Starting Over
「Welcome to the West Pastoral. 」
機械的な女性の声に目を開くと、目の前には液晶画面を吊るしたドローンがふよふよと浮いていた。
見回すと、自分はどうやら洞窟のような場所にいて、トロッコのようなものに乗っているらしい。
何がどうなっているんだと記憶を遡るが、どうもボヤけてはっきりと思い出せない。
ーーーWe will invite you to the place where your wish comes true.
あなたの願いが叶う場所へご招待します。
突如そんな言葉が脳内を駆け巡る。
そうだ、と顔をあげる。
これは、契約だ。
去年の暮れのことだ。
一枚の葉書を受け取った。
そこには、「あなたの願いを叶えます、お気軽に電話してください。どんな願いでも、あっという間に叶えて差し上げます」と書かれていた。
もちろん、いつもならばそんなもの鼻で笑って捨ててやるのだが、その日はちょうど、たった一人の肉親である兄の定期検診の日だった。
悪性腫瘍が肺にできています、このままでは。
医者は大学生の自分を前に、それ以上の言葉は発しなかった。
歩いているのか止まっているのかすらよくわからない状況で、すがるようにかけた電話で機械の音声に従った。
十数分に渡るダイヤル操作の末、そこで提示されたのは、ある取引だった。
「あなたにはとあるゲームに参加してもらいます。そのゲームに勝利すれば、あなたの願いを叶えて差し上げます。」
ガタン、とトロッコが動き始め、ビクッと体が跳ねた。
そして、連動して動いたドローンの液晶画面にふざけた形のサングラスをかけた女性が映った。
「みなさん、ごきげんよう。私はここの管理人、レディー・パラノイドと申します。今からみなさんの参加するゲームの説明と参加意思の確認を行います。」
説明の間にもトロッコは徐々に加速し始める。
「いやあの、どうでもい、いや、よくはないけど!これ、止まんない!?」
駄目元で画面に叫ぶが、当然のように無視される。
会話はできないらしい。
「ルールは簡単です。この世界、ウェスト・パストラルで生き残るだけ!しかしながら、ウェスト・パストラルはあなた方にさまざまな試練を課します。さらに、プレイヤー同士も敵となります。勝てば千万円を差し上げます。また、事前に約束を交わしている方々はその約束を果たさせていただきます。」
「いや待って、落ち着いて説明聞きたいんだけど!」
ガタガタと古いレールを滑り落ち、今にも脱線しそうなトロッコに、思わずひゅっと息を呑む。
グングンスピードを上げて坂を転がり落ちていくトロッコにしがみつきながら、その説明に耳を傾けた。
「細かいルールや仕様は追々説明いたしますとして、一つ大事なポイントがございます。あなた方は、このゲームで命を懸けることになります。」
「はぁ!?うわぁっ!」
思わず顔を上げてすっとんきょうな声をあげたとたんトロッコが勢いよく跳ね、思わず悲鳴をあげた。
「その上でみなさんの参加意思の確認を行います。参加されるかたはドローンの液晶画面にサインをお願い致します。」
「この状況で!?」
ガタガタと振り落とされそうなほど暴れるトロッコにしがみつきながら、必死に腕を伸ばす。
参加はする。
それだけは決まっていた。
自分を育てたのは兄だ。
兄を助けるためなら、みっともなく足掻いてでも勝ち抜いてやる。
海棠穂高。
ガタガタの文字を書き終えた瞬間、体は宙に浮いていた。
「あああああ!!!」
悲鳴を上げて目をつむると、ぶわっと浮遊感に襲われた。
ところが、予想していた激痛は訪れず、ネットのようなものに受け止められる。
はっと辺りを見回すと、同じように呆然とする人たちがたくさんいた。
とりあえず状況を確認する。
怪我なし、所持品なし、ここに来るまでの記憶もなし。
なるほど、今自分にはなんもないのか、と半ばやけくそで起き上がる。
「さて、参加意思を示されたのは67人、みなさんにはここ、ウェスト・パストラルでサバイバル&デスゲームを行っていただきます。」
響いた声に、その場の人間がざわめく。
「まず、初期装備の支給を行います。支給品は3つ。ハーネス一式、レーザー銃、命綱を無償で差し上げます。これらは使いようによっては無敵の武器となりますので、どうぞ賢くお使いください。」
ボトリ、とドローンが落としたハーネスを身につけると、思った以上に重くて驚いた。
ハーネスのサイズを合わせて固定すると、それを観察する。
鎖骨の下辺り、胸の前と、その真後ろに10と書かれたターゲットのような的がある。
へその少し上には輪が作ってあり、おそらくそこに命綱を通すのだろう。
命綱は頑丈なフックが両端についており、かんたんには外れない仕組みになっていた。
また、見るからに相当長さの調整はできそうだ。
「さらに、一人につき一台ずつ小型ドローンがついて回ります。反則行為や体調不良、こちらの不備で起こった事故などへの対応は迅速にさせていただきます。」
その声とともに、青いドローンが目の前に降り立った。
どうやらこいつに監視をされるらしい。
「さて、次に初期装備の使い方についてご説明します。ウェスト・パストラルには、いくつかのエリアがあります。鉱山エリア、林業エリア、ゴーストタウンエリア、そして未開放のシークレットエリア。これらすべての地域に、鉄製のレールが張り巡らされています。」
そう言われて見上げると、たしかにカーテンレールを数倍強固にしたようなレールが天井には張り巡らされていた。
そして、そのレールに合致する金具はどうやら、命綱の先についている金具のようだ。
「みなさんには、地上と空中を駆け巡り、最大限に空間を利用していただきます。そして、敵のハーネスの前後についているターゲットを狙い撃つのです。現在おそらくみなさんのターゲットには10と書かれているかと思いますが、前後どちらかを撃たれるたびに数が減っていきます。そして撃たれるごとに、右腕、右脚、左腕、左脚、声帯、聴覚、味覚、視覚、痛覚の機能がランダムで停止、最後の一撃で心臓の機能が停止し死に至ります。」
思わずゾッとして自分の胸元のターゲットを眺める。
「ゲームを終わらせる方法は3つ。まず、ゲームを生きのび、唯一の生存者になること。原則的にはこちらの方法で終わらせていただきます。しかし、どうしても途中でゲームをリタイアしたくなった場合、ドローンにリタイアの意思をお伝えください。リタイアの代償は、『あなたの大切なもの』。それがなにかは、元の世界に帰るまでわかりません。」
なるほど、リタイアという選択肢はあるようでないのか、と眉を潜める。
何が奪われるかわからない、つまり、それは兄の命かもしれない。
そんなリスクは犯せない、とそっとリタイアという選択肢を消去する。
「最後にもう一つ、あなた方の中に潜んでいるホスト、つまりこのゲームの主催者の利き目をお持ちのレーザー銃で撃ち抜けば、ゲームに勝利したこととなります。しかしながら、ホストはゲームのルールやこの世界の仕様をよく知ってはいても、普通の人間ですから、普通に十度撃たれてしまうこともあるわけです。」
要するに、普通にホストが十度撃たれて死んでしまえば、もうこの方法は使えない、そういうことなのだろう。
ゆっくりと思考を巡らせる間にも、説明は続く。
「そしてホストが死んでも特に告知はいたしません。また、ホストの利き目を撃てるのは、他のプレイヤーのターゲットを十度撃つにつき一度だけ。一人の人間に対してとは限りませんが、十度ターゲットを撃てば、ホストへの一撃のエネルギーがチャージされるわけです。」
なるほど、と頷き、どこにいるともわからぬ声の主に質問をする。
「つまり、人間の人体に直接ダメージを与えられる一撃は、十度他人のターゲットを撃たないと出せない、そういう認識で正しい?」
「左様で。」
レディー・パラノイドは楽しそうに肯定する。
「通常のレーザーがみなさんの肌を傷つけることはありません。しかし、10回に1度撃てるその攻撃は物理ダメージが伴います。また、その攻撃も使い方は様々です。効き目しか攻撃できないということはありません。一撃必殺で心臓を撃ち抜くことも可能です。」
思った以上に危険なゲームだぞ、と思うと冷や汗が背中を流れた。
まさにデスゲーム、命を賭けたサバイバルゲームだ。
「さて、説明は以上になります。他にも色々なルールがありますが、それはドローンに付属している端末でご確認ください。また、参加者が減るごとに追加ルールなども加わります。仕様は自分で体験しながら学んでいただきますようお願いします。」
随分てきとうな説明だが、主なルールは話終えたのだろう。
レディー・パラノイドは高らかに声を張り上げた。
「それではウェスト・パストラルにて、日没後より、ゲームを開始致します。それまでは準備期間となります。みなさん、楽しくゲームをプレイしましょう!」
ぶつっと通信が切れると、変わりに残り2時間という音声が入る。
それぞれ動き出したプレイヤーたちに吊られるように、カイドウも行動を開始した。