戦隊ヒーロー世襲制
これは、まず「戦隊ヒーロー世襲制」というタイトルから先に思いついた短編になります。
内容はあるようなないような……やっぱりないような。
戦隊ヒーローと銘打っていますが、特にバトルだのアクションだのはありません。
舞台は架空世界の日本ということでよろしくお願いします。
――その世界には古くから、世界中に『正義の味方』が存在した。
そして、これは各国の上層部しか知らないことだが……
どこの国の『正義の味方』も例外なく、血によってのみ後代へと継がれていった。
【 戦隊ヒーロー世襲制 】
俺の名前は富坂 臙脂。
だけど本当に俺の名前だって言えるのは下の名前『臙脂』だけで、苗字はもう何度変わったかわからない。俺にとって、意味のないものだ。
年齢は、多分23歳。
誕生日は……わからない。
家族らしい家族もいない。
理由は簡単だ。
俺は、物心つくよりも前に児童養護施設の門前に捨てられていた。
養護施設の前に捨てたことだけが、顔も知らない両親の情けか。それとも欺瞞か。
どちらでも良い。興味はない。
子供の頃はどうして捨てられたのかと悩みもしたが……自分のことを自覚するに従って、納得はした。
俺はそれこそ赤ん坊の頃から、異常に力が強かった。
まだ言葉も口にしない頃でも、成人男性よりも膂力が強かった。
それは世話をしていた職員男性の腕を握って、骨を握り潰してしまったくらいで。
異常だ。異常と言うしかない身体能力だ。
赤ん坊の時点でこれなんだから……俺を生んだ親も、俺の不気味さを原因に捨てたんじゃないか。
そう思ったのは俺だけじゃないらしく、大人達も完全に俺を持て余してそう囁き合っていた。
腕力だけじゃなく、成長するに従って足の速さや動体視力も際立って優れていることがわかってくる。それはいっそ、化け物のようだといっても良いくらいで。
その身体能力が大人の目にとまって、何度か里子の話も出たことがある。
だが俺の異常性は、俺に目を止めてくれた人の予想をいつも上回った。
上回り過ぎて、結果はいつも同じだ。
不気味がられて、怖がられて。
最後はまた別の養護施設に捨てられる。
15の年までに、俺は自分でも数がわからなくなるくらい、養護施設や里親の家を転々とした。
その度に、くるくると苗字を変えていきながら。
棄てられていた時、俺の服に縫い付けられていた『臙脂』って名前だけは、変わらなかったけれど。
大人への期待も何も、なくなって。
自分以外の何も信じられなくなっていた15の年。
自分の異常に発達した身体能力を制御できなかった、それが原因だってわかってはいたけど。
誰も温かくは迎え入れてくれなかったから、俺は自分を永遠にひとりぼっちなんだと思うようになっていた。
我ながら、あの頃は目が荒んでいたように思う。
義務教育で通わせられていた中学校の生徒も、教師も、施設の大人達も。
誰も、俺には近付かなかった。
でも、15の冬のこと。
俺は真っ白い髭の、老人と出会った。
いかつい義眼に、モノクルを付けて。
固い足音を響かせる、義足を引きずった白衣の老人。
その出会いで、環境ががらりと変わった。
何もかもが違う世界の様に、変わった。
たった1人、俺のことを受け入れてくれた。必要と言ってくれた。
例え俺を利用する為、懐柔する為だったとしても、心が救われたのは本当だ。
だって必要としてくれたことは確かだったから。それが、利己的なものとしても。
父の様に、祖父の様に、俺を大事にしてくれて。家族になってくれた。
血の繋がりなんて重要じゃない。
俺を捨てた誰かになんて、父親と思う必要はない。
俺を掬い上げてくれた博士こそが、俺にとって唯一の父だ。
大恩ある博士、俺をこの世でたった1人必要としてくれた人。
この人の為なら、俺はなんだってしようと思った。
一生かけて、御恩返しがしたいと。
博士は今をときめく『悪の組織』の博士だった。
今までに多く、沢山、数えきれないくらいの怪人を生み出してきたらしい。
俺は博士が組んだカリキュラムで特殊な教育を受け、人より恵まれた身体能力を更に磨く為の訓練を受け、博士の望むまま研究に協力した。
やがて成長期も終わって体は完成され、基礎プログラムが終了し――……俺は、博士の最高傑作となる。
無駄に頑丈でちっとも壊れない身体を改造して、『悪の組織』最高の、エリート怪人に……!
博士の技術の粋、積み重ねたノウハウ。
それらを注ぎ込み、昇華させ……『最高傑作』の完成には、数か月の時間を要した。
この世界には各国に『正義の味方』というヤツが存在する。
俺達の所属する組織は、今まさにその『正義の味方』とやらとの戦いを繰り返している。
相手は中々に強く……癪な話だが、俺達の方が劣勢を強いられていた。
そんな状況を打開する為の切り札。俺は最終兵器として、対『正義の味方』を想定して実戦に投入される手筈だった。
だけど、全ての手術が終了し。
術後の経過も素晴らしく、性能検査の為にテストを繰り返す日々の中。
通信機が、本部の危機を知らせてきた。
『正義の味方』が組織の本部に乗り込み……激しく交戦中だ、と。
組織に人生の半分以上を捧げてきた博士は、蒼白になった。
怪人手術を万全の体勢で行う為、俺達は南海に浮かぶ孤島……博士の秘密研究所に籠っていた。
ここから本部まで、どんなに急いでも半日はかかる。
どうか間に合ってくれ。
祈るような気持ちで、まだ実戦経験もない俺は博士と一緒に本部に急いだ。
状況を打開する切り札。
その為に怪人に生まれ変わった俺。
その真価を問われる時が……課せられた使命を果たす時が唐突にやってきたと思った。
だが。
俺達が本部に到着した時には……もう、全てが終わっていた。
吹っ飛ばされ、ただの瓦礫の山と化した本部。
幹部も怪人達も、組織のボス諸共、灰にされていた。
組織は、壊滅した。
また間が良いのか、悪いのか。
どうも組織にあった資料から、博士の秘密研究所の場所がヒーローどもにばれたらしい。
博士にとって第二の拠点ともいえる研究所は、俺と博士が洋上を本部に向かっている間に襲撃を受け、こちらもまた壊滅したらしい。
幸い、博士は数多くいる研究者のひとりという扱いで、躍起になって捜されてはいないが。
博士と俺は一気に居場所も、後ろ盾も、研究資金や今までに培った研究資料も……全てを失い、着のみ着のまま世間の荒波に放り出されてしまった。
そのショックで、博士がボケた。
大した学歴もないし、実際のスキルはあってもそれを証明できる資格もない。
中卒で、23のこの年まで何をやっていたのかも空白にしか出来ない。
そんな俺がまともな職に就ける筈もなく……少しでも割の良いバイトを複数掛け持ちして、生活費を稼ぐ日々。
俺が働いて、家計を支えるしかない。
毎日くたくたになるまで、朝から晩まで働き続ける。
だけどバイトが忙しくなればなるほど、博士の傍で面倒を見られる時間が減っていく。
やっとのことで何とか借りることに出来たアパートに博士を1人残していくことは、この上なく不安だった。
でもデイサービスなんかの介護支援を受けられる当てもない。
目を離したら徘徊するかもしれないと思うと……こんなことはしたくないのに、博士を軟禁する以外の手が見つからなくなっていく。
破壊活動に関しては徹底的に叩き込まれたが、痴呆老人の介護の仕方なんて誰も教えてくれなかった。
恩人であり、大切な家族でもある博士を蔑ろには出来ない。
一生面倒を見るって、もう決めていた。
だから、自分の睡眠時間も削って色々と考えたり、実行したり……
そうするうちにも神経は磨り減り、俺は摩耗の果てに追い詰められていく。
どうすれば良いのか、何が最善なのかわからない。
金だ。何をするにも、金が足りない。
潤沢な金さえあれば、バイトの間は介護サービスを雇うとか、そういうことが出来るのに。
……いっそ、銀行でも襲って金を手に入れるか?
リスキーだが、一応成功させるだけの自信はあった。
だが実践経験がない。その不安要素と、俺にもしものことがあれば博士は……とその未練が実行を踏み留まらせる。しかし、いつまでも足踏みしている猶予はない。
やるか、他の方法を考えるのか。
追い詰められて思考力が低下しているのか、正気に戻れば一笑するようなことを割と本気で考える。
ギリギリと追い詰められて、自分の限界はもうすぐそこに見えていた。
そんな、時に。
そいつらは、俺の前に現れた。
深夜のバイトから帰って来た俺は、俺と博士の暮らす部屋に……身に覚えのない来訪者が来たことを知る。
今までに1度も見た覚えのない奴らだ。
そいつらが今にも扉をノックしようとしているのは、間違いなく俺の借りた部屋。
ちなみにインターホンはない。
あいつらは、何なんだ。
俺達に、一体何の用なんだ……?
高まる警戒心。
だけど部屋の中には博士がいる筈だ。
逃亡する訳にはいかない。せめて博士の安全だけでも確保しなくちゃならない。
俺は奴らの気を逸らすつもりで、敢えて自分から声をかけた。
「おい、アンタら……俺の部屋に何の用だ」
「「「っ!」」」
3人分の、息を呑む声。
振り返ったのは……どいつも若い。
1人なんかは、俺より若いんじゃないか?
中々に顔の整った、充実した活力を感じさせる奴らだ。
緑のリボンで髪をポニーにした女。
ピンクのセーターを着た、金髪美女。
それから体格のしっかりした男。
……気のせいか?
緑のリボンの女……その顔に、既視感がある。
何故か目を潤ませて俺を凝視してくる姿に、厄介事の気配がした。
何者だ? こいつら……
俺の怪訝な気持ちをたらふく詰め込んだ疑問は、リボンの女が発した叫びで炸裂した。
「――おにい、ちゃん……あなたが、私のお兄ちゃんなの!?」
「人違いです」
「即否定!?」
俺は親も兄弟も、博士以外に1人の家族もいない。
よって、妹なんぞいる訳がない。人違いだ。
「えっ!? ちょ……一刀両断にしちゃう!?」
「済まないが、そういう商法は間に合っているんだ」
「そういう商法ってナニよ! 何と勘違いしてるの!」
「それってアレだろう? 六十二年前に壊滅した組織が手掛けていた悪徳商法の……」
「詐欺じゃないわよ!」
俺は悪の組織のエリート怪人。
よって当然だが、悪の知識に関しても英才教育を施されている。
脳内情報にヒットするものがあったんだが……違わないだろう?
本来は終戦間もない頃、帰ってこない息子や夫の名を騙るという詐欺だった筈だが、きっとこいつらは俺に身寄りがないことをどこかで聞いてきたに違いない。
生き別れた家族のふりをすれば簡単に金をせびれると思ったのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。むしろ俺が金をせびりたいくらいなのに、詐欺師共にくれてやる金なんぞある筈もない。
露骨に疑いの眼差しを向ける俺に、何故か女は傷ついたような顔をする。
知ってる。それが常套手段ってやつなんだろ。
傷ついた顔をしたって俺はほだされない。
胸を突き刺す痛みは気のせいだ、気のせい気のせい。うん、何も感じない。
疑いを晴らさない俺と、焦れたように俺に詰め寄って詐欺ではないと訴える女。
両者の訴えは平行線で、時間ばかりが過ぎていく。
おい、いい加減にしろよ。
博士が起きてきちゃうだろ!
いつしか空気は、険悪なものになりつつある。
そんな頃合いで、女の連れである野郎が声を上げた。
「ちょっと話したくらいじゃ信用なんてもらえないよね。ちょっと詳しく事情の説明とか、させてもらえないかな」
「暗に部屋に入れろ、と?」
「そうだね。上がらせてもらえたら助かるかな」
「……俺は騙されない! 部屋には一歩も入れないぞ」
「だから詐欺じゃないって言ってるでしょ!」
「ああ、もう……話が進まないから押し入るよ」
「あっちょ……勝手に入るなよ!」
疑いの姿勢を貫く俺に、男も焦れたらしい。
俺の意見はさらっと無視して、いきなり部屋に侵入しようとする。
鍵は一体どうしたんだ! ちゃんと施錠していた筈なのに!
「あ、大家さんには許可取ってあるから」
……ちくしょう。
どうやら俺よりも先に、真の家主が篭絡されていたらしい。
敷居に上げて何も出さない、というのも気が咎める。
仕方がないと三人に茶漬けを出してみたが、三人は「朝ごはんまだだったんだ、助かる」なんて言って平然と口を付け始めた。図太い。
「ええと、それで? つまりアンタらが――」
「ええ。この国を守る正義のヒーロー……その、次代を担う候補者です」
「お兄ちゃん、私は次のグリーンだから」
「俺はイエローで、こっちの彼女が」
「次のピンク候補、です。第三席の……ですけど」
頭が痛い。
この時点で、物凄く頭が痛い。
信じたくないことに、三人はこう名乗ったのだ。
自分達こそ、先日俺の所属していた……悪の組織を殲滅した、戦隊ヒーローの後継者である、と。
ひょっとすると、俺は今ここで「おのれ正義のヒーロー共めぇここで会ったが百年目、我が恨みを思い知れ云々」と怒鳴りつけ、殴りかかるべきなのだろうか。
それはちょっと、勘弁してほしい。
俺は今バイトから帰ったばかりで心身ともに疲れているんだ。
それに同じ部屋の中で博士が寝ている。そっとしておいてあげたい。
だけど話はまだまだここで終わりじゃない。
もっと、頭に痛い続きが待っていた。
「それで? つまり俺が――」
「ええ。この国を守る正義のヒーロー……その、次代のレッドです」
「なあ、ちゃぶ台ひっくり返して良い?」
「待って、まだお茶漬け食べ終わってないから」
ふざけた話だ。
この俺が。
ほんの数か月前まで、日本の闇社会を牛耳りつつあった悪の秘密組織の、エリート怪人として華々しく正義のヒーロー共と相対するはずだった、この俺が。
何の皮肉だっていうんだか。
二十数年前、出生後すぐに誘拐されて行方不明となった……次のレッド候補。
現レッドとグリーンの間に生まれた、正義のサラブレッドだとかほざきやがる。
てやんでぇ、こちとら悪のエリート様だ。今更正義とかお呼びじゃねーよ。
「二十数年前、我等が正義のヒーローはまた別の悪と戦っていました」
「あんたら年中戦ってばかりだよな」
「仕方ありません、この世に蔓延る悪があまりに多いので……あの時、レッドの妊娠が発覚したのは特に戦いが激しくなってきた頃のことでした」
「ちょっと待て。レッドが母か。レッドが母なのか。じゃあグリーンは父か」
「あともう少しで、組織の息の根を絶てる。重要な局面でした……レッドは大事を取ることとなり、先代のレッド……臙脂さんのお爺様を代役に立てての入院・出産。ですが悪は、目敏く正義の動きを察知し、その時を狙って仕掛けてきたのです」
「おい、俺の疑問はスルーか」
「臙脂さんが攫われたのは、貴方が生まれて一日と経たない間でした。追跡し、犯人を捕まえた時……既に、貴方はどこにもいなかった」
生い立ちの話に今更としかめる俺に、イエローを名乗る男は重ねていった。
この日本を守る為、先祖代々連綿と続いてきたヒーローの血筋。
俺の異常な身体能力も、それに由来するのだという。
それだけを手掛かりに、俺の両親も一族も方々手をまわして俺を探していたらしい。
だが。
「……聞いていいですか、臙脂さん。俺達は本当にずっと、貴方のことを探していたんですが……あんなに頻繁に在所を変え、苗字を変え、学校を変え、と。何かから逃亡でもしていたんですか、貴方は。お陰で追跡するこちらとしても、頻繁に消息を絶ったり手がかり変わったりして探し当てるのに酷く苦労したんですよ。最終的に辿り着いた住所を尋ねるも……貴方は、十五歳で姿を消した。以来、全くの手がかりなしで……今こうして探し当てられたことが奇跡のようです」
「白々しいことを……確かに俺は、ころころ身辺情報が変わってただろうが」
……住所に氏名、学校。施設。
あー……確かに、酷い時は年に四、五回は変わったか?
真面目に探していたとしたら……そりゃ、探し難かったかもしれない、か?
うっかり男の話に納得しそうになり、俺はがしがしと頭を掻いて誤魔化した。
いや、まだだ。
まだ納得しちゃいけない。
だって俺の感情面はまだ承服できそうにないんだ。
「それで、完璧に消息が途絶えたんだろ? それでどうやってここを突き止めたんだよ」
「それは……」
「……先日の、悪の組織のアジト陥落よ」
言い難そうに、男が口ごもる。
その代わりとばかりに口を開いたのは、ピンクの女だった。
凛とした眼差しで、物凄く印象に残るサイズの胸を張って。
女は、俺のことをひたと見据える。
言い訳も誤魔化しも、許しはしないと。
「貴方の情報、先日当代のヒーロー達が攻め落とした悪のアジトにあったのよ。持ち帰った残党に関する情報を一つ一つ一族の情報分析班が解析していて……その中に、あったの」
「……とは言っても、わかったのは顔と名前くらいだろ。それで俺が探し人だって決めつけるのは短絡的なんじゃないか」
「顔と名前だけじゃないわ。添付されていた貴方の体組織に関するサンプル情報……決め手となった情報が、含まれていたのだとだけ思ってちょうだい」
「組織が、俺について何を残していたのか……知りたくもないね」
さて、この様子じゃ言い逃れは出来そうにないな。
俺の所在を、組織の情報を手掛かりに突き当てたとなると……誤魔化すことは不可能か。
「組織の情報から俺を突き止めたってんなら、わかってるんだろう。俺が『何者』なのか。……それでも、俺を次のレッドだって?」
「……ヒーローの候補は一族の中にも何人もいるわ。だけど誰が次のヒーローなのかは……『変身アイテム(根付)』が選ぶのよ。私達に正義としての力を与えた、神代の頃から伝わる……神器(根付)が」
「変身アイテムぅ? おいおい、ヒーロー番組の見過ぎだ」
「いいえ、ヒーロー番組の話なんかじゃないわ。元々は一族に神が遣わした勾玉だった。それを持ち運びし難いと、江戸時代に祖先が紐を付けて根付にしたのよ」
「えっと、それで未だに根付のままなのか?」
「ええ。根付のままよ」
「……で、その根付が俺を選んだ、と」
「その通り」
「まあ、余程のことがない限りは概ね現役ヒーローの子か孫か……血筋によって選ばれますが」
ちゃぶ台、マジでひっくり返そうかな……。
――長く、自分のアイデンティティは悪の組織に……そのエリートであることにあった。
自分の存在価値は悪の怪人であることなのだと。
これこそが自分なのだと。
その、悪としての矜持が。
そして長く「自分は親に捨てられた」のだと信じてきた心根の卑屈な部分が。
目の前にいきなり突き付けられた話に拒絶する気持ちばかりを高めていく。
正義のヒーロー? それは敵だ。
自分の親? 知った事か、俺の親は博士だけだ。
変身根付……??? それがどうした、質屋で売るぞ。
こっちは次のヒーローになる権利より何より、今はまず金が欲しいんだ。
相手への不審をたっぷりと眼差しに込めて、俺は三人を睨みつけた。
「……話は、大体わかった。わかった、と思う」
「ええ、それでは……」
「帰ってくれ」
「は……?」
「話はわかった。だけど俺には応じる気がない。あんた等は……敵だ。帰ってくれないか」
そろそろ博士が起きちまう。
あの組織壊滅の日から、博士は寝つきが悪い。悪夢ばかりを見るという。
だからこそ、夜は睡眠薬で無理やり体を休めていた。
その薬の効果も、そろそろ切れる頃だ。
話の内容も聞くだけは聞いたが……正直、受け入れ難い。
もう一刻の猶予もなく、話を聞こうという気にはなれなかった。
俺の妹だと名乗る女が、どれだけ信じ難いという顔をしていたとしても。
「そんな……おにいちゃん、待って!」
「帰ってくれ! 今更、家族だヒーローだといわれても……受け入れられる訳がないだろう!? 俺は、悪の……っいや、それはもう終わった話だったな。今はただ、博士と二人静かに暮らせれば良い。博士も、組織が滅んでから大分参ってるんだ。もう放っておいてくれないか」
「でも、報酬出ますよ」
何とか荒らぶる感情を鎮めようとしながら話す俺に、イエロー候補の男が淡々と言った。
「……は?」
「失礼ながら、実は臙脂さんの身辺についても色々調べはついてまして……どうも、お仕事で苦労されている印象を受けます」
「それは厭味か? それとも喧嘩を売ってるなら買うぞ」
「臙脂さん、よく聞いて、落ち着いて検討して下さい。正義のヒーローはいわば国家鎮護、国防の要……国際関係や他国との諍いに首を突っ込むことはありませんが、治安維持に大きな影響があることは疑いようもありません。ですので……奈良時代の昔より国家の庇護を受けてきました。先祖が交わした国との交渉努力によって、正義の活動には莫大な報酬が出ます。固定報酬だけでなく、悪を一つ潰す度に達成報酬も」
「………………何が言いたい」
「我々には、実は納税の義務がありません。ですが年金がもらえます。ヒーローとして平和を守ることが、お金になるんです」
「…………………………」
「生きていくにも、お金が必要でしょう? 博士さんと静かに暮らすにも、必要なことに違いはありませんよね」
「……………………………………止めろ、俺を惑わすな」
正直、イエロー候補の男の言葉には……心が思いっきりぐらぐら揺れた。
相手は正義の味方の先鋒。
俺は悪の組織に鍛えられたエリート。
例え血の繋がりがあろうとも、そんなことは関係ない。
俺は悪として、自分で選んだ道を貫き通す。
そう、決めていたというのに……!
その決意と信念が、沸騰した鍋のサイズが合わない蓋かというぐらいに……ぐらっぐらに揺れ動く。
止めろ、このままでは鍋が噴きこぼれてしまう……!
もう一押しだ、と自分でもわかった。
後もう一つ……何か俺の琴線に触れる物があれば……
その時、俺の心の天秤は意図せぬ方に傾いてしまうかもしれない。
「そうだ、それからこれは臙脂さんのご両親……当代ヒーローの方々からも確約を頂いているんですが」
「な、なんだ。まだ何かあるのか……?」
「ええ。実はですね、臙脂さんを親として慈しんで下さった博士さんには、一族も少なからず感謝しておりまして。……まあ、養育の方向性には、ちょっといただけないものもありましたが」
「……博士に何をするつもりだ」
く……博士に言及してくるとは。
言うまでもないが、俺にとって博士は最大の弱点でもある。
生きていく為にどうしたって働かねばならない以上、俺の不在時に博士の狙われでもしたら……!
「悪いお話ではありません。臙脂さんが帰って来て下さるんなら、博士さんも御養父として一族で迎え入れますし……介護支援の手配も手厚くさせていただきますよ」
正直に言おう。
俺は博士のことを敬愛している。
親としても、一人の人間としても慕っていた。
……だが、それでも組織の崩壊に伴って魂まで失ったかのような博士には……ボケた、博士の介護には、自分のままならなさを突き付けられていて。
そして、心底から……疲れ果てていた。
その後、俺は深く葛藤しながらも……他に選べる道を見出せず。
誇り高く死のうかと思いもしたんだが。
……結局、博士を連れてヒーローどもの元に身を寄せた。
両親を名乗る中年の男女は涙を流して喜んだが……正直、親だと名乗られても実感はない。
感動されればされるほど、居心地の悪い思いばかりが募る。
むしろどちらかといえば、これがあのヒーローの中身かと……そちらの方が感慨深い程だ。
どうしても『親』という身内ではなく、『ヒーロー』として品定めする自分がいた。
そんな自分を、ヒーロー一族の全員が快く受け入れた訳じゃない。
だが、迎えの奴らが言った通りだった。
俺を次のレッドにと選んだのは、奴らが言うところの神器。
変身根付が俺を選んだんだから仕方ないと、承服しない訳にはいかなかったらしい。
何人かは露骨に不満と不審をぶつけてきたがな。
俺も自ら望んでヒーローなんてなった訳じゃない。
ただ、生きる為だ。
生きる為、俺は母親だという女の後を継ぎ……そうして、戦隊レッドになった。
いい歳して戦隊レッドだってよ。自分で自分の運命を、虚しく笑う。
しかし、もっと笑うしかない事態は他にあった。
「…………おい、これで本当に俺をレッドにするつもりか? して良いと思うのか?」
「あ、あはははは……うっわ、予想外ですね。その変身……どうにかならないので?」
「なったら、とっくに改善している。俺だって毎回同士討ちの憂き目にあうのは不本意だ」
「これは……やはり、改造された影響なんでしょうか」
「博士の仕事は完璧だ。それが……ここで証明されたな」
「なんでちょっと誇らしげなんですか、臙脂さん! 仲間に攻撃されてるの、貴方なんですよ!? というか……ポーズ決めてるヒーローのセンターにどっからどう見てもあからさまな 怪 人 がいるのってどうなんですか!」
「俺だって故意でしているわけじゃない!」
――俺は、どう足掻いても。
どんなに工夫しても努力しても。
変身根付を使って変身しているというのに。
何故か変身する度、ヒーローではなく博士が改造してくれた最高傑作――怪人の姿にしかなれなかった。
能力はちゃんとヒーローのものだったけどな?
何故かどんなに試行錯誤を重ねて変身しても、化ける姿はいつも怪人。
お陰で戦闘訓練の度、不本意ながら仲間として行動することになる他のヒーローどもに敵と間違えて攻撃される。
俺をセンターにポーズを取った直後にブルーのヒーローキックが来るような有様だ。
まだ実戦を経験したことはないが、この調子では実際の戦闘でも同じヒーローどもに攻撃される未来ばかりが想像できる。
「なあ……いつか他のヒーローに殺される気がするんだが。乱戦では俺に攻撃が殺到しそうな気がするんだが。それでも本当に、俺を次のレッドだと?」
「仕方ありません、だってヒーローは……世襲制なんですから。根付に選ばれた以上、間違いなく貴方はヒーローなんですよ」
千年以上、連綿と続いてきたヒーローの一族。
その歴史の最先端で、血に付随する後継者という重責を不本意ながらも背負わされ――俺は、思った。
いい加減、その世襲制度改めた方が良いんじゃないか?
少なくとも、もう少し融通が効くようにした方が良いと思った。
そんな俺のヒーロー生活、一年目の冬。
最後まで読んでくださって有難うございます!
世襲制で続いてきたヒーローの後継者が、もしもうっかり自分の出自を知らずに怪人になっちゃったら?
そんな状況を書いてみたいと思ったら、何故かこうなりました。
なんだか主人公が物凄く世知辛く不憫な境遇になってしまいましたが……気付いたらこうなってたんですよ!
……どうしてこうなったんでしょうね?
↓以下、登場人物と登場していない人物について
主人公 臙脂
悪の組織の元怪人(実戦配備前)にして、現正義の戦隊ヒーロー(レッド)。
ただしビジュアルは何故か怪人。
他のヒーロー達がそれらしい格好をしている中、何故か一人だけ怪人。
能力値は高いが、同士討ちで倒れる確率No.1ヒーロー。
生立ちのせいで捻くれたところがあるが、社会人対応も身に付けているので表面上は繕った態度で接してくれる。
心の防壁が高すぎて迷子のキツ●リス以上に心を開かせるのが難しい。
ちなみに怪人としての姿は昔懐かし初期の仮面ライ●ーに出てくる怪人を連想していただければきっと近いんじゃないかと……。今のヒーロー番組を見ていないので、現在の怪人がどんなものかわからないので、イメージとしては昭和の古い怪人を参考にして下さい。
取敢えず、どこからどう見ても正義ではなく悪側な見た目のクリーチャーである。
義父 博士
素性の知れない謎の狂科学者。悪の組織所属。
しかし今までの研究成果ごと悪の組織が吹っ飛んだことで、頭のネジも飛んでしまったらしい。
半分魂が吹っ飛んだまま、ボケ老人として臙脂の手を煩わせながら気弱な毎日を送る。
だが正義の隠れ里に迎え入れられた後、技術開発班の人間と言葉を交わす機会を得て覚醒。
研究開発が出来ればもうどこでも良いという境地に至ったらしく、正気を取り戻して精力的に研究している。
悪の組織にいた頃の非人道的な実験をついついしそうになってしまうのが玉に瑕。
妹 緑香ちゃん
臙脂の妹で、父の後を継いで戦隊ヒーロー(グリーン)になることが確定している。
身分は女子高生。家業は秘密にして普通の女子高に通う女子高生。
身体能力を抑制する為、昔のバトル漫画おなじみのリストバンド型の重りとか付けて生活している。
幼い頃からヒーロー業や行方不明の兄探しで忙しい大人達に囲まれ、寂しい思いをしていた。
しかしそれで捻くれることなく、むしろ兄への同情と憧れを募らせていたようだ。
子供の多い里の中、自分だけが一人っ子状態だったので余計に兄への幻想が強い。
他人 萌黄さん
戦隊ヒーロー(イエロー)候補のお兄さん。
現時点でヒーロー候補に入っている若者層の中では年齢が上の方らしい。
幼い頃からカレーが好きに違いないというイメージを押し付けられ、むしろカレーが嫌いになった。
他人 ぴんくさん
戦隊ヒーロー(ピンク)候補の第三席に当たる巨乳美女。
控えめな態度ながら主張の激しい胸部装甲は多くの野郎を悩殺する。
そのお陰で逆に顔を覚えてもらえないということが多く、胸にさらしを巻いて生活しようか思案中。
【戦隊ヒーロー】について
世界中で神代の時代、人知及ばぬ高次生命体から各地の人間に変身アイテムと正義の味方という使命が与えられた。選ばれた各地の戦士は高次生命体を神と呼び、各地でヒーローとして活躍し、血を次代に繋いでいった。
国家間の正義も悪もない戦いなどに首を突っ込むことはなく、ただひたすらストイックに、自分達の判断基準で世界を脅かす『悪』と断じた者達と戦い続ける。
その血脈が現代にまで残っているか否かは各地によって事情が異なり、某大陸などは植民地支配を行う為に侵略してきた異民族にヒーロー達が立ち向かい、未知の武器と他大陸から持ち込まれた病原菌によって駆逐され、全滅してしまった例もあるらしい。
日本はその島国故の閉鎖性と、妙に協調性あふれる独自の文明文化によって現代まで血脈を繋いできたようだ。どこかの山奥に、ヒーローの血筋に連なる者達の隠れ里があるらしい。
ちなみにどこの地域のヒーローも、絶対にヒーローの跡は継げない(物理的に)と誰から見ても断言できるような余程の事情でもない限りはヒーローの子供や孫といった直系血族が次のヒーローに指名される。
【現役のヒーロー達(日本)】
レッド 赤星 夕子(45)
臙脂くんのお母さん。
現役ヒーローとして活動する間に二度の出産を乗り越えた猛者。
時間が空いた時は顔も見ずに別れることになった愛息を探してビラ配りをしていたらしい。
臙脂くんが所属していた悪の組織を潰した時に腰をやってしまい、急遽引退することに。
引き継ぎが済んだらローマ時代の某遺跡まで湯治に行く(長期滞在)予定を立てている。
グリーン 新橋 柏(48)
臙脂くんのお父さん。お母さんと姓が違うのは離婚したからではなく夫婦別姓を採用したから。
現役ヒーローとして活動する間に二度の出産を乗り越えた妻を支え続けた男。
時間を無理やり作っては、顔も見ずに別れた愛息を探して全国の電脳世界に痕跡を残さず不正侵入したり諸々したりしていたらしい。
腰をやってしまった妻に付き添って湯治に行く為、急遽ヒーロー業の引退を決意した。
ブルー 青桐 愛海(32)
暴力的ドSな性癖を隠さない困った大人のお姉さん。
故意か偶然か、戦闘訓練中に臙脂くんにキックくらわす確率が最も高い仲間。故意か偶然かはようとして知れない。
30歳を過ぎてから婚期に焦っているらしく、誰か男を紹介してくれないものかと良く溢している。
外見はキリッとした美人なお姉様だが、たぶん暴力的な面が透けて見えるせいで彼氏が出来ても長続きしない。
ピンク 桜庭 桃二郎(86)
現時点でのヒーロー最高戦力であるらしい、枯れ木のようなお爺さん。
「まだまだ現役じゃわい」「若いもんには負けんぞ」が口癖で、まだ後進に後を譲るつもりはないらしい。
ちょっと力を入れれば骨折しそうな外見の癖に、鬼の如きサブミッション使いである。
ちなみにぴんくさんのひいおじいちゃん。
イエロー 金城 獅子丸(45)
割と没個性ながら、余裕溢れる大人の包容力が眩しいダンディなオッサン。
幅広い年齢層の女性に地味にモテているらしい。
だが決まった女性は作らない主義らしく、常に複数人の女性と交際している上に長続きしない。
里の一定層以上の年齢に達した人々にとっては公然の秘密だが、どうやら少年の頃からレッドが好きすぎて他の女性と結婚できずこの年齢までずるずる来てしまっているらしい。
次のイエロー候補は彼の甥っ子に当たる。
パープル 紫村 すみれ(13)
現在のヒーロー最年少。若くして両親を失い、未成年ながらヒーローとして活動している。
だが本人は自分の強いられた道に疑問を持っており、唯々諾々と使命に従ってヒーロー活動をしながらも、心の奥底では自分を今の立場から解き放ってくれる『王子様』を心待ちにしている。
表情は死滅気味で無口だが、心の中はそんな夢見る乙女である。
近しい立場の臙脂くんのことがどうやら気になるようだ!
追記 割と妄想がたくましい。