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おままごとに興じる王様

 とある街の小さな公園。二人の子どもが座り込み、おままごとをしているようだ。


「あなた、さいきん せいかつに よゆうが できましたね」


「そうだなぁ」


「どこか、りょこーにいきませんか?」


「どこにいきたいの?」


「おんせん!」


「おんせんかぁ。いついくの?」


「あした!」


「あした!? じゅんびしないと……」


「だいじょうぶよ、よういはしたわ」


 何やら温泉旅行をする話しになっている。少女は本当に行きそうな雰囲気だ。その後もしばらくおままごとは続いたが、日も暮れてきた。少女は立ち上がった。


「おかあさん しんぱいするし、かえるね!」


「うん、またね」


 お互いに手を振り合う。少女は公園を出て行った。

 取り残された少年も帰るようだ。少女と正反対の方向に歩いていく。


 先ほどとは違う口調で少年が呟いた。


「この街の景気は悪くなさそうじゃな。先日、通行税も下げたと聴いた。国家事業として街道の整備を優先しても良さそうかの」


 少年からは老練な雰囲気が感じられる。


「温泉行きたいのぅ。観光地の開発をさせるのも――」


 歩いていた少年の姿が何の前触れもなく歪み、陽炎のように消えた。




 儂はこの王国で国王をしておる。どうすれば国を良くできるのか悩んでおった。臣下の話しを聴き、最善を尽くしてきたつもりじゃ。それでも、民の不満が爆発しそうになったことがある。知っていれば貴族の横暴は赦さなかった。粛正はしたが、民の不満を完全に取り除くことはできなんだ。だから、気がついてしまったんじゃ。儂の耳に届く声はほんのひと握りだということに。民の声はあまりにも遠い。直接、民の声を聞いてみたいと思った。でも駄目なんじゃ。街に行って場を設けても、面と向かって不満を漏らす者はおらんからのぅ。


 そこで、一計を講じた。儂は肉体の年齢を自由に操る魔法が扱える。エルフに求婚したときに、寿命を理由に断られたことが悔しくて開発したんじゃ。そのエルフは王妃なって、らぶらぶなんじゃが……それは今はいいじゃろ。若返った姿でこっそり情報を集めれば良い。名案じゃと思った。

 意気揚々と街の酒場で民の声を聴いていたんじゃが、失念しておった。儂、若い頃けっこうモテたんじゃ。結果的に、何故か間男扱いされて修羅場になった。言いがかりにもほどがあるじゃろ! 王妃と側室で手一杯じゃぞ! 民に手を出す訳にもいかず逃げたんじゃが、途方に暮れた。

 そんなときじゃった。おままごとをして遊ぶ二人の少女が目についたんじゃ。


『あなた、とーぞくが こわいわ』


『だいじょうぶだよ、おうとから きしだんがくるから』


『いつになったらくるの!? このままじゃ、こわくてまちから でられないわ……』


『ぼくが、きみをまもる!』


『あなた……ッ』


 なんとも微笑ましい光景なんじゃが、内容が気になった。盗賊の被害がこの近くの街道にあるのか? そんな陳情は儂まで来ていない。ここの領主も言っておらなんだが……。気になり臣下に探らせると、本当に盗賊の被害が多発しておった。速やかに討伐させた。子どもは親を見て育つという。おままごとの内容も親が話していたことだとすると、これは民の声。これしかない。少女たちとおままごとをするんじゃ!


 そんなおままごとじゃが、当初は困難を極めた。


『わたし、おかあさんね!あなたは…』


 ほう。お父さんかのぅ。


『……いぬね!』


 なん……じゃと……ッ


『ほら、ごはんですよ~』


『わ、わん』


『よしよし』


 少女に頭を撫でられる。

 孫ぐらいの娘にこの扱い……。ちょっと新鮮じゃの。


『まって、あなた! そのおかねを もっていかれたら くらしていけないわ!』


 急展開すぎてびっくりじゃ! ……ふむ。何か民の声が聴けるかの?


『おれのかせいだ かねだろ! おれがつかって なにがわるいんだよっ!』


 王様はノリノリだ。


『あなた、はたらいて いないじゃない!』


 この子の父親ヒモか!? な、なんて答えれば良いんじゃ。


『う、うるせぇ!』


『……っ……うぅ………』


 駄目かの!?


『……えへへ』


 ふぅ、正解じゃったか。なんじゃろうな、無力感が酷いんじゃが。




 王様は子どもの頃、友達がいなかった。魔法の鍛錬が楽しすぎて、ひゃっほう!していたのが原因なのだが、少女の機微に疎い。少年とは思えない色香とおままごとに真摯に取り組む姿勢。王として年を重ねた大人の余裕。人当たりの良さが滲み出た表情からは包容力を感じさせる。


 王様は気がついていない。


 少女たちは立派なレディであることを。




「おい、おまえ!」


 少女とおままごとをしていると、知らない少年に話しかけられた。なんじゃ?


「?」


「おまえ、おままごとなんかして、きもちわりーな」


「…………」


「おかまかよっ」


 青いのぅ。儂を排除するより女の子と接する努力をした方が良さそうなもんじゃが。そもそも、男の子でもおままごとぐらいするじゃろうに。さて、どうしたものか。


「リュカ、じゃましないで!あっちいって!」


「……ッ、そんな なよなよしたやつの どこがいいんだよっ!!」


「リュカには かんけいないわ!」


 少年、泣きそうになっているんじゃが。退散するかの……


「きょうは もうかえるね。ふたりとも ごめんね」


「まって!」


 立ち去ろうとすると少女に腕を掴まれた。縋るような目で見つめられる。

 少年からは更に厳しい目で睨みつけられた。

 なんじゃ? この娘とは今日がはじめてじゃぞ?

 少女が少年をキッと睨んだ。


「リュカなんて だいっきらい!!」


「……ッ」


 少年が走り去った。

 どこか既視感があるんじゃが。いつじゃったかな。

 少女は腕を掴んだまま顔を伏せ、震えていた。


「えっと……だいじょうぶ?」


 少女に抱き着かれた。


「ふぁっ!?」


 思い出した! これはあれじゃ! 学園に通っていた頃にも似たようなことがあったんじゃ! あのときは、知り合いの令嬢から婚約者の愚痴を聴いていたら、婚約者の男が怒鳴り込んで来た。え? 儂、悪いの? と思っていたら彼女が婚約者と口論になってビンタしたんじゃ! 男は信じられないといった表情で彼女を見つめておった。茫然自失の男はそのまま立ち去った。男の女癖が悪かったから令嬢が怒って当然なんじゃが……。気がつくと、すすり泣くような声が聞こえて、背後から抱き着かれた。その令嬢、今は側室なんじゃ。


 少女から咽び泣くような声が聞こえる。どうしてこうなったんじゃ。少年の恋路を邪魔しとうないんじゃが。落ち着くまで孫にするように頭を撫でた。放置して帰るには心が痛んだ。少女に家を聞き、手を引いて家まで送ると、少女の母親に出迎えられた。お礼を言われたが、笑って誤魔化した。立ち去る間際「へぇ……良さそうな子じゃない」「もうっ! おかあさん!」何やら聞こえたんじゃが……。儂は城に帰った。




 王城の庭園に設けられた場所。二人の女性が紅茶を飲みつつ談笑していた。王妃と側室である。庭園の隅で突如、空間が歪みはじめた。談笑を中断し、歪みを見つめていると、少年が飛び出してきた。


「た、大変じゃ!」


「その姿で城をうろつかない方が良いわよ?」


 王妃が王様を窘める。


「また修羅場に巻き込まれたんじゃ!」


「……子どもと遊んでいたのよね?」


「そうなんじゃが……いや、これも仕事じゃぞ?」


 王様と王妃の話しを聞いて、側室はすぐに状況を察した。


「王様、手が早いですね?」


「何もしておらんのじゃ! おままごとしていただけじゃ!」


「いえ、それもどうかと思うのですが。私と似たようなことになりましたか?」


「ど、どうしてわかったんじゃ?」


「昔から変わりませんね、王様」


「ぐぬぅ」


 側室は思った。修羅場と思っているのは王様だけ。その少女は邪魔な男の子を上手く利用して王様に迫ったのね。王様、隙だらけなんですもの。私も若かったわ……後悔はまったくしていないけれど。王様は、王妃様だけではなく、私も愛してくれている。私はきっと、この二人より先に死ぬ。王様はもう退位してもおかしくない年齢。さっさと隠居して、王妃様と二人で王国を離れて暮らすこともできるのに。


『ごめんね。僕は君より長生きする。先立つ君をすぐには追えないから、寂しい思いもさせるかもしれない。でも、だからこそ、君が生きるこの国を豊かにして、幸せにしたいんだ。最期のときまで僕は君の側にいるよ』


 律儀に約束を守る王様。私の寿命の分だけ彼の人生をくれた。

 私から迫ったのにね。ほんと馬鹿なんだから。






王様:その人柄と絶大なカリスマで王国を導く名君。柔軟な思考と器の大きさで身分問わず臣下として取り立て重用する。必要であれば躊躇いなく冷徹な判断を下せるので甘い訳ではない。ただ、偶に常人には計り知れない行動をするのが玉に瑕。王妃との馴れ初めは、旅をしていた彼女が王国に立ち寄り、偶然出会ったこと。それまでは魔法が友達な王様だったが、友達をすっ飛ばして告白して敗北している。それでも猛アタックを繰り返し、寿命の違いを理由に断られたが、執念で寿命を克服した。不老とも言える身体だが、王妃が死ぬときに一緒に死ぬつもり。側室とは小さい頃に何度か会ったことはあるが、貴族としての交流以上は無かった。学園の頃には、既に王妃を射止めていた。令嬢に対する婚約者の振舞いを見ており、思わず令嬢に声を掛けてしまう。王様は聴き上手すぎた。身分の違いを感じさせない王様に戸惑いながらも、令嬢は愚痴を溢すようになる。自分のことは棚に上げた婚約者がそれを見咎め、彼女との婚約を破棄した。王様は自分が婚約破棄の原因になったことと、令嬢の家の事情も知っていたため、彼女を側室として迎え入れた。生涯、王妃以外の妻はこの側室だけ。ちなみに、民の不満が爆発しそうになったのは側室の元婚約者の領地。重税を課し虐げていたことが王様の耳入り、民が剣を取る水際で家を潰し回避した。貴族との確執が浮き彫りになった事件でもあった。腕を上げた、おままごとで孫とも遊んだが、使用人たちのゴシップネタが多く苦笑いをすることになる。


王妃:里を出て旅をしていたエルフ。王様(当時は王子)の凄まじいラブコールに屈した。嫌々という訳ではなく、ちゃんと愛が芽生えていた。側室を娶ることについては、貴族としての教育を受けていない上に、文化の違うエルフにとっては王妃の役割に未知の部分が多く賛成した。対外的には王妃だが、側室がそれ以外の役割を担っている。後継者争いの火種を失くすために避妊しており、側室に譲っている。


側室:元伯爵令嬢。家格はあるが財政難に陥っており、子爵家から融資の条件として婚約していた。婚約者はその立場を利用して横暴な振舞いをしており、彼女の前で別の令嬢との関係を見せつけていたこともある。令嬢と王様が一緒にいたことに腹を立て、彼女に詰め寄ったが手痛い反撃を受け、後日、伯爵家に婚約破棄を叩きつけた。このとき令嬢が反撃できたのは、王様なら助けてくれるという期待が心の片隅にあったから。そして、本当に助けてくれた。側室として迎え入れられた後は、王妃の仕事を肩代わりする。王妃との仲も良好。王様は王妃の立場を守りつつ、側室が後宮の中心として回るように優遇している。王妃と相談し、側室との間に生まれた子どもを後継者にすることは当初から明言していた。側室を看取った王様は退位し、王妃と共に国を離れ歴史の表舞台から消えたが、彼女の命日には花を添えに戻って来ていた。

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