永久決戦
「ほら、急げって」
「ちょっと待ってよ。綿あめ食べたいんだけど」
俺は佳世の腕を引っ張りながら、小走りに上り坂を登っていく。
佳世はようやく買えた綿あめを大事そうに握りしめているが、移動しながら食べられないのか、恨めしそうにこちらを睨みつけてくる。
「そんなに急かしてどこに行くの?」
街の祭りは坂の下に集中していてので、ここら辺に店の一軒も立っていない。
祭りも、もうじき終わりを迎えようとしていというのに、まだまだ下からは喧騒が聞こえる。
しかし、ここは街灯も少ないので明かりも頼りない。
「ほら着いたぞ」
「ああ、ここ」
連れて来たのは道成寺。
明かりも無い寂れたそこへ入り、本殿の階段に二人揃って腰を掛ける。
「でも、なんでここに来たの?」
「その綿あめ食べて、もう少し待てって」
「教えてくれたって、別に良いじゃん……」
ボヤきながら、綿あめを食べようと口を開くが、佳世はそのまま止まってしまう。
「……これってどうやって食べるの?」
「いや、普通に食べればいいだろ」
「口の周りとかベッタリとかしない?」
「焼きそばで口の周り青のりとソースまみれにしてたお前が言うか?」
何故に綿あめだけこんなに繊細なんだよ。
さっきの焼きそばだって俺が口を拭いてやらなきゃそのままだったくせに。
「だったら、こうやって食べればいいだろ」
親指、人差し指で綿あめを千切る。
「ほら」
「えーーと……。食べろって」
「お前以外誰がいるんだよ」
「…………」
パクッ
「……美味しい」
「それは良かった」
「けど、やっぱり恥ずかしいね、これ」
佳世はそう言って、少し顔を赤らめている。
「お好み焼きでやったことよりマシだろ」
…………。
「おかわり」
「えっ……」
まさかのおかわり。
食べるのも恥ずかしいだろうが、食べさせる方も恥ずかしいんだぞ。
「恥ずかしいんじゃねえのかよ?」
「でも、なんか嬉しいから。ほら、おかわり頂戴」
口を開け、早く寄こせと催促してくる。
「——ほら」
「ありがと」
何度も口に運んでやるが、自然と指が柔らかい唇に当たってしまう。
……なんだ、この背徳感は。
「ほら、たっくんお返し」
そう言って、佳世は俺と同じように綿あめを千切って差し出してくる。
「……ありがとよ」
昔に食べて以来だからなんとも懐かしい。
口に入れた瞬間に消え、口の中に甘さが広がっていく。
量があるように見える綿あめだが、ほとんど空気なので、二人がかりで食べると直ぐに完食してしまう。
「ねえ。まだなのーー?」
食べる物が無くなると、またぐずりだしてくる。
お前はもうすこし辛抱というモノをしてもいいんじゃないか?
「もう始まるって……。あっ、ほら見てみろ」
「え?」
ヒューーーー……
祭り開催場所より奥——海の方で空に向かって何かがユラユラと登っていく。
そして……
ドーーーーン!!
漆黒に一輪の赤い花が咲き、一瞬にして散ってしまう。
しかし、それで終わりじゃない。
次から次へと、打ち上がっては消えていく。
「花火……」
「ここは穴場なんだ。昔見つけてからずっとここに来てるんだよ。どうだ? 綺麗だろ?」
「うん、凄く……」
勢いは止まらない。続々と花火が発射されていく。
種類も一つだけじゃない。丸かったり、垂れた下がってり、時間差で小さい花火が表れるたり……
それが30分ぐらい続く。
過ぎてしまえば、さっきまでの轟音が嘘のように辺りは静寂に包まれてしまい、寂しさが感じる。
「……綺麗だったね」
「そうだな」
「あんなたくさんの花火が打ち上がるの初めて見たよ」
「そうか」
「花火って良いよね。一瞬で消えちゃうのに、あんなに綺麗で、みんな大好きなんだよね」
「そうだな」
「私もそんな生き方だったのかな?」
「…………」
「ねえ、たっくんはもう気づいてるんでしょ? 私がたっくんの所に会いに来た理由」
「…………ああ」
言いたくない。
「お前が俺に会いに来たのは……」
頼む。間違っていてくれ。
「俺に殺してもらいたいからだろ」
「……なんだ。やっぱり知ってんじゃん」
俺の答えをすんなりと認めてしまう佳世。
その返事が胸に刺さる。
違うと言って欲しかった。アホじゃないのと笑って欲しかった。
「——なんでだよ。なんで生きたいって思わないんだよ」
分かりきっている答えを俺はまた認めたくない余り、聞いてしまう。
「私もね、本当はみんなと一緒にお話ししたかった。遊びたかった。たっくんと生きている間にデートしたかった。……だけどね、やっぱり私の家はそれを一切許してくれなかった。そんな事を言うと、更に厳しくされた。だからね、私は自分で死を選んだ」
今まで耐えていたものを解放するかのように佳世は言葉を紡いでいく。
「だけど死んで良かった。たっくんとはまた仲良くなったし。一緒に遊べた。今までできなかったゲームや、漫画を読む事が出来た。楽しかったな……。でも、私は満足できなかった。ずっと一緒に居たいのは本当だよ。だけどね、どうしても……どうしてもたっくんに殺して欲しいんだよ。なんでかな?」
「——約束しただろ」
「え?」
「あんとき……ここで昔、遊んでいた時に約束したじゃねえか」
「そうだったけ?」
「そうだよ」
あの時、風呂で溺れた時の夢の続きを思い出していた。
ちょうど、親父の釣りを断った時のことだ。
なんでかは分からないが、あの時から妙な気分が続いている。
「……ごめん」
「なんでたっくんが謝るの?」
「俺が……もっとお前を気遣ってやれれば……」
「たっくんが悪いわけじゃないよ」
「だけど……」
「良いの。さっきも言った通り、私はこの体になって後悔はしていない。けど……、お願い……。私を殺して」
必死に俺に佳世は詰まりそうな声でそう懇願してくる。
無理だ。出来ない。
「な、何ももう死ぬ必要もないだろ。だって……その辛い家族とは離れられたんだからさ」
「それもそうじゃないの。この体になってから、自分の意志からかけ離れた行動を何度もしているの。もう……無理だよ。たっくんとはもういられないの……」
もっと一緒にいたい。遊びたい。やりたい事はまだ山ほどあるんだよ……。
声が出ない俺は頭を横に振り、出来ないと伝える。
「やって。じゃないと……、また……」
佳世の声色が悲嘆に暮れるものから徐々に甘ったるいものに変わっていく。
「殺したくなっちゃうじゃない♪」
気付いた時には、後方へと吹っ飛んでいた。
腹に鈍痛が響き、目の前が霞む。
そこでようやく俺は佳世になんらかの攻撃が加えられたんだと理解する。
本殿のボロ扉にぶつかるが、それでも衝撃は止められない。
扉を損壊させて、そのまま中へと突入する。
「ぶっ……ゴホッ、ゴホッ」
埃が舞い上がり、咳き込んでしまうが、そんな事をしている場合じゃない。
霞む目を擦り、見えた先の光景に驚愕する。
「ふふふ……」
「お前……佳世なのか」
いつぞやの夜のように、佳世の姿は人間のそれとは異なっている。
ウネウネと宙を舞う銀髪、眼には血が混じっているかのように赤黒く、獰猛な笑みを浮かべている。
「あははっはははーー!! やっぱりやっぱりやっぱり! 殺したくないわよね! 殺せるわけないわよね! だったら、私がこっちに引きずり込むしかないわよね! だからさ、達海。大人しく……死んじゃおうよ」
ゆっくりとこちらと距離を詰めてくる。
この状況は正に袋の鼠と呼ぶべきだろう。
小さな本殿に俺が隠れられる場所も無く、外に出る手段はさっき壊した扉一つ。
……しかし、何もできないわけじゃ無い。
できないわけじゃ無いが……。
「……考え直してくれないか? 俺がなんとかしてやるって。だから、……だから、もうこんな事が止めよう。俺は……もっとお前と一緒にいたいんだよ……」
こんなことになって、ようやく俺は本心をやっと口に出せた。
嘘じゃない。それ以上何もいらない。望まない。
だが、佳世は呆れたように目を細める。
「なんとかって何? もういい加減、夢物語は飽き飽き。出来もしない事を次から次へとゴチャゴチャゴチャゴチャと」
相当苛立っているようだ。
こうなってはもう交渉の余地はないんだろうな……もう。
「そうか……。無理……か。だったら、仕方ねえ」
もうこの手しか無いか……。
奥の角にポツンと傾けたれている木の棒に手を掛ける。
今は緊急事態なんだ。
天罰とか勘弁してくれよな。
「何々! 少しでも抵抗とかしてくれんの!? やっぱり、そうこなきゃなつまんないもん……ねっ!」
既に俺と佳世との距離は目と鼻の先。
固められた拳を叩き込もうとしている。
俺はその前に盾代わりに胸の前で木棒を構えた。
「は! そんな細長い木の棒で防ぎきれると……」
思わねえよ。……普通ならな。
だが、木棒は見事にそれを防ぎきる。
「なっ……!」
しかし勢いだけは殺しきれないので、握りしめた木棒ごと俺はまた後ろにぶっ飛ばされ、壁に大穴が開いてしまう。
ありゃ、もう修復できそうも無いな。
悪い、親父。弁償はするから。
再び外に出た俺は地面を転がってようやく止まる。
「っ……」
あちこちの肌が擦りむけて、地味に痛む。
「何それ!? なんでそんなヤワそうなのに……」
「これは寺の本尊だ。そんなに簡単にやられるわけねえだろ。それに木の棒じゃねえ」
本尊を両手で握り、右手を滑らし、一気に中身を引き抜く。
中から出てきたのは銀色に輝く日本刀。
刃紋は火のように、揺らめき、刀身は想像よりも細長く、弱々しい印象を抱かせる。
しかし、これしかない。これでしか佳世を救えない。
「こいつの名は『絶』。親父が唯一質屋に持っていけなかった刀だ」




