美女がいたら大体オッケー
気が付いたらそこは、いわゆる王座の目の前だった。
「おお! 勇者だ! 勇者が現れたぞ!」
俺の目の前に座る人物――あからさまに王様と思わしき人物が声高らかに叫んだ。それに呼応するように、辺りから拍手喝采が沸き起こる。きっと、勇者召喚の儀式ということで王国の偉い人が来ているんだろう。
――だがごめんよ、おじさんは勇ましい系の人間ではないんだ。
複雑な感情が心の中を駆け巡る。主に、ドキドキワクワクとは程遠い憂鬱な気分が。
何でこいつらは中年ビール腹に拍手してるんだ。「ん? これはその辺のオヤジと変わらないのでは?」とか思ったりしないのか?
俺は何とも言えない微妙な表情で、天を仰ぐしかなかった。
……それにしても、ここは本当に王国なんだろうか。ここも玉座でいいのか? よくよく見てみると、傷や汚れが目立つな。
見上げた天井は、煌びやかと言えるものではなかった。なんというか、普通の建物とそこまで変わらない。例えばシャンデリアがあるだとか、装飾品が無数にあるとか、玉座に宝石が埋め込んである、という感じはない。
もしやこのクリド王国とやらは貧乏系王国? 結構ハズレな世界に召喚されてしまったのでは?
「静まるのだ、皆の者。勇者様が困惑なされているではないか」
玉座の隣に立っていた男――司祭だろうか――が言い放った。周囲の声が次第に収まっていく。
「突然の無礼、申し訳ありませぬ。勇者コバヤシ殿。こういったことは初めての経験故、浮足立っておりまして」
「はぁ、なるほど……」
うーむ、初回かぁ。それじゃあ色々と失敗するのも仕方がないような。次回はもう少し勇まし目マシマシな人が召喚できるよう頑張っていただきたい。
というか、名前もう割れてるのか。もしかしてご指名で呼ばれたのか? だとしたらこの人選、謎すぎる。
頭が痛いことこの上ない。こんな雑なことってあるか。
「あの、私は今回どのようなご用件で……ええっと、お呼ばれされたんでしょうか」
一応確認しとこう。そう思って俺は聞いた。すると、王様と思わしき男が嬉々として答える。
「我が国には伝説がございますのじゃ」
「ほう、伝説」
「恐怖の魔王が現れてこの国が危機に瀕す時、神により選ばれし勇者が訪れ、この国を救うだろう。そして勇者はこの国を、ひいては世界を末永く豊かに平和にするだろう――」
なんとも雑な伝説。俺はその伝説のとばっちりを喰らってトラックに轢き殺されたというわけか。
「つまり、この国は今、魔王の恐怖に晒されていて、私にその魔王を倒して国を平和にしてほしいと――」
「そうです、その通りです」
王様の隣で司祭が頷いた。
「……差し出がましいことかもしれないんですが、私これといった特技もございません。控えめにいって、私がその、魔王討伐なんて大層なことは達成できるとは思えないんですが――」
「またまた、ご謙遜を! コバヤシ様は伝説に選ばれた勇者! 必ずやこの国を救ってくださいます」
王様は笑いながらそんなことを言う。ダメだ、聞く耳持ちやしない。
「それに、我らも勇者様お一人に全てを任せようという訳ではありませぬ。この国一の僧侶をお供に連れて行ってくだされ。ほら、くるんだイリス」
この王様もすごく大変なんだろうな、とは思うけど。
そんなこと言われたってな。無理ゲーなんだよな。
魔王討伐とか、死んじゃうかもしれないし。運動だってめちゃめちゃ久しぶりなのに……
などと考えていたのだが。
目の前に現れた「国一の僧侶」を見て、俺は、思考がフリーズしてしまった。
「はじめまして、勇者様。私、イリスと申します」
俺の目に映るのは。
絵にかいたような美人僧侶。
スレンダー金髪長髪緑目。
俺の好みどストライクの。
瞬間、俺の頭の中を色んな考えが駆け巡った。
魔王討伐ということはつまりは長旅。こんな美人と。
諦めかけてたバラ色人生再びか!?
歳はいくつだろう、二十歳いってるのか?
こんなのOK一択でしょ。
いやいや待て待て、世の中そんなに甘くはない。
でも長旅だぞ。そして俺は勇者。
あんなこんなで苦楽を共にしたパーティーにはいつしか絆を超えた何かが……
「どうだ、やってくれるかね」
待て、これは罠だ。キャバクラの客引きと同じだと思え。
そんなにうまい話がある訳がいんだ。
そもそも魔王がどんなやつとかも聞いてもないのに、二つ返事でOKできるわけが――
「勇者様?」
美人僧侶が、俺の顔を覗きこんできた。
それとほぼ同時に。
「はい、このコバヤシに全てお任せください」
俺は気が付いたら、そう言っていた。
――おっさん耐性無いから、そんなアングルから来られると一発で落ちる。
あかん、異世界に来てよかった。