#00『怪奇Drip』
ゴリゴリゴリゴリッ
店いっぱいに立ち籠める苦くドロッとしたにおい。
店内は人っ子一人としておらず、古めかしいテーブルやイスは出番を待ちわびることもなく、テンポよく流れる音に耳を傾けている。
いや、人っ子一人いないという表現は間違っているのかもしれない。
一人、カウンターの中に女性が立っている。
ゴリゴリゴリゴリッ
使い込まれたミルはその女性にされるがままに音を奏でる。
ミルの取手をまわす度に揺れる短い黒髪。その黒さは目を魅かれるほど美しく、同時に不気味であった。
まるでマネキンのような白い肌に細い身体。
無表情でどこか生気を感じられない張り付いた表情。
折れそうな細腕で乱れることなく淡々と腕を動かす。
ゴリゴリ、カラカラカラッ
ミルから流れる音が変わる。
どうやら中に入っていたものが全てなくなったようだ。
ミルを開けると、中には黒い粉末がぎっしり詰まっていた。
女性は作業的に真っ白なドリッパーにフィルターを入れ、お湯を丁寧に流し込む。
揺れる薄白い湯気。
それが冷め上がらぬうちに黒い粉をスプーンでゆっくり盛っていく。
粉を均等に入れ、細口のケトルで静かに湯を落とす。
コポコポコポッ
まるで息を吹き返すように泡を打つ粉の水たまり。
それと同時に苦い香りがより一層強くなる。
女性の表情が少し綻んだ。
待ちわびていたように深く息を吸い込む。
それに呼応するかのように店内にレトロな彩りが生き返る。
コポコポコポッ
呼吸する粉から落ちる黒い液体。
それがトロトロとサーバーにすこしずつ溜まっていく。
溜まるにつれて、水面の漆黒が深くなる。
深く、深く、深く。
女性は手を止め、手際よくドリッパーを外す。
サーバーに溜まった黒い液体。それを今度はわざとらしく音を立てながらカップに注ぐ。
ドボドボドボドボッ
小さな泡を立てながら液体が満ちるカップ。その泡が揺れ、まるで生きているかのように弾ける。
その水面を見ながらうっすら恍惚な表情を浮かべる。
でも、その表情はどこか感情が抜け落ちたような、まるでお面のような現実離れしたものを感じた。
「ふふふっ」
女性の口から零れたかすかな声。澄んだ水のようなその声もまた、大切な何かが欠落しているように感じた。
さて…
これはこの女性、縁あおいの周りで起こる不思議で不気味な物語。
誰も悪くなく、誰も良くない。
理不尽で満ちたこの世の話。
挽きたての苦い珈琲がはいりました。
はじまり、はじまり。