役得
宴会が終わり、俺はイリスに来客用の寝室に案内してもらっていた。
俺は酒が回ってしまい、やや足取りが怪しかった。一方イリスはそういったようには全く見えない。
イリスの手には酒瓶が握られていた。王族の一人が、俺に持たせてくれたものだ。正直無事に部屋まで持てるか怪しかったので、イリスに持ってもらっている。
宴会はひとまず終わったが、王族たちは別室でまだ飲み明かしているようだ。
ただ、俺達はそれに出席するわけにはいかなかった。
そもそも王族などの親しい間柄での会のようだったし、それに、冒険の出発は明日、すぐにということらしい。
まずは手始めにこの国近隣の魔物を討伐する、ということのようだ。
正直俺には全くできる気がしないが、とにかく一度はやってみようとしないとはじまらない……というのも一理なくはない。
お酒も料理もいただいてしまったし、そしてなにより――イリスと冒険できるなら全力でプラスになる、と思う。
「こちらがコバヤシ様のお部屋になります」
イリスがドアを開け、寝室に入っていった。明かりをつけ、近くにあったテーブルに酒瓶を置く。
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ、このくらい。私共の都合でコバヤシ様にご迷惑をお掛けしてしまっているわけですから……」
イリスの言っていることは全面的にその通りなのだが、なんというか、極めて高い謙虚さを感じる。
王様を初めとした宴会で会った人たちは「勇者だよね、よろしく!」といった態度にしか感じなかった。
わざわざトラックでブチ轢き殺してまでの態度がそれかよ!と思わなくはない。
だからある意味イリスの態度が普通と言えば普通なのだが、なんというか、暴走上司に振り回される部下のような感じがして、中間管理職としては他人事とは思えない。
「それにしても、すっかりお酒が回ってしまわれましたね」
ふふっ、と笑いながらイリスが言った。
うーん、ふとした仕草がかなりグッとくる。
「この国のお酒、するする入ってくんだもの。飲みやすくて、ついつい手が……そう言えば、イリスさんはお酒飲まれないんですか?」
「いえ、私にはお酒はとてもとても」
「それは勿体ないな。酒はいいもんですよ~、飲んでると気分がよくなって、ストレス解消にもなるし」
俺はイリスが持ってきてくれた酒瓶に手を伸ばした。寝室に準備されていたグラスにその酒を注ぎ、イリスへと手渡す。
「よかったら、ほら、一杯」
これはその、下心とか言うヤツではなく。
単純に、苦労人に対する同情と言うか。
多少は息抜きというか、肩の荷を降ろせるときがあってもいいんじゃないかと思ってのことだ。うん。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
と、軽い気持ちで進めたのだが……
ものの5分もしないうちに、イリスの顔は真っ赤になっていた。
しかも。
「あー、もー、ほんとに意味わかんない! なんで私が冒険なんか行かなきゃいけないんですか~!」
イリス、キャラ変わってないか……!?
酒を飲むとストレス解消になる。それはこういう、普段は抑えている一面も自然と出せるからなのだが……
確かに、この国の酒は飲みやすく、イリスも抵抗なく口にしていた。
ただ、ハイペースで飲んでいたという訳ではなく、比較的少量ずつ飲んでいた。そのはずなのに。
「おかしいんですよ、そもそも。思いつきで『伝説の勇者を召喚する!』とか言い出して!」
うん、わかる。わかるぞ。俺も働いててそんな場面沢山あったぞ。思いつき系上司を持つと辛いよなぁ。
「そんな行き当たりばったりの為に国の資材を使っていいはずないのに!」
「おう、言ったれ言ったれ!」
「しかも召喚されたのがこんな中年のおっさん……おっさんですよ!? ありえますか!?」
「そうだぞ、おっさんだぞ! 俺だって無理だと思う!」
「何故か私も冒険に行け、って命令されるし! 私だってねぇ、のほほんと生きてきたわけじゃないんですよ。一生懸命一生懸命頑張って、書物も呼んで研究も重ねて、あのアホエロじじい共のセクハラに耐えて、やっと国一の僧侶になったんですよ。やっと権限を手にしたんですよ。ようやくこの国を変えれると思ったのに、思ったのに~!」
「イリスちゃんも苦労してるんだなぁ……」
世界が変わっても、若者は苦労するもの……しかも、こんな美人さんが、立派な考えをお持ちで……
そう思うと、自然と涙が出てきた。
「わかってくれるんですか、おじさ~ん! でも、そんな泣かなくても良いじゃないですか~」
「ごめんよ、おじさん泣き上戸だから……この歳になると涙腺がね、急に弱くなるんだよぉ」
などと、みっともなく涙を流しながら。
イリスは日ごろの愚痴を発散しながら。
疲れ果てて寝るまで、俺達は酒盛りを行っていた。