永久決戦2
「親父よ、こんなとこ掃除しても意味あんのか?」
「本尊祀ってんだ。そんな無下にできるわけねえだろ」
アルバイトで本殿の掃除をしに来た俺は、中を見てがっかりしていた。
昔はよくここで遊んで、仲間内ではここにはとんでもないお宝がわんさかと入れられていると噂を聞いたもんだが、いざ入ってみればこざっぱりしたもんだ。
あるものといえば、一番奥に立て掛けてある木の棒切れしかない。
「こんなもん祀って何かをご利益でもあんのか?」
「誰かさんの名言にもあるだろ。信じるものは皆救われる」
「身も蓋もねえ……」
「ほら、ボヤボヤ言ってないで、さっさと片付けてくれ」
そう言って親父は棒切れを外に放り投げてしまう。
「おいおい!」
「ん? なんだ?」
「本尊ほっぽるんじゃねえよ!」
「ん〜〜……、高いならそうするだけどな。質屋に入れようとしたら、中が錆びてるらしくて、刀身が抜けなくて、それだけ買い取ってくれなかったんだよ」
「刀身? それ刀なのか?」
「ああ、でもこれっぽちも抜けないんだよ」
「ふーーん……」
そう言われると、抜いてみたくなる。
投げられた本尊を拾い、切れ目のところで左右の手で引いてみる。
「無駄無駄。いくらやっても抜けなか……」
カチッ
「った。……あれ?」
「抜け……たんだけど」
抜けた。おっかないので少ししか抜いてはいないが、どこも全く錆びていない。
それどころかすぐにでもなんでも切れそうなほどに刃こぼれも一切見られない。
「マジで!? ちょっ、貸してみろ」
鞘に収め、親父に渡すが、一ミリも動いてくれない。
「ぬ、くく……」
「なんで抜けないんだよ?」
「俺が聞きたいわ!」
しばらくしても結果は同じ。
全く歯が立たない。
「…………やる」
「ちょ、ちょっと待て! そんなあっさり……」
「だったら、ここに置いといてやるから、使う機会があれば、勝手に持ってけ」
「あるわけないだろ!!」
「いや、ある時はあるから。世の中おっかないし」
「だとしても、絶対に使うわけねえよ!」
「まあ、いいや。こいつに懐かれたんだろ。名前は『絶』。昔、妖怪退治に使われてたとか、なんとか……とにかくなんか色んな化け物斬ったらしいぞ」
「うわ……。パチもん臭しかしねえ」
そんな胡散臭い教えを今日まで伝えてきた先祖にちょっと引いてしまう。
どんだけ厨二病だったんだよ。
「…………ん?」
「どうした?」
「それだけって言ってたけどよ。もしかして、ウチにもこういった宝物っぽい奴って他にもあんのか?」
「あーー。あったけど、全部売っちまったな。結構良い値段付いたから、多分本物だったんだろうな」
「売った金は?」
「パチンコでスった」
「殺す!!!!」
先祖と俺の怒りを晴らすべく、お袋直伝の喧嘩殺法が火を吹いた。
………………。
まさか、使う事になるとはこの時は思ってなかったよ、本当に……
***
「そんなっ、頼りなさそうな刀一本でっ、私を殺せるっ、とでも思ってんの!?」
疾風が如く達海に詰め寄り、拳を叩き込む佳世。
「が……っ!」
初手はなんとか回避できたが、後に続く三発は揃って腹部に直撃。
なんとか気を失わず、右手の絶を振るう達海だが。
「はっ!」
それを容易く躱されてしまい、距離を取られてしまう。
「あのさ〜〜、達海〜〜。そんなんじゃ私に一太刀も入れられないよ」
「分かってるつーーの……」
挑発されても、返す言葉が無い。
正に佳世が言う通りなのだから。
佳世の身体能力は常人の達海を軽く上回っており、対して達海の武装は頼りない刀一本。
分は絶対的に佳世の方にあると言っていいが、不安要素が一つ。
(あの刀……嫌な感じがする)
刃物なのだから、触れたらタダでは済まないのは当たり前だが、それだけでは無い。
まるで、佳世という存在自体を拒絶しているかの様だ。
「まあ、受けなきゃ良いだけの話なんだけどね」
佳世は寺に敷き詰められている玉砂利一つを拾い、
「えいっ」
投げる。
軽く投球された筈の砂利だが、その速度は弾丸のそれに近い。
「ちぃぃ!」
全速力で逃げる達海。
「まだまだ行くよぉ」
次々と砂利を投げるが、佳世もそこまで正確には狙えない。
しかし、弾幕としては有効。
この中を佳世に接近するのは、至難の技だ。
達海の逃げる先には、本殿。
その裏に隠れ、凌ぐつもりなのだろうか。
だが……
「が……っ!」
左足首に被弾。
弾みで倒れこむものの、なんとか本殿の陰に隠れられることに成功する。
「悪足掻きしちゃって」
砂利を何発か撃ち込むが、上のボロは崩せても、下の土台はしっかりとした作りなのかいくら被弾しても破壊することは敵わない。
仕方無しに、佳世も達海の後を追う。
そこに情けなく足を抑えながら、倒れている達海を想像していたのだが。
「——あれ?」
達海がいない。
逃げたのか……いや、足に傷を負ったのだ。
そんな俊敏に逃げる事は出来ない筈。
それに裏には道に続く通路も無い。
「一体、どこに……」
辺りを見回すが、やはり姿は見えない。
茂みにでも隠れているのかと、近付こうとした時だった。
「ん?」
足に違和感を感じたと同時に倒れ込んでしまう。
「——え? どうし……」
驚愕と同時に目に入り込んできたのは、切断された自分の両足が血を撒き散らしている光景だった。
***
少し傷付けるだけのつもりだったのに。
そう達海は考えていた。
本殿の土台の隙間に隠れ、機会を伺っていた所、ちょうど良く佳世の足が見えた。
痛みを感じさせ、戦意を喪失させる作戦だったにも関わらず、佳世に軽く触れただけで絶はまるで抵抗無く両足とも切断させてしまう。
「あ、ああ……」
自分でやったこととはいえ、余りにも酷すぎる。
体が小刻みに震え、感情の高ぶりが止まらない。
「……頼む。夢であっt」
「ふざけんじゃねえぞ、このど畜生が」
「え?」
胸ぐらを掴まれたかと思うと、一気に外に引きずり出される。
「て、てめえ。ふざけんじゃねえぞ! どうしてくれんだよ!」
「が……っ!」
右腕で達海を釣り上げてた佳世は、激情に顔を歪めながら、達海を睨みつけてくる。
「ちょっとはやるとは思ってたが、ここまでやる奴だとは思ってなかったよ! もう手加減なしだ!」
空いていた左手も胸ぐらを掴み、地面に叩きつけ首を圧迫する。
「う……っ」
一気に酸欠状態に追い込まれる達海。
「ま〜〜だまだ楽に死ねると思うなよぉぉ!」
佳世は膝立ちになり、達海を持ち上げ、……落とす。
それを何度も繰り返される。
「あははははははははははは! 頭からしゅごい音なったね! 大丈夫!? な訳ないよね! そのままスイカみたいに頭蓋骨からピンクのお汁ピュッピュ出しましょーーね!! 達海ちゃん!!」
頭から尋常ではない血液が流れるが、それでも佳世は止める気配がない。
既に気を失った達海はもう佳世のされるままとなってしまう。
***
「——どこだ、ここ?」
どこまでも平原が続く漆黒の世界の中で、俺は一人寂しく佇んでいた。
そういえば、さっきまで何してたんだっけ?
すんごいめんど臭いことをしている様な気がするんだが……まあ、いいや。
さて、ここに居ても致し方ない。歩いてみるか。
「……何にも無いな」
しかし、歩けども歩けども、どこにも着きはしない。
永遠と続く地は開放感もなく、ただ俺の精神を圧迫してくる。
「う、うう……」
どこからともなく咽び泣く声がしてきた。
なんでもいい。一人に耐えられない俺はその声のする方へと歩を進める。
「う、うう……」
声のする方角は分かっても、こう視覚に頼れない状況だと人を探すのも一苦労だ。
「う、うう……」
「——やっと見つけた」
しゃがみこみ、嗚咽を混じらせながら悲しみを匂わせる泣き声。
体形的に見て男だろうか。
鬱陶しく感じるが、取り敢えず話しかけてみる。
「おーーい」
「っく、ああ……」
「おーーいって」
「すっ、うう……」
だが、いくら声を掛けても反応は無い。
次第に苛立ちを覚えてくる。
「良い加減にしろ! 俺の声が聞こえないのか!?」
「……聞こえているに決まっているだろ」
強引にこちらを向かせた男は『達海』——俺の顔にそっくりだった。
『達海』は俺を蔑むんだ様な声色で語り始める。
「俺たちは失敗した。佳世を救えず、助けられず逃げた負け犬だ。だから、ここにずっと閉じこもっている。だが、お前にはまだチャンスがある。機会がある。だが、何も知らない、気付かないお前が成し遂げられるわけが無い。だから、その目を、歯を、耳を、手を、足を、魂を寄越せ。寄越せ。……寄越せぇぇぇぇぇぇーー!!」
『達海』は俺の腕を握り締められたかと思うと、その肉を齧り始めた。
「ひっ……! 離せ! 離せぇぇぇーー!!」
齧られる痛みに堪らず、俺は『達海』に蹴りを入れ、強引に引き剥がす。
「お前には何も出来ない。俺がもっと良い方へと物語を終わらせる。俺に寄越せ」
「だったら、俺にも寄越せ」「だったら、俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」「俺にも」
漆黒の世界から無数の『達海』が俺に組みついてきて、その肉、内蔵、骨を剥ぎ、食し、舐め回してくる。
やめろ……。やめろやめろやめろ! 俺を犯すな。俺を飲み込むな。それ以上取られると、俺は……
***
「ねえーー。もう終わり〜〜?」
血塗れの達海は力無く地べたに横たわらされている。
それに艶かしい視線を向ける佳世。
斬られた両足ともいつの間にか綺麗に繋がっており、不自由もなく動かしている。
「いつになったら、起きてくれるのかな〜〜?」
「…………」
甘い声で囁くが、達海は一向に声も上げず、ピクリとも動かない。
「——ああ、そう。もう楽しめないか。じゃあ……さよなら」
右足を限界まで上げ……一気に落とす。
その先には達海の頭部。
そのまま踏み付けられれば、骨すらも形を残さない……筈なのだが。
「——何?」
風を切る音が聞こえたかと思うと、肩から紅血が噴き出した。
「は!?」
刹那の時、判断が遅れる。
足元を確認すると、右足の人差し指から先が喪失。
そして、その切り傷は体を登って足先から肩までが鮮やかに断ち切られている。
一体、何が起こったのだと焦りを感じたと同時に、それまで気絶していた達海が地面から跳ね起きてきた。
「——っ!」
躊躇なく振りかざしてきた絶を後退し、僅かに首に切り傷を負うものの何とか回避する。
「お、惜しかったわね、達海。不意を打ったつもりだろうけど、あともうちょとととと!」
視界が後ろの景色が上下反転して映る。
首を落とされたのだと知覚し、咄嗟に両腕で落ちていく首を拾い、元の位置に戻す……が。
「!!」
顔面に向けた放った達海の蹴りが見事に決まり、回復しかけていた血管がブチブチと音を立てながら千切れてしまい、佳世の首が遠くへと飛んでいっていく。
だが、それでも佳世は止まらない。残った肢体が達海に左拳を向けてくる。
「「「——シッ!」」」
それを意に介さずに、絶を振るう。
先ず向かってきた拳を腕ごと斬り落とし、一回転して首の切断面から真っ直ぐ股間まで刀を通す。
「…………」
「…………」
そこまでして佳世は動きを停止させた。
真っ二つになって見えた体内では、先ほど食べて胃液で溶けかけている黄色の焼きそばが胃袋ごとデロリと外へと溢れる。
まだ死んだことすらも気付いていない心臓が、必死に動きはしているものの、時間が経過する毎に、徐々に動きを沈める。
「「「はーー……」」」
それを見届け、浅い溜息を吐く。
生命活動が終わったのだ。幾ら霊体といえどもここからの起死回生の一手があるとも思えない。
終わりだ。明けないと思われた夜明けにようやく朝日が——
「試験体4444ノ活動停止ヲ確認。——『輪廻』起動」
「「「!!」」」
声がする先には飛ばした佳世の首が何かをブツブツと呟いている。
「「「ちっ!」」」
絶を投擲し、佳世の眉間に刺さるが、それでも口は止まらない。
「障害ハ日本刀所持。特殊ナ能力ヲ有スル模様。解析不明。ヨッテ、試験体3984ノ使用ヲ提案。——承認ヲ受諾。コレヨリ試験体4444ヲ媒介ニ試験体3984ノ召喚ヲ開始」
佳世の首、肢体を中心とした円形の文様が発生し、周囲にバチバチと紫電を走らせる。
佳世を蹴ったり放り投げても、文様が増えるだけで止まる気配は一向に無い。
次第に、地面に佳世が吸収されていく。
阻止することは叶わないと判断した達海は、絶を回収して距離を取り、変化の終わりを待つ。
「召喚完了マデ3、2、——」
最後に声を発していた首が消える。
ばら撒かれていた紫電が文様の中心に集まっていき、何かを引っ張りあげてくる。
体格はトカゲのよう。
鉄のような鈍い銀色をし、目は無いが、口内に人間と同じような歯があり、全身に唇のような気持ちの悪い窪みをいくつも見せる。
「KyeeeeeeeeeeeeeeeeeYaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa———————!!」
不気味な化け物は呱々の声をあげると共に達海を襲い始めた。




