売ったんだ」
『情報を売った?』
「ジャンク売りにもさ、警察とかに違法処理している奴の情報とか流してる奴がいる。そうすれば金が貰えるし、自分の罪も軽くなる……」
『仲間を売るなんて信じられません!』
怒りに声が大きくなる。
「ジャンク売りのモラルなんてそんなもん。ほら、目的地はどこだ?」
『次の信号を右折して、真っ直ぐに企業地区のゲートがあります。そこに警備員がいます』
信号を右折すれば、厳重な分厚いゲートがあった。大きな町にさらに大きな企業の区域がある。
監視カメラが一斉に俺を捉え、警備員が二人、赤く光る棒を持ってゲートの横にある部屋から出てきた。
俺は停止位置に停まる。
「今は一般人の立ち入りが禁止されています。すみませんがお引き取りを」
ガタイの良い警備員が二人。圧に負けて引き返したくなるけど、そうはいかない。
「すみません。サービスセンターの企業処理に該当された端末を探していて、どうしても必要なんです。ドクターFからの依頼で!」
『ドクターFに連絡を繋ぎます』
スマホからの音声に、目を丸くさせた警備員。
『グーテンターク! どうしたどうした修斗君、なにか進展があったかね?』
渇いた声が楽しそうに喋っている。
その声に、警備員が慌ててどこかと通信している様子。
「あの、ドクターF、例の分裂を見つけたんですけど、それがシズオカ416のNゲートにある企業廃棄所なんです」
『監査が入ったとか、なんか連絡あった気がするねい。なーるほど、私から縁ちゃんには伝えておこう。重要な案件だからの、たとえ何があろうと一つの分裂も捨ててはいけナイン。しーちゃんの未来に関わるのでな、よろしく!』
ドクターFとの通話が終わると同時にゲートが開いた。
警備員は会釈をして、赤い棒でゲートの奥へと誘導を始める。
「ドクターFって本当に凄い人なんだな」
『なんだか不思議な方です。あとでお礼を言わないといけませんね』
「全部集めてからな」
俺は再び右ハンドルを捻り、企業廃棄所に急いだ。
ゲートをくぐった先は、冷たい四角い塊が窮屈に並んでいた。階層はせいぜい三階まで、首を痛めるほどの高さはなく、その代わり横に広い。
気持ち悪いほど均等に建つ企業のビル。視界に映るだけで嫌気が差してくる。
『他の区域とは違う雰囲気ですね』
呑気に写真を撮っている。
直線を進めばやがて赤い棒を振る、別の警備員が見えた。
もう一人、スーツを着た女性が冷たい印象を与える顔つきで俺を見ている。
バイクを路肩に停めると、女性が俺に近づいてくる。
「貴方が真守修斗さん、ですね?」
「は、はい」
鋭く光るメガネの奥で冷えた眼差し、ショートカットの女性は俺を睨んでいる様。
「わたくし、監査員の笹川縁と申します。ドクターFから連絡を貰っています。例の分裂が端末にいると? 貴方が集める役目をしていると?」
声もどこか棘のあるような口調。どうやら分裂のことを知っているようだ。
「は、はい、そうです。あの」
「監査中は本来立ち入り禁止ですが、それよりも重要な件ですので許可しました。だからといって監査を疎かにはできませんので、迅速にお願いします」
「はい……」
『すぐに終わらせましょう。真守さん』
ホルダーに固定された中古スマホから聞こえた声に、笹川さんは顔を動かす。
「しーちゃんは無事のようですね。どうぞ」
警備員が鍵を開け、廃棄所へのゲートが開いた。
中古スマホを手に取って、俺は笹川さんの視線から逃げるように廃棄所の中へ走る。
「なんだよあの人、こわ。知り合い?」
『すみません、分からないです。なんだかクールな感じがします』
「じゃあ記憶が戻ったら教えてくれ」
企業廃棄所の中は、俺が知っている廃棄所とは全く雰囲気が違う。ゴミの山みたいに積まれているわけでもない。高い屋根があって無駄に広い面積。ドミノみたいに一列に並んでいるデスクトップパソコンと、自動販売機、工場ロボット。
識別番号が割り振られているみたいだ。
「うわバカ広い……どこにあるんだ?」
あまりにも広すぎて、声が響いてしまう。
空中を漂う監視ドローンがライトを照らしている。プロペラの下部に何かを放出する、銃口のような細い筒がついている。
安全を周囲に伝える緑のランプ。
俺が不法侵入者ではないことを、分かっているみたいだ。
『こういう時こそ名前を呼びましょう』
「えっ?! いや、今じゃなくていいだろ。おーい!!」
『うーん……頑なですね』
十分呼びかけだけで響いているから問題ない。俺は大声を出しながら端末を探す。
俯く姿勢の工場ロボットの列は、どれも片腕が欠けているか、頭部が割れて機能しなくなった物ばかり。
「おーい!! どこだぁああ?!」
こんなに大声を出すことがないから喉が痛くなってきた。
『電源自体切られているので応答できないかもしれません』
「マジかよ! あぁクソ、この中から? 識別番号とか分からないし」
面倒だけどパソコン全部の電源を入れてみるか……。
サービスセンターに置いてあったデスクトップパソコンの型が並ぶ列の電源ボタンを押してみる。
一瞬光るが、すぐに電力がないことを知らせる電池マークが出て、消えてしまう。
次のパソコン、さらに次、次……次!!
青い光が放たれた瞬間、
『――さん!!』
知らない名前を必死に呼ぶ、女性の声が響いた。
「やっと見つけた!」
俺は電源が切れる前にコードを差し込む。繋げると、スマホはいつものように真っ暗になる。
『待って! お願い!!』
胸を痛めつけてくるような願いだった。俺は恋愛なんてしたことがない……それでも、彼女の「会いたい」という気持ちが伝わってくる。
「彼氏さんが、ごめん、って」
そう伝えることしかできない。
『き、えたく、な……』
画面が、途切れながら消えた。
コードを抜き、俺は大きく息を吐き出す。
スマホの画面が眩しい光を放ち、眩しさに瞼を閉ざしてしまう。
「大丈夫か?」
『……はい。無事に、繋がりました』
声が震えている。
この感情と記憶が、こいつをどう変えていくんだろう。
「急いで戻ろう」
あの怖そうな笹川さんのところへ……。