死亡フラグまみれの転生者~異世界召喚されてチートになったけど、やっぱり人間だった~2【side白】
白い白い世界。
眩しさを増した光に呑み込まれたかと思うと、私は前後不覚に陥るような真っ白な世界に立っていた。
何処か既視感の感じる空間。
何秒、何分、何時間、そこに留まっていたのか。
不意に景色は変化し、一面の白が様々な色に染まってゆく。
そして、ものの数秒で景色の転換は終わり、気が付くと、クラスメイトや先輩、先生、保護者などの人間が集まった見知らぬ建物の中だった。
天井は水色で、壁は薄いクリーム色、床はモノトーンで、天使などの幻想的な壁画や大きな女性の彫像の飾られた、大きな部屋。
ゲーム限定でなら、一方的に見知っていると言える部屋に、私は居た。
異世界召喚は、やはり現実になってしまったようだった。
私の戯言で、思い込みで、思い過ごしで、記憶違いであったなら、どんなに良かった事だろう。
けれど、今この目に映る世界が、私に現実を叩き付ける。
私の記憶は正しかったのだ、と。
私は僅かに眉根を寄せ、辺りを見渡す。
周囲からは、「ここ、何処?」「外、国?」「え、え、え? 嘘、あたしさっきまで学校に……?」など、困惑の声が聞こえてくる。
私はふと気が付いた事実に、僅かに顔を顰めた。
周囲の人間が、召喚された人達の人数が、明らかにゲームより多い。
ゲームでは、二十人程度だった筈だから、現状、三十人以上居るのは可笑しい。
これも、ゲームと現実の差異?
これが影響する所を考えると、頭が痛い。
「あ……」
周囲を見渡していると、私同様に辺りをきょろきょろと見渡す、赤神くんと黒磐くんを発見し、思わず微かに声を零す。
あ、赤神くんがこっち見た。
赤神くんが驚いたような表情の後に、小さくこちらに手を振る。
私は目を瞬かせつつも、軽く会釈してから、視線を逸らした。
黒磐くんは、私の存在や赤神くんの存在には気付いていないようだった。
「ようこそ、おいで下さいました。異世界の方々。我等が世界エリュシオンへ。ここは、あなた方の住まう世界とは異なる次元に存在する世界。その一国、聖セレスティア王国王城」
私が周囲を見渡していると、最初からこの室内に居たであろう一人の男が口を開いた。
「わたくしは神官のゾイと申します。以後、お見知り置きを」
丁寧な口調で紡がれたのは挨拶であり、この現状を明確に伝えるもの。
白地に青のラインが入った祭服を身に纏っているその男――神官のゾイは、そう言って深々とお辞儀する。
一見、無害そうな優男に見えるが、ゲームプレイ済みの私からしたら胡散臭い事この上ない。
まあ、この王城の人間は全員、プレイヤーからしたら胡散臭く見えるんだけれど。
異世界召喚に関わっている者が全員怪しく感じるのは、ある種のセオリーなのかもしれない。
少々ズレた思考をする私を他所に、周囲は今だ困惑したまま、「異世界だなんて何をふざけているの?」「は? 何言ってんの? このおっさん」「ゆ、誘拐は立派な犯罪だ……!」「異世界召喚? 俺等、勇者になんの? ……夢か?」「新手の宗教の勧誘、とか?」と、口々に呟く。
この場の大人達も、流石に直ぐ行動出来ないのか、はたまた様子見をしているのか、動く気配はなさそうだ。
今の所は。
「初めまして、救世の御子様方。私は聖セレスティア王国、第三王女フェイト・レイ・セレスティアと申します。この度は突然お呼びたてしてしまい、誠に申し訳ございません。ですが、何卒、私の話を聞いて頂きたく存じます」
ゾイさんが再度一礼して下がると、今度は私と同じくらいの年齢であろう一人の少女が、入れ替わりで口を開く。
フリルのあしらわれた、薄めの赤色と白色の可愛らしいドレスを身に纏う彼女は、淡い桃色の長い髪に、長い睫毛に彩られた碧眼、白磁の肌を持つ美少女だった。
彼女――フェイト王女は、ドレスの裾を指先で摘まみ、優雅にお辞儀して見せる。
その後ろには、赤髪赤目の女騎士と、金髪碧眼の男騎士が、恐らく私達が王女に何かしたり、暴れたりしたら、直ぐに取り押さえられるように控えていた。
勿論、神官も下がったとは言え、まだ私達より王女に近い位置に居る。
流石に、一国の王女に護衛すら付けずに異世界召喚なんてさせない。
召喚した異世界人が善人だなんて誰も保証できないし、女神様が選定するのは、確か能力の適正のみだから。
そんな危険を王族は犯せないだろう。
私は静かに観察するように、フェイト王女等を見遣る。
ぱっと見だが、王女も神官も、後ろの騎士二人――王国騎士団団長補佐と、聖騎士団団長の剣聖もゲームとそう変わりはなさそうだ。
「聞きたい事があるのですがよろしいですか?」
白いワイシャツにジーンズの何ともラフな格好をした黒髪の男性、確かクラスメイトである丸井くんの父親である筈の人が、フェイト王女の話が一度途切れた隙を見計らい挙手した。
「はい、何でしょうか? 私に答えられる事であればお答え致します」
「ここが異世界の一国である事を証明する術はありますか?」
小首を傾げたフェイト王女に、丸井くんのお父さん(今ここに丸井くんは居ないようだから、丸井さんと呼ぼうか?)が問い掛けると、周囲がざわつき始める。
丸井さん――フルネーム丸井慎太郎さんは、ゲーム内でも登場して居たキャラクターであり、警察関係者、頼りになる立派な警部さんだ。
「外を見て頂ければ、お分かり頂けると思います。私達にあなた方を閉じ込めて置くつもりはありませんので、後程ご案内致します。ですので、今は先ず私の話を聞いては頂けませんか?」
そう答えた後、問い返すフェイト王女に丸井さんが頷き、周囲もまた、成り行きを見守るように静かになる。
先ずは現状の理解が先決だと判断したのだろう。
私達が考えた所で答えが出ないのは目に見えている。
何故、私達がここに居るのか。
拘束をされていない事から、ただの誘拐とも考えられず、かと言ってそれ以外の言葉は思い浮かばず……。
学校の敷地内に居た筈の私達何十人もの人間を一気に、誰にも気付かれる事なく、この場所に連れ去った方法だって不明。
何せ、私達が現実的に考えうる方法では、不可能に近いからだ。
集団催眠、薬、幻覚――いや、やっぱり無理だろう、故意的にこの状況を作り出すのは。
おまけに、この部屋に召喚される前に見た、巨大な召喚陣の説明だって、何かで誤魔化せるか、危うい。
現状を観察し、考えるにしても、今回の事は私達の尺度で測るには余りにも過ぎた事象だ。
異世界も、召喚も、私達が理解の及ばない次元の話なのだから、理解など出来る筈もない。
「では、先ず……」
フェイト王女が、ゆっくりと深呼吸をした後に語り出す。
私はゲームの序盤で聞いたその話を、記憶の正確性を確かめるように聞いた。
簡単に要約すると、こんな感じだ。
この世界の名前はエリュシオン。
多種族の住まう世界で、この国は人族の王が治める、聖セレスティア王国。
大陸の中央に位置する大国だ。
それで、私達を召喚した件については――――この国は近い未来、世界の均衡を崩そうと、狂暴な生物、魔物を生み出す、残酷無比な異種族である魔族の王と戦争になる事が、予言により決まっており、予言によると魔族及び魔物の軍勢は人族の兵の倍以上。
圧倒的に戦力が足らない。
そこでフェイト王女が、聖アンブロシア教会と、この国が信仰する女神、戦争の予言を齎したアンブロシアに、再度お伺いを立てた所、救世主たる異世界人、花御子達を召喚せよ、と神託を受け、神官のゾイと共に、神の力を借りて使用する神聖術で、私達異世界人を召喚するに至った、らしい。
要は、戦力が足らないから異世界より人間を拉致して来よう、て事だ。
何とも自分勝手な話である。
自分達の世界の事なのだから、自分達でどうにかするべきじゃないのか、と私は思うのだが、そうも言っていられなかった結果がこれなのだから、もう何も言うまい。
大体は記憶と一致したその話を聞き、私は思考する。
全てに、ゲームとの差異が生じる訳ではないのは分かった。
ゲームとの差異は、今の所、キャラクターの性格違いと、人数の増加程度。
深刻な何かはまだなく、フラグ及びシナリオの管理はある程度可能だろう。
これ以上、私のようなイレギュラーが生じなければ、だが。
フェイト王女の話に、再び周囲が騒ぎ出す。
「嘘、戦争?」
「いきなりそんな事、言われたって」
「戦うなんて無理だよ」
「家に帰してよ」
「子供にまで戦えって言うの?」
「私達まだ高校生なんだけど」
「嫌、死にたくない」
「異世界? 魔王? 戦争? な、何かの撮影ですか……?」
などなど、口々に困惑と言い知れない恐怖を吐露するように、声を零す。
丸井さんと他数名だけは、フェイト王女を鋭く見据えていた。
「一般人……それも、子供にまで戦争に参加しろと貴女は言うのですか?」
「私と、神官のゾイが使用した召喚陣には、アンブロシア様による救世主選定の特殊な術式が編み込まれており、強力な力の適正を持つ者のみを召喚するように出来ていました。故に、ここに召喚された皆様には特別なお力が宿っております。世界に祝福を受けた力――花御子としての力を。まだ、未覚醒ではありますが、訓練をして頂ければ、自然と扱い方には慣れましょう。ですから、皆様には魔族と戦えるだけのお力が備わっておいでです」
丸井さんの目を真っ直ぐと見つめ返し、フェイト王女が力説する。
力だけじゃ意味がないと思う。
覚悟も意思も、目的も目標も、まして守るものも、何もない私達に武器を持つ事なんて出来やしない。
命を懸けて戦うなんて、私達には無理だ。
もし、今の状況で武器を持てるとしたら…………。
元々力を持たない人間に急に力を与えたら大変な事になる。
いずれ暴走するのが落ち。
手に入れた力に、驕って殺されるのが目に見えている。
高校生に、刃物なんて持たせちゃいけない。
「拒否権、あれば良かったのに」
溜め息混じりの呟きが、私の唇から零れる。
誰にも聞こえないような、小さな独り言。
「私の大切な教え子達を危険にさらせと、貴女は言うのか?」
先程まで黙って話を聞いていた私達の担任――黒いスーツをきっちりと着こなし、眼鏡を掛けた黒髪黒目の男性、瀬野明人が酷く冷たい声で問う。
フェイト王女は「それは……」と少々口ごもり、この場に僅かな沈黙が落ちる。
周囲の大人達は鋭い視線を彼女に向けて、生徒達は不安そうな視線や、怯えたような視線、困惑したような視線を向けた。
「……戦う事を、強制するつもりはございません」
一呼吸置いてから、フェイト王女ははっきりとした口調で話し出す。
例え、フェイト王女の考えがそうであっても、それは国の意思になりえない。
本当は、拒否権なんてなくなる事は分かっている。
けれど、フェイト王女のこの言葉は本心だった筈だ。
フェイト王女はこの城内で、数少ない私達の味方足りえる人物――但し、フェイト王女が誰かに良いように転がされていない場合に限るが。
「私の言葉はあくまでもお願いの粋を出ませんから。これは、私達のただの我が儘。巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
フェイト王女は沈痛な面持ちで、深々と頭を下げた。
本来、王族が庶民に頭を下げるのは、褒められたものじゃないけれど、私達は救世主として召喚された為に、例外の部類に入るのかもしれない。
「あの……」
「はい」
「申し訳ないと思うのなら、元の世界? に帰して頂きたいのですが……」
保護者の一人、セミロングの黒髪を後ろで結んだ、痩せ型で地味目の女性がおずおずと挙手し、フェイト王女に声を掛ける。
あの人も誰かの母親だろう。
ゲームに登場していた保護者の人なら分かるが、流石に未登場の人に付いてまでは詳しくない。
クラスメイトなら辛うじて分かる人も居るが、やはり殆ど分からない。
生徒もクラスメイト外になると、知らない人物が増える。
「はい、それを皆様が望むのであれば、私達にそれを拒む権利などありはしないでしょう。一年後の今日、先程皆様が召喚された時刻に、道は繋がり、もう一度召喚陣を起動、術式を反転して組み込めば、お帰り頂けます。ただ、そのタイミング以外で元の世界にお帰り頂く事は叶いませんので、一年間は我々の保護下の元、安全にこの王城でお暮し頂くか、または城下の宿、或いは貸家にてお暮し頂くか、そのどちらかになります」
女性の問いに、フェイト王女はまた一呼吸置いてから、そう答えた。
書き上がっているのが置いたままだったので、上げておきます。