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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

ヤンデレにループさせられる幸薄令嬢は幸せな夢を見るか

作者: 遠出八千代




 ループ回数:――――15回目



 ああ、コレで何回目よ。


 まぶたの裏のちょうど真ん中あたり。

 カチンと音が響き、カウントが進む。


 何のカウントかは知らない。

 そもそもこの記号がどこかの国の数字なのか文字なのかピクトグラムなのか、私は知らない。


 空想のようにいつも見るのは頭のなか。決まって昼寝から目覚めたばかりのような、うつらうつらな半覚醒。

 ついでにいえば「ループ」が起きる時は完全なランダムだ。1月後なのか、半年後なのか、1年後なのか。過去に数時間後に起こったこともある。だから準備なんて出来はしない。


 きっと神様の嫌がらせだと私は勘ぐっている。


「ん…」


 重いまぶたを開くと、いつもどおり図書室の光景がにじんだ眼前に広がった。

 天井に広がる宗教画。バロック調の木製本棚とその上に天井まで平積みされた本。なのにほこり一つ肌で感じさせない清潔ぶり。入学式後のオリエンテーションでここを訪れたとき、司書さんは大変そうですねと彼に呟いたものだ。


 またここからか、とうな垂れてため息をつくこともできた。

 だけどそのうち一連の行為も含めてテンプレとかしてきたため、途中から口に出すのをやめることにした。


「おはようございます。ヴォルフガング君」

「おはよう、心地よい昼寝だったかいマリア」


 彼は図書室に居るというのに本を一読することもせず、いつも私が起きるのを待っているのだ。

 長机を挟んで対面する彼は撫子色の長髪をかき分けた。おでこを這うように動く中指と人差し指。

 さらさらと片側の前髪が垂れて、女の私でも息を呑むような色気があった。


「心地よくない昼寝など聞いたことがありませんけどね」


 私は彼の挙動に対抗して、手で口を押さえ大あくびで答える。

 最初は欠伸をかみ殺したり、扇子で口を押さえたりしていた。貴族たるものいっぱしの淑女になるためそういう訓練はつんできた。

 でも最近は面倒くさくなってやらないことにしていた。それにこれくらいでは目の前にいる彼の好感度が落ちたりはしないのはすでに検証済みだ。


「うん。あ、よだれが口についてるよマリア。寝起きだから仕方ないね」

 カエルをにらむヘビみたいに、私の動きをじっと捉えるクンツァイトのような色の瞳。

「嘘ですよね?」

 あなたに何度からかわれたと思っているのかしら。

 私の反応が思うものでなかったからか、彼はフッと笑って両手をひらひらさせる。

「からかいがいが無いねマリアは。昔はあんなに初心だったのに今はこんなにも人を疑うようになった」

 昔、と表現するには一体どれだけ前の事を彼がさしているのか。

 彼が期待するような反応をしていたのは、記憶を探すのも億劫になるずっと過去の出来事だ。

 つまりこのループが始まるずっと以前ということになるわけだ。


「ご期待に添えなくてごめんなさいね」

「でもそういう所も可愛いけどね、やさぐれてて」

「婚約者のいる女を口説くのはやめてください。冗談でも許されるものではありませんよ」

「冗談?俺は本気だけどね」

「…なおさらどうかと思いますけどね」


 私はこれから彼に告げようとした言葉を飲み込んで、そ知らぬ風に受け答えする。

 知っているよ。あなたが本気なのは。

 これから私は今の婚約者に婚約破棄されて、彼と結婚することになる。

 それはどうあがいても規定路線なのだ。


「どうかと思う、というのは君の婚約者の王子のことじゃないかな?」

 彼も何の気無しに言う。まぁ、概ねその通りなのだが。彼に反論しなければならない立場だが、どうにも言葉が詰まってしまう。


「あ、そうだった…」

 私が思考をめぐらせていると、ちょうど良いタイミングで先程話題になった彼とある令嬢の笑い声と足音が聞こえてきた。どんな小さい音でも何回も経験すれば嫌でも判別できてしまう。心臓を鷲づかみにされたような気分になった。


「どうかしたの?」

 引きつったような表情でも私は顔に貼り付けているだろうか。目の前の彼は私の機微に目を丸くしている。


 そうだ。そうだったのだ。

 たまに忘れてしまうのだが、すぐにこの場所を離れなければ、彼らと鉢合わせしてしまう。

 私はヴォルフガング君との話をさっさと切り上げて、すぐに避難に徹すべきだった。

 でなければ本棚の影に隠れてやり過ごす必要があった。今さら後悔してももう遅いのはよくわかっていたけど、私は頭を抱えるほかなかった。


「…マリア図書室にいたのか」

 先ほど聴こえていた笑い声は一瞬でなりを潜め、くぐもった低音の声が奥の席に座る私達にまで響いた。

「はい、いましたとも。あなたの婚約者のマリアですよ。私がここいたら変でしょうかルジェ王子」

「そいつも一緒か」

「その言葉そっくりそのまま返しますわ王子。私こそユーリヒさんとの逢瀬を邪魔する気はありませんでしたので」

 私の目線の先にいる令嬢。彼女をひと睨みすると、目を泳がせて取り繕うような笑顔が返ってきた。

「あの、マリアさんこれは違うんです」


 どの口から違うなんて言葉が出てくるのだろうか。

 これより一月後に王子とユーリヒ嬢は結ばれることになる。目の前の彼女は否定しても絶対にそうなる。

 そういう未来を必ず迎えることになるのだ。


 私は死にそうな思いになりながら、その来たるべき未来を何度も体験してきた。

 何度も、何度も、何度も経験して、そしてまたこの日に戻ってくるのである。

 それは地獄のような日々だった。


 ユーリヒは貴族令嬢で、この夏に他国から転校してきた。

 彼女はいつの間にか私の婚約者であるルジェ王子のそばに寄り添うようになり、彼の心を物にしてしまった。私が十年前からいくら努力してもなしえなかった彼の氷のような心を、彼女はたった半年間でいとも簡単に雪解けさせたのだ。

 今では王子は私との距離を置き、四六時中彼女を側に侍らせるようになった。


 そして一月後に行われ生誕祭で、王子は私との婚約破棄をパーティの参加者全員に披露するのだ。

 私の絶望も、あの時のこの女の幸せそうな表情もけして忘れない。


 誰も味方はいなかった。家族も友人も親戚も。ただ一人を除いては。 


 地獄の底にいた私を掬い上げてくれたのは、私の隣にいる撫子色の長髪の王子様。

 ヴォルフガング=ペルトーリア。


 彼の正体は比喩でもなく何でもなく隣国の王子なのだ。

 正体を隠してこの学園に入学した。そうとは知らず私は接していたのだけど。この学園にきたのは何でも昔出会ったある人に恩返しする為だとか。


 そんな彼は、市井に落とされそうになる直前の私を妻として迎え入れてくれたのだ。


 王子から見捨てられ、家族からも見放されることになったこんな私のどこを好きになったのかは知らない。飄々としていて、結構女の子にモテるのにどうして私に執着するのかは分からない。

 けど、私を愛してくれてはいる。

 その気持ちが真実なのは何度も思い知らされた。どんなループでも彼は私の味方になってくれた。その事実が命綱みたいにどれだけ私の心を救ったことか。まぁ、分かってはいるのだ。自分も彼にかなり依存していることは。彼の存在が私の心の支えになっているのは確かだった。


 少なくとも彼に救い出されなければ、私の心はこの永遠に続くループのどこかで壊れていただろう。

 いや、本当は今も少し壊れているのかも知れない。


「いえ怒っているわけではないのですよユーリヒさん」

 安堵とも弛緩ともつかない表情の彼女は、ただこびた目で私を見ていた。

「え、えっとでもマリアさん」

「彼と仲良くしてあげてね、私では駄目だから」


 ユーリヒに対して今はもう怒っていない。怒りの感情はない。それは事実だ。


 ただ最初の頃は本気で彼らに復讐してやりたいと、思いつめていた。実際にヴォルフガングと結ばれてから彼ら二人とこの国に復讐したことも、婚約破棄の場で大立ち回りをして、二人の結婚をメチャクチャにしてやったこともある。でもどんな未来になろうと、この2人は破滅することになる。ある時は財政難。ある時は不倫。ある時は貴族達の造反。決まってそれが起きるのは半年後だ。この国の先の未来はあまり明るくない。それは私が手を下そうと下さないに関わらずそうなるのだ。


 ループを繰り返し、この事実に気付いたとき、私はもう疲れてしまった。

 生きる目的を無くしてしまったのだ。

 怒ることにも人間はエネルギーがいる。いつしか私は全てをあきらめるようになっていた。ループを繰り返すたびに私の心は擦り切れてきて、その度に踏みつけられて、もうぼろぼろだった。


「いいのかい、マリア?」

「ええ、もういいのよ。ありがとうヴォルフガング君」

 耳元でそっとささやくヴォルフガング君に私も小声で返す。


「まってくれ、マリア!!」

「さようなら王子。彼女とお幸せに」

 皮肉を込めてそう告げた。

 私は歩を進めて、彼の隣をすれ違う。

 ルジェ王子はそれ以上私を引き止めることもなく、その場に突っ立っているだけであった。





「最悪」


 この学園の図書室は豪華で広大なため、わざわざ別棟となっている。

 学園とは校庭を挟んで立地されており、校門まで15分は歩き続けなければならない。つまり何を言わんとしているかというと、移動がとても面倒であるということだ。特に雨や雷、寒い日などはこの移動の面倒臭さに拍車を掛ける。


 そして、現在進行形で目の前では雨が降っている。

 確かこの雨が小雨になるまでもう暫く時間が必要であったはずだ。


 私は教室においてある日傘を取りに行くのも億劫で、このまま走って馬車を停めてある厩舎まで走ってしまおうかと思案していた。


 その時、あの日傘が王子にもらったプレゼントの1つであったことを思い出した。

 確かあれを貰ったのはまだ8歳のときだったはずだ。

 あの頃の王子は不器用でつっけんどんだったけど、まだ可愛いらしさがあって、私に親愛を示してくれた。押し花だったり、手紙だったりを送られたり、記念日があれば素敵なプレゼントを私に贈ってくれたし、各国の貴族の子どもたちを招待して特別なパーティーを開いてくれたり、私も満更ではなかった。でも、もうあの時の彼が戻ってくることはない。


 ユーリヒにしていた彼の笑顔が、幼少のときのあどけない笑顔と重なる。

 少しは追いかけるそぶりぐらいはしてほしかった。

 彼が私を追いかけてこないだけで、彼の気持ちが誰に傾いているのか推し量ることが出来る。


 まぁ、今となってはもうどうでもいいことだが。


「本当にどうでもよかったら、そんな顔はしないと思うよ、マリア」

 ヴォルフガング君が私より一歩前に出た。先ほどまで私の横顔でも観察していたのだろうか?


「人の心を読まないでくださいます?ヴォルフガング君」

「当たっていたかい?ふふ、嬉しいな」

 彼の笑顔を眺めていたら、なんだか彼に全てを見透かされているようで無性に腹が立ってきた。

 彼のすねを蹴ってしまいたい衝動に駆られたが、それでは心配してくれた人に非道を行う性格最悪不良令嬢だ。


「あの、ヴォルフガング君」

「ん、何?」

「これからたとえ話をするけど聞いてくれる」

 おもむろに私がそう表現すると、彼は少し考えて意地悪そうに笑った。

「どんな女の子のたとえ話?」

 彼は分かってるくせにこういう嫌がらせをするのだ。

 やはり先ほどは、彼のすねを蹴ってしまってもよかったかもしれない。


「まぁ、どこにでもいるふつうの女の子の話よ」

「ふつうの女の子ね。その子がどうかしたの?」

「彼女はね、一人ぼっちの女の子。その子には婚約者がいたのだけど、男に裏切られ全てを失った」

「それで」

 へらへらした口調から一気にトーンダウンする。先程よりもわずかだが距離が近くなったような気がした。

「その女の子は裏切られた瞬間をずっとループしててね、永遠に苦しみ続けてるの」

「うん」

「死にたくて、死にたくて、いつ壊れてもおかしくないの」

「…その女の子は今まで苦しんできたんだね」

「ええ、そうなの。でもね、彼女には希望があったの。彼女には手を差し伸べてくれる大切な友人がいたから」

「うん」

「女の子はいつもその男の子に感謝しているの。どんなループでも私の味方になってくれてありがとうって思ってるの。でも恥ずかしくて、本当は素直になりたいのにいつもなれなくて…今の話信じてくれる?」

「あぁ、信じるよ」

「うそつき」

 嘘つきは私だ。

 これまでのループでも何度も彼に今の話をしてきた。その度に彼は疑いもせず私の話を信じて味方になってくれた。彼の繊細な女性のような指はいつだって私の手を握り返してくれた。


「本当だよ。俺はマリアの話は絶対に信じるから」


 私は黙って彼の肩に頭を預けた。ざーざーと雨の音が嫌にせわしなく聞こえる。

 雨が小雨に変化するまでの間、私たちはその場で佇んでいた。

 

 この雨がいつまでも止まなければいいのにと不覚にも思ってしまったのは内緒だ。

 

 幸せな、私達二人だけの時間。

 まるで曖昧で幸福な夢を見た後の気分だ。朝起きたら何もかも忘れているけれど――気持ちだけは前向きになっていて、さぁ、今日も頑張ろうと思えるような朝みたいに。










 マリアがその場を立ち去るまで、そのうしろ姿を俺はじっと眺めていた。


 彼女は一体いつ頃からループを自覚し始めたのだろうか。数回前か、十数回前か。

 気付いているのだろうか?このループが十数回程度ではないことに。

 彼女がこの現象を知覚するまで本当に長い時間がかかった。本来であれば知覚できない現象だが、何回も繰り返すことで、いやでも魂に刻みつけた。


 彼女の身に降りかかっている現象。

 ループに彼女を閉じ込めているのは俺自身の魔法の力だ。

 

 俺たちの国ではほかの国には明かしていない秘密がある。

 それは貴族達が何かしら魔法使いの血を引いていることだ。中でも王族はその絶対的な象徴として、禁忌の魔法を使う一族と結婚することになる。特に俺の母は特別な魔法の一族だった。

 その魔法とは古代に封印された時空魔法。


「時巡り」の力だ。


 俺はこの力を使って彼女を俺のループの中に閉じ込めている。

 

 あの疲弊ぶりからして、限界はもうすぐだ。

 彼女の心が壊れるまで、彼女の心が完全に俺だけの物になるまで俺はループを繰り返すつもりでいる。

 全ては彼女のためだ。彼女を苦しみから救ってあげたい。彼女の心を占めているあの男の存在を消し去ってしまいたい。彼女の痛みを絶望を俺で上書きしたい。昔この力のせいで一人ぼっちだった俺を彼女が救った時のように。


 まぁ、向こうはパーティ会場で出会ったことなどとっくに忘れてるみたいだけど。そういう恋だってことは百も承知だ。


「愛しているマリア。それだけは神に誓って本当だ」


 今回はここまででいい。今度は彼女はどんな顔を俺に見せてくれるのか。

 俺は隠し持っていたナイフを逆手に持って、勢いよく自分の胸を2、3回刺す。

 コツはためらわないことだ。怖くなって力を抜くと失敗する。


 肺から空気が抜ける音と血のにおいが嫌でも鼻につく。痛くて痛くてどうしようもない。もう声も出せない。こればかりは何度やっても慣れないな。

 でも、これも彼女への愛のためだ。


 禁忌魔法の力を解き放つ方法。それは死の淵に追い詰められることだ。

 残念だけど、強力な魔法にはそれだけのリスクがある。

 ある意味ショック療法に近いのかもしれない。

 たとえ王族だとしても、力を引き出すのには死の淵に追い詰められるような状況が必要なのだ。


「キャー!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「誰か先生呼んだ来い!!」

「どうしてヴォルフガングさんがこんなことに…」


 辺りは血の海に染まり、近くにいる有象無象どもの悲鳴が木霊する。刺されてる本人が冷静で周りの人間の方がパニックを起こしているチンプンカンプンな状況だ。


 俺の体から出た鮮血と小雨が混ざって地面にまだらの模様を作っていた。

 凄く痛い。凄く痛いけど、もうすぐだ。

 視界はぼやけ、カチリと頭の中で音が鳴る。


 もうすぐまた会えるねマリア。

 早く君に会いたいよ。
















 ループ回数:105716回目











Q:ヤンデレにループさせられる幸薄令嬢は幸せな夢を見ますか?

A:見ません




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[一言] 怖いー! 好きなのは分かるんだけど……わかるんだけど! やりすぎだよ!
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