実弾行使も止むを得ない
「つーー……」
麗姉に殴られて、数十分。
ようやく痛みが和らいだ俺は、再び佳世の捜索を再開した。
「なんで殴られたんだよ……」
歩きながらさっき言われた事を思い返す。
俺をぶん殴る。それじゃなきゃ気が済まない。これで貸し借りなしだ……。
いやいや、ファミレス以降全く会ってないんだから、そもそも怒らせる訳もないじゃん。
「…………」
だけど、なんでだろうな。
殴られたはずなのに、麗姉に怒りを覚える事はない。
「はあ……」
まあ、麗姉がいないんだから、いくら気にかけてもどうにもならないんだけどな……。
「たっくん! どこ行っていたの!?」
俺の面前から学生服の女が人混みを器用に避けつつ、こちらに走ってくる。
「思い返せばお金持ってないし。人には無視されるし。たっくんがいなくてとっても困ったんだよ」
「…………」
「どうしたの?」
ジッと見つめると、俺は佳世の両頬を抓り、引っ張る。
「ら、らにすんろ、らっくん!? いらい! いらいって!!」
「お前には罪は無いような気がするが。すまん。八つ当たりだ」
ウニウニと捻りを加えてみたり、伸ばしたりする。
五分程で気が済み、解放してやる。
「うう……」
赤みを帯びた頬を押さえる佳世。
「何でこんな事したの、たっくん!?」
「すまん。お前がどっかに行方不明になった事で、俺は謂れのない罪で罰せられたかと思うと、やらずに入られたかったんだよ」
「?」
「まあ、これでおあいこだ。俺を探してたって事はやりたいものが見つかったんだろ? もう、混み始めてるからな。急ぐぞ」
「え、あ、うん……」
***
「これ!昔からやってみたかったんだ!」
「射的か……」
出店の射的と想像すると真っ先に思い浮かぶ、棚に置かれた商品をコルク銃で撃ち落とす方式のあれだ。
「いらっしゃい、兄ちゃん! 良い物とっててくれよ!」
テンションの高いタンクトップの中年に、俺は500円を払うと12発のコルクが渡される
懐かしい。これでお袋がBS2とってくれたんだったな。
でも、それ以来何度もチャレンジしたが、ゲーム機なんか全く取れないんだよな……。
まあ素人だし、店もそうそう高い商品を譲りたくは無いだろうから、重心をずらすなりなんなりして、落ちづらくはしているんだろうし。
「何狙ってるんだ、お前?」
「あれ」
「あれ……って」
佳世が指差す商品は一番上の棚に置かれている一番でかい箱、BS4。
坂本の家にあるのと同じ最新ゲーム機だ。
「いくらなんでもあれは落ちねえだろ。もっと他に……あの下の人形とかどうだ?」
「たっくん、たった12発しか無いんだよ? だったら、それ全部を夢につぎ込んだほうが良いとは思わない?」
「急に男らしい事言うんじゃねえよ。こちとら、もう何度これに金を出したかわからねえぐらいにやってるのに、一度も落ちた試しがねえんだぞ」
「やるは一時の恥。やらぬは一生の恥っていうし。お願いしますよ」
「名言を改造すんじゃねえよ。でも……分かったよ」
これはあくまで俺自身が取りたいから狙うのであって、女子から上目遣いでお願いされて心臓を撃ち抜かれて、無意識に返事をしたわけでは無い。絶対に無い。
「…………」
パンッ
1発目。発砲時の衝撃に耐えられずに、狙いが逸れる。
「…………」
パンッ
2発目。当たりはしたが、特に動きもしない。
……………………。
「やっぱりダメだったか」
以降の結果は同じ。全く揺れもせず、結果は惨敗。
貴重な小遣いを無駄にしちまったよ……。
「残念だったな、兄ちゃん。ほら、残念賞のラムネ」
渡されたのは可愛らしいリスが描かれたパッケージに入れられたラムネ菓子一袋。割に合わん。
「…………」
「どうした、佳世?」
さっきから会話も銃も撃ちもせず、ずっと射的の商品を眺めている。
そんなに欲しかったのだろうか?
「おかしくない? さっきの」
「おかしいって……。そりゃなんか重石を乗せたりはしてるだろ。あんなに高い物なんだし」
「ううん。きっとそれだけじゃない。ねえ、もう一回やってみて」
「ええ……」
「お願い。もう一回やったら、きっと……」
「おお、達海〜〜。幻冬見なかった? あいつまた私から逃げやがってよ〜〜」
声がする方向には、顔がこれでもかと赤くしたお袋。
左手に缶ビールヨロヨロと千鳥足で、こちらに歩いてくる。
流石に外なので上には黒いタンクトップ、下には短めのジーパンを履いている。
「平常時なら、嫌気が指すが。……お袋よ、ここの射的やってかないか?」
「射的……ね」
「い、いらっしゃい」
何故に店主の顔が引きつってるんだ?
「——久しぶりにやってみるか。達海持ちで」
「なんでだよ……」
「あんたが誘ったんだろ。それに今の私は金がない」
今はそんなことでとやかく言っても致し方ない。
店主に500円を払い、再びコルクを貰う。
「で、お前はどれ狙ったんだ?」
「あの一番上のゲーム機だよ」
「ふーーん……」
店主の青い顔とは裏腹に、お袋の口元がつり上がり、下卑た笑みが浮かべている。
何がそんなに可笑しいんだ?
狙いを定め、先ほどの商品に狙いを定めるお袋は、流石に仕事柄銃の扱いに慣れているためか、その姿が様になっている。
銃の尻を肩に押し付け……
「ん?」
おかしくないか?
いや、だって……
コルク銃ってそんなに威力が無く、かつ安定して弾が飛ぶものでもなし。
だから、こういう時は腕いっぱいに伸ばして撃つのが正攻法じゃないのか?
というか、銃の尻部分長くね?
それじゃ、まるで猟じゅ……
バッッッッッッッッッキュン!!!
雷でも降ってきたのではないかと錯覚を覚えるほどの発砲音が響き渡り、当たった為なのか、それとも衝撃なのかBS4の箱は前に倒れこんで、落ちてきた。
「…………」
「よし、ゲット」
「よし、ゲットじゃねえよ!!」
「なんだよ。せっかく取ってやったのに」
「こんな街中でマジもんの銃をぶっ放す馬鹿が何処にいるんだよ!」
店主と店の周りを歩いていた人間の全員揃って尻餅をついて、耳を押さえている。
すいません。せめて、鼓膜が破れてなければいいんですが……。
「まあ、何にしても取ったもんは取ったもんだ。親父、さっさとそれ寄こしな」
「ふ、ふざけんじゃねえよ! うちの銃で取ったもんじゃねえんだから、なしに決まってんだろうが!」
真っ先に銃の衝撃から復活した店主は真っ当な言い分を主張するが、そもそもそれが間違いだ。
口問答はお袋の独壇場。そこに自分から身を移した時点で店主の哀れな結末が俺には見えていた。
「まあ、あんたんとこの銃で取れればの話だがな」
「はあ! 変な言い訳は止めて……」
「前は中のバネがわざと弱めていても、多めに見てやったが、今回のは頂けねえよ。目の錯覚を利用して、見えないように後ろに板置き、接着剤でくっつけてるんだかな。そりゃ、絶対に落ちねえだろうな」
「!!」
「別にこれをそこら辺ウロついてるポリ公に告げ口しても私は良いんだけどさ」
「分かった! 分かったから! ほら、持ってけ!」
ごめんなさい、店主。
でも、今回は自業自得らしいんで勘弁してください。
何はともあれ、欲しいものが手に入ったのだ。
後ろでは、お袋の鮮やかな強奪劇に佳世が拍手をしてるではないか。
まあ、俺も嬉しい。何せゲームなんか今、家族でやるのなんて俺……と佳世しかいない。
だから、自然と自分のものになるんだから。
「ほら、取ってやったぞ。持って——」
乱暴にBS4を俺に投げようとするお袋。
それを受け止める体勢を整えた時だった。
「よお、達海。やっぱお前も来てたのか?」
とてもよく知った声が人混みから聞こえる。
そして姿を現したのは、お袋が探していた愛しの夫。
「…………」
「…………」
これを運命の再会と言うべきか、はたまた悪魔に見初められてしまったと考えるべきかは、互いに違うだろうが、俺が今やれる事は後ろに3歩下がり、出来るだけ起きるであろう嵐に巻き込まれないようにすることだけだった。
「…………」
「…………」
親父の顔色は徐々に青く、お袋は桃色に染まっていく。
ダッ!
最初に動き出したのは親父。
進んできた道をそのまま猛ダッシュで戻っていき、それに続けと、お袋も走っていく。
「これって運命よね! そうよね! きっとそうなんだわ!」
「違う! そんな運命俺は信じない!」
あっという間に消えていく二人。
仲睦まじいのは何とも良いことで。
しかし、渡される筈だったBS4はその道ずれとなってしまい、そのまま連れて行かれてしまった。
多分綺麗なままで戻ってはこれまい。
「結局1000円の損失……」
「まあまあ」
取れた……というより、取ってもらったわけだが……。
せめて使えるだけの状態で我が元に来るのを望むことしか今の俺にはできなかった。
***
綿あめが食べたい! との佳世のオーダーに答えるべく俺たちは再び食事エリアに戻って来たのだが、なんせ店が乱立していので、探すだけで大変だ。
このパンフレット役に立っているのか、いるのやら……。
「それになんでこんなに店がダブってんのに、綿あめだけ一軒も見つけらんないんだよ……」
「ふぃふぁふぁなふぃよ。こんふぁにふぃろいんふぁふぁら」
「いや、だけど——って」
モグモグモグモグ
後ろを振り返ってみると、佳世が焼きそばをその手に持ち、頬張っている。
「おい、それどうしたんだよ?」
「そふぁふぉおふぃふぇで」
「飲み込んでから話せ!」
モグモグ……ゴクン
「そこのお店で」
「金は?」
「はい、これ返す」
「…………」
そう言って渡してきたのは、茶色の財布。
俺のと似ている。
というか——
「俺の財布じゃねえか! いつ取ったんだよ!?」
「ダメだよ、たっくん。尻ポケットに突っ込んでちゃ。こんな所じゃすぐにすられちゃうよ」
「まさか幼馴染にされるとは夢にも思わねえよ」
怖っ! うちの幼馴染めっちゃ怖っ!
ズズッ、モグモグ……
俺がちょっと引いてるにも関わらず、佳世は無心で焼きそばを口に運んでいく。
まあ、こういう所で食べる焼きそば美味いもんな。
…………。
「佳世、一口……」
「ごちそうさま」
「早っ! さっき迄結構残ってたよな!?」
「美味しいから」
「理由になってねえ!」
何だよ……。俺の金なんだから、一口くらいくれても良いじゃねえか……。
「なにブスくれてんの?」
「別に……」
「そんなにいじけてないで、お好み焼き食べない?」
「いいって……。二軒同時に探すの面倒いし……」
「いや、ここにあるんだけど」
「は?」
佳世の手には新たなお好み焼きのパックが握られている。
まだ開封されてなく、ゴムがかけられ、上には割り箸が挟み込まれている。
「——何それ?」
「だから、お好み……」
「どうしてさっきまで無かった物がここにあるのか聞いてんだよ!」
「はい財布」
「また、すったのかよ!」
今度は胸ポケットに閉まっていた筈なのに、どうやって取られたんだよ。
「ほら、どうぞ」
「……どうも」
どうあれ俺の為に買ってきてくれたんだから、悪い気はしない。
佳世からお好み焼きを快く受け取る。
「うわ。これ出来立てじゃねえか……」
ゴムを外すと、中から湯気が顔に立ち込めてくる。
出来たものをそのまま店の前に置いたんだろう。
これはヤバイ。少し、冷ましてから食べた方がいい。でなければ口内が大やけど……、と普通は考えるんだろうが、既に俺の空腹具合は小腹程度で済んではいない。
ソースの香りを嗅ぎながら、目の前でお預けに耐えられる訳もなく、俺は割り箸でお好み焼きを切って、口に運んでしまったのだ。
「熱っ!」
うん。分かってたよ。こうなる事は。
「もう、何やってるの……。ほら貸して」
「ちょっ! 返せ!」
貸してとか言って、全部食べるつもりなんだろ!
俺の手から強引に奪うと、パックを開くと、一部を切り取って、
ふーーっ、ふーーっ
息を吹きかける。
「はい」
「…………え?」
「冷ましてから、はいどうぞ」
「…………え?」
「はいどうぞって言ってんじゃん。ほら、食べて」
「ちょ、ちょちょ……」
口に押し込まれたお混み焼きは程よく冷まされて、とても美味い。
しかし——
「めちゃ恥ずかしい……」
「何恥ずかしがってんの? 早く食べないと、綿あめ食べられないじゃん。ほら」
そう言って、また口に押し込んでくる。
この時ほど、佳世が幽霊で良かったと思った事はない。
もし、知り合いにこれを見られたら、悶え苦しむだけは済まなそうだからな。




