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第1話 しーちゃん

 真っ黒な塗装が施されたクルーザーバイク。単気筒のマフラーはただの飾りで、懐にはエンジンや燃料タンクの代わりに中古バッテリー。

 昔の雑誌には、オートバイの魅力について語られている。

 古い動画にはガソリン燃料で走るクルーザーバイク。

 もうそんなものはこの世界から消えてしまっている、だから、外観だけ真似をしたんだ。

 跨れば足つき良好、車高も低めでゆったりしている。ハの字に曲がっているハンドル。

 昔のような左側で操作するクラッチというのはなくオートだ。

 俺がするべきことは前輪、後輪ブレーキと右手でアクセルを捻るだけ。

 ハンドル部分に取り付けたスマホを固定させるホルダー。あとは電気残量と速度、警告が表示される極薄液晶モニター。

 キャンプ用の荷物を載せるキャリアとリアボックス。テント一式と折り畳み式の調理器具が入ったケースも積んだ。

 順調だったのは一週間程度。

 バイクに問題なんてなかった、あったのはスマホの方。

 ジャンク売りで必死に貯めた金で中古のスマホを買ったのに、悲しいかな落としてしまったのだ。

 バイクを走らせる気分にもなれず、落としたその日はテントに引きこもって、ご飯も食べられなかった。

 ホルダーが緩かったせいか、それとも近道に使った悪路を走ったせいか。どっちが原因にしても結果は変わらない……。

 液晶は蜘蛛の巣のようにひび割れ、真っ暗、どれだけ電源スイッチを押しても起動しない。

 ナビのないバイクのモニターを見ても仕方なく、俺は次の町を目指してひたすら大きなアスファルトと掠れた標識を頼りに進んだ。

 枯れた畑や寂れた廃墟ビル、誰も住んでいない民家を通り過ぎ、誰一人といない集落を何度も通り越した。

 トーキョーを発って一週間が過ぎて、機能している町は一つだけしかなかった。そこでバイクの充電と食材の補充をした程度。

 もうずっと誰とも会っていない、ある意味平和な世界だ。

 俺の耳に入ってくるのは風を切る音と、バイクの電子音。

 それがもう半日続き、久し振りの町がようやく見えた。

 町の外に放置された骨董品のような電化製品が山積みになっている。

 こんなに積み上げられているせいか崩れた形跡もあり、巻き込まれたらひとたまりもないだろう。

『ようこそいらっしゃいませ』

 門のない町に入れば、センサーが反応してアナウンスが聞こえてきた。

 最初に向かったのは、町のサービスセンター。

 自動ドアは開いたまま停止し、カウンターにはオーバーオール姿の男性がいた。

「いらっしゃい、どの機器の調子が悪い?」

「あの、スマホを落としちゃって」

 ひび割れたスマホを見せると、サービスセンターの店員は目を丸くさせる。

「また古い型の端末だなぁ。液晶と、中の精密部品が破損ってとこかな。悪いけどもう同じ部品なんて製造してる工場はないよ」

「あー…………」

 もう言葉にもならない、そりゃそうだよな、必死に働いていた少し前の自分が脳裏に浮かぶ。

 店員には俺の顔がどう見えたのか、腕を組んで唸っている。あっ、と言い残してカウンターの奥に行ってしまう。

 振り返って店内を眺めると、サービスセンターにはデスクトップ型のパソコンが置かれている。スマホの充電や、システムファイルや独自のアプリを導入できる。全てフリーで可能。

 人が生活している町のサービスセンターは大体同じ作りだ。

 トーキョーでは裕福な奴らしか使えなかったけど、外は機器があれば誰でも使える。修理と購入に関しては金があれば。

「おまたせ」

 カウンターの奥から戻ってきた店員は手に箱を持っていた。

「お兄さんが使ってる型よりは新しめのスマホだよ。こんなの売る価値がないぐらいガラクタだからさ、壊れたスマホと引き換えにあげるよ」

「えっ!?」

 売る、価値がない……ガラクタ。

「お兄さんトーキョーの人?」

「はい……」

「どうせジャンク屋で買ったんでしょ?」

「……はい」

「元気だしなよ。とりあえずあそこのパソコンで情報入力をしてくれ」

 優しく励ましてくれる店員に感謝しつつ、パソコンに向かう。温かさが身に沁みる。

 パソコンに接続ケーブルを差し込んで、名前から情報を入力。

 名前は……真守修斗まもるしゅうと

 生年月日と、年齢は……一八歳。性別は男性。

 一週間だけ使用した前のスマホから連絡先を引き継ぎ、無料のナビとメール。あとはシステムアップデートと、充電完了を待つ。

「お兄さん、なんでまたトーキョーから出たの? 言いたくないなら別にいいけど、トーキョーにいたらなんでもあるでしょ」

 知らない人に言うようなことでもないし、別に、何もない。

 外の人は、トーキョーをあまり知らないみたいだ。

「いやぁ、なんとなくですね。とりあえずジャパンを旅して、それからのことはまたその時に」

「へぇ、放浪ってやつか。ロマンがあるねぇ」

 にこやかな店員に、俺もつられて笑顔になる。久し振りの笑顔と生きた会話はどこか擽ったい。

 たった数分で充電が終わり、引き継ぎとアップデートも完了。再びカウンターで手続きを行う。

「よし、これでどこのサービスセンターでも同じことができる。そんじゃもう落とすなよ、今度は有料だからな」

「はい、色々とありがとうございます」

 頭を下げて、店員にお礼を言って、俺はバイクのもとへ。ホルダーのネジの緩みを手で確認し、新たなスマホを取り付けた。

 何度か手で動かしたり、ハンドルを切ったり、あとは走行してどうなるか。

 バイクの充電は問題なし、次の町は……と。

 スマホのナビを起動させると、

『こんにちは』

 感情のない音声が流れてきた。

「え?」

 確かにナビには音声案内があるけど、起動時に挨拶なんてしない。

『次の町は、一〇〇キロ先にあります』

 まだ検索もしてないのに、もう目的地が……。

「え、えぇ、どうなってるの? え、エラーとか?」

 中古だし、タダでもらったから何も言えないし、どうしたらいいんだ?

『エラーはありません。システム、ナビアプリに異常なしです』

「へ、返事した?!」

『ワタシは、し、し、シーチャンと呼ばれて、います』

 時々音声が途切れながら名乗ってきた。

「しーちゃん?」

『はい、しーちゃんとお呼びください。アナタは……マモルサン、ですね』

 俺はただ頷く。

 まだ人間そっくりのアンドロイドだってないのに、骨組みロボットがトーキョーの工場で稼働している程度。まともな会話すらできてない。

「変なアプリ、ダウンロードしたっけ?」

『いいえ、ワタシはしーちゃん。アプリでは、ありません』

 無感情な声で、人間のように流暢な会話をする。

「あの人、ひとりで喋ってるー」

 歩道からクスクスと笑い声が聞こえ、俺は口を閉ざす。顔が熱くなるくらい恥ずかしい、とにかく急いで町から出ないと。

『次の目的地までご案内します。退屈な時はご自由に喋りかけてください』

 あぁもう、俺はジェットヘルメットをかぶり、クルーザーバイクに跨る。

 スイッチを押して、始動。静かに加速する。

 町の出入口を通過すれば、

『ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております』

 センサーが反応した。

『こちらこそありがとうございました』

「……」

 しばらく寂れた景色を眺めながら道路を走る。スマホは大人しくルートを示す。

 どうしよう、ウィルスじゃないといいけど……次の町でサービスセンターに相談してみようかな。それまで不安だけど。

「……」

 本当に喋りかけたら、応えるのかな?

「あのーもしもし?」

『はい』

 スマホから感情のない声が聞こえる。

「うわ、ホントに反応した。このスマホに元々あるシステム?」

『いいえ』

「そ、そうなんだ」

 会話はできるけど、やはり機械は冷たい。俺から喋りかけない限りAIっていうのかな、それは反応しない。

 問題はないだろうけど……なんか怖いなぁ。

 とにかく今は、次の町を目指そう……――。

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