ギャンブル
「——でその後はどうなったんだ」
「そりゃもちろん! 抵抗も虚しくボコボコに殺られてしまいましたよ!」
妙に足が細い椅子とテーブルに面と向かって座る二人。
一人はくたびれた黒いドレスを身に待とう、目も髪も金髪の美少女。
もう一人は漆黒の顔を持つ、紳士服を着込みシルクハットを被る男。
この二人の周囲には本が綺麗に棚に並べられ、……と思えば乱雑に床に置かれていたりと並び方は数あれど、見渡す限り本しかない。
「そんなに一方的だったのか?」
「そりゃそうでしょ。相手は刀を振りかざすだけの素人なんですから、遠距離攻撃を徹底されたら、ほぼ勝ち目なんか皆無ですよ」
「…………」
「それにしても、無機物貫通レーザーなんて一体どっからから持ち込んできたんでしょうね」
「お前に言いたいことがあるんだが……」
「何でしょうか?」
男の気の無い返事を聞き、少女は勢いよく立ち上がった。
「お前って奴は本っっっっ当に最低だな!!」
「うおっ!」
少女の大声に驚き、男は椅子ごと後ろに倒れこんでしまう。
「や、藪から棒に何ですか……」
「荒げたくもなるんだよ。このゲス野郎」
「ゲス野郎とはご挨拶ですね」
「なんであの二人に手を出して、滅茶苦茶に荒らしたんだ! お前さえ介入しなければ、ハッピーエンドだったんだぞ」
「ははは。やっぱり貴方は理想主義者なんですね。——では、言いますけどね。私から言わせれば、この『俺の彼女の死亡遊戯』のオリジンは途轍もなくつまらない話なんですよ。何をするでもなく、自分の愛した幼馴染が幽霊として自分の元に生き返り、それを楽しむ日常系……これの何が楽しいんですか?」
「日常系なんだから、それが普通だろ」
「いやいや。だから、読まれなくなり、こうやってゴミみたいにそこら辺に捨てられていたんですよ。誰も見ないなら、私が自由にしても良いじゃないですか」
男は立ち上がり、近くの本棚から適当に本を取り出し、パラパラと捲る。
「小説、漫画を問わず、ほぼ全ての作品には言葉が使われています。これを操作し物語を管理するのが、私——『無題』なんです」
「知ってるっての」
「しかし、この仕事……めちゃくちゃ暇なんですよ。昔は、アレコレと試行錯誤したんですが、今ではマニュアルができたんで、ほとんど自動化してしまって、やる事と言えば適当に『サイレント』供を駆除するだけの毎日。もっと私にはできる事があるのに——そこで思ったのが」
「自主的な物語への介入」
「その通り。出来るだけ人気のない作品を選び、手始めに設定を変更し、不知火佳世に『輪廻』を植え込みました」
「結果あんな化け物が誕生したわけだ」
「化け物とは失礼な。あれは成功例ですよ。平行世界から自分を召喚し、ある意味での無限再生するだけの存在……の筈だったんですよ、最初は。でも彼女は平行世界との干渉に成功し、不知火佳世という存在全てがネットワークを構築」
本を閉じ、無題はその横の本を開く。
「これによって学習した彼女は最適な肉体改造、本来あの世界には無い魔術の構築を可能にしたんです。流石は不知火家。私の想像を遥かに超えてくれましたよ」
「おかげで道成寺達海は悲惨な目に遭ってるけどな」
「私だってそこまで鬼じゃないですよ。だから、ハンデとして『聖血』、『絶』、『時渡りの眼』を与えたんじゃないですか」
「使いこなしてるのか? 相手は魔術の素人なんだぞ」
「問題はそこなんですよ。聖血は道成寺達海の祖先をでっち上げて生み出したんで、ある程度効果が見られるんですが……、彼は竹刀も握った事もないので、絶の方はまるでダメですね。それを補う為に時渡りの眼を与えたんですが、過去の自分に取り込まれて、暴走する始末。お陰で絶の性能を一割も発揮してはいない。これじゃ、勝利なんて夢のまた夢。はっきり言って失敗作ですよ、彼は」
「じゃあ、何故未だにお前は彼奴に手を貸したんだ」
「…………」
本を戻し、無題は再び椅子に座り直す。
そして、のっぺりした顔に不気味な笑顔を浮かび上がらせた。
「それが面白いからですよ。人間の作り出す作品は数あれど、主人公は逆境、苦難を何度も味わいながら、結局めでたしめでたしで話は終わるでしょ? そんな博打にもならないお話なんて飽き飽きなんですよ。良いですか? 所詮物語なんて人間の人間による人間の為の賛美歌なんですよ。だったら、私のやってる事は何も面白くも無い流れ作業も同然。ならば、この力を使い、最後の見通せない作品を作り出したかったんですよ」
「それ……おかしくないか? 道成寺達海はお前の意思で何度も物語を繰り返しているんだろ。だったら、不知火佳世に勝てるまでやり続けられるじゃないか」
「それもそうはいかないんですよ。彼という存在は本来物語一つにしか耐えられないように設計されている。無理が通るのも限りがあるんです」
「…………話は分かった。しかし、そうなるとお前にはまだ鬱陶しい奴らがいるじゃないか。そいつらはどうするんだ?」
「というと?」
「坂本麗奈に干渉してきた奴らだよ」
「ああ。別に良いんじゃないですか。私はあの野郎がやったようなネタバレは好みませんが、流れに準じて介入にしてくるのは別に構わないんですよ。それに腕一本切り落とすハメにはなったものの、まあこれはこれで興味深い展開になりそうなんでノータッチでいきたいと思います」
「腕を切り落とした?」
「——まあ、難しい話は置いといてですね。話ついでにこの物語の結末について賭けてみませんか?」
テーブルに突如として二枚の紙が出現する。
「右が道成寺達海。左が不知火佳世。どちらが最後に残ると思いますか?」
「…………」
しばらく少女は思案すると、右の紙を取る。
「やっぱりですか。面白みもないですね」
「お前にとってはな。というか、お前の楽しんでいる顔なんて見たくもない」
「じゃあ、私は不知火佳世を選択して、賭けは成立ですね。チップは勝った方が負けた方の願いを一つ聞く……と言う事でよろしいですね?」
「ああ」
「今言うのもなんですけど、本当に勝てると思っているんですか?」
「そうだ」
「その根拠は?」
「決まってるだろ……」
無題の問いに少女は、ハッキリとした口調で答える。
「それが物語って奴だからだ」




