上司と部下でよくあるやつ
やってしまった。確実にハニートラップにやられた。
完全に勢いで了承してしまった。
国一の僧侶ってなんだよ。どういう意味で国一なんだよ。そりゃ顔は国一と言ってもいいかもしれないけど。まんまとやられましたよ、俺は。
そう、俺は引き受けてしまったのだ。詳細も何も聞かずに魔王討伐。やりますって言ってできたら苦労なんてしないのに。
でも中年に金髪美人卑怯だろ……流石王族、きたない。
――なんて心の中で愚痴を言いつつ。俺は王様に誘われた宴会にちゃっかり出席していた。
巨大なテーブルに総計三十人ほどの王族たちが出席している。俺一人、とても場違いだ。よくよく考えたら俺は未だにスーツを着ている。中世風の服装をする王族たちの中、俺一人だけスーツ。浮いているなんてもんじゃない。
この会に出席している人はきっと、この国の権力者達なんだろう。見なりが整っている。
この宴会までに城の窓から街を何度か見たのだが、人々はみな、みずぼらしい服装をしていた。国全体に余裕がないんだろう。きっと、魔物のせいだ。
その街の人たちに比べ、この場の人たちは煌びやかな格好をしている。ただ、豪華絢爛ではない。多分、王族も生活が苦しいんだ。
「ささっ、どうぞ勇者様!」
どこかの貴族だろうか、おおよそ市民よりは豪華な服を着た男が俺のジョッキに酒を注いだ。
「どうもどうも。いやぁ、勇者と言われると照れますね」
「コバヤシ様は立派な勇者ですよ。その立派なお体! まさに健康そのものの証! そうでなくては勇者など務まりませぬ!」
この身体が健康って。不健康の象徴みたいなもんだと思うんだが。
いやまて、そう言えば古い時代では太っているのは栄養がある証拠、ってことで健康扱いされてたらしいな。ちょっと複雑だ。
しかし、この国の酒は美味い。缶ビールなんて目じゃないくらいだ。
この世界の造酒レベルがどんなものかはわからないが、現代世界と比べて測色ない酒を造れるってことは、この異世界の中でも高い技術をを持っているんじゃないだろうか。
「この国はお酒とそのおつまみが有名なんです。昔はこれ酒盛り目当てに観光客の方もたくさんいらっしゃったんですよ」
座席の後ろから声がした。振り返ると、そこにいたのは金髪美人僧侶――イリスだ。
やっぱり何度見ても美人だ。この子を見るたびに異世界来てよかった、と思ってしまう。どうにも情けない。
少し外でお話しませんか、とイリスは言った。もちろん、と俺は立ち上がる。
俺達はテラスに向かった。夜風が気持ちいい。酒が回ってきた身体にはちょうどよかった。
「本当、この国のお酒は美味しいですね。確かにこれなら、色んな国から人が来るのもわかる」
「ええ……ですが、それも昔の事なのです」
イリスは外を――街へと視線を送りながら、言った。
「今はいたるところで魔物による略奪が行われています。国と国を超えるような長旅はそう簡単にできません」
この城は明かりが灯り、賑わいを見せている。
その一方、街はろくに明かりが無く、静まり返っていた。
「我が国もかつては賑わいを見せていました。かつては町中の酒場から声が上がり、それはもう、皆楽しそうに。しかし――今はこの有様です。家畜は荒らされ、魔物の存在に怯え、満足に作物を育てることもできない。私達は民を救おうと手は尽くしているのですが、一向に改善はできず……」
悲しそうな目でイリスが言う。
手すりを掴むイリスの手には、強く力が込められていた。
国一の僧侶ということは、それなりに国の事を任されているんだろう。
しかし、どうにもならない――その原因が魔王だの魔物だのいう理不尽だったら、やり場のない怒りできっと、一杯なはずだ。
イリスは俺を振り返り、そして、力強い眼差しで口を開いた。
「お願いします、コバヤシ様。身勝手な願いであることはわかっています。ですがどうか、私と共に、世界を――」
と、そのイリスの言葉を遮るように。
「おお、そこにいらっしゃいましたかコバヤシ様!」
王様が俺の背中を叩き、声をかけてきた。
振り返ると、顔の真っ赤な王様がいた。確実に酔っぱらっている。その後ろには、あの時の司祭もいた。二人の手にはなみなみ注がれたジョッキが握られている。
がはは、と笑いながら、王様は再び口を開く。
「コバヤシ様にはぜひとも、私共の国を救って頂きたい。そして我が国の再建を! 是非ともかつての栄光を!」
その王様に続けて、司祭もやや陽気な口調で語った。。
「そうです、王よ! 伝説の勇者が現れたのだ。これで我が国も安泰。いや、世界一の国へと変わるやもしれませぬ!」
「おお? お前もそう思うか? 私もそう思っていたところだ。ほれ、もっと飲めもっと飲め!」
笑いながら、王様と司祭は酒を一気に飲み干していく。言いたいことだけ言って満足したのか、二人はすぐにどこかへ行ってしまった。
「申し訳ない、イリスさん。よかったら、さっきの話の続きを――」
イリスの方へと振り返ると、そこには先ほどよりも強く手すりを掴むイリスがいた。
「いえ、大丈夫です――」
そう言ったイリスの表情からは、やるせなさが漏れ出していた。