祭り
「ねえ、ねえ。まだ行かないの?」
「…………」
「早く行かないと、終わっちゃうんじゃない?」
「…………」
「なんで、そんなにゆったりしてんの? アホなの? 死ぬの?」
「うるせえよ! ここしっかり読め!」
俺は手に持っていたビラを佳世の眼前に突き出して、下部分を指を指す。
「祭りは7時開始! 今、何時!」
「6時半……です」
「何? お前は祭りの準備してるのを見に行きたいの?」
「いいえ……」
「少しは落ち着きなさい」
「……はい」
今日は町の祭り当日。
周囲四つの町で持ち回りで行われるのが特徴で、今年はうちの町が担当する。
合同で開催するだけあり、一年を通して一番盛り上がる催し物だ。
なので、佳世が気持ちを急かす気持ちはとても分かる。
暑い中、俺が唯一自主的に外に出ようとする日でもあるしな。
だからと言って、さっきのやり取りを俺が覚えているだけで5回以上されているので、目の前のゲームにすら集中することができない。
ぶっちゃけウザい。
「なんで、そんなに今日は聞き分けがねえんだよ?」
「だって……」
「行ったことないのか?」
「うん。夏休みなんて遊んだ記憶なんてないもん」
そういえば俺も佳世と夏休み中、一緒に遊んだ覚えがない。
「……そうか。でも、そんな急がなくても祭りは逃げないから、落ち着いて待てよ」
「——うん!」
それにしても夏休みに祭りに顔出せないなんて、どんだけ忙しかったんだよ。
しかし、祭りに出たことがないのなら、今回は思う存分楽しませてやらなきゃな。
***
「すごい……。こんなに出店が出てるんだね」
「まあ、かなりの数ダブってるけどな」
開始時刻と同時に弾丸のように家を飛び出した佳世に引っ張られ、俺は町の祭りに出向いた。
いつもは潰れた店が立ち並び、夜を照らすのは数少ない街灯だけだが、祭りともなると、一つ一つの出店の明かりが煌々と商店街を照らす。
それらは一夜だけの夢幻かのように若干の切なさを醸し出している。
「ど、どこから回っていけばいいのかな?」
「待て待て。この祭りにはな、こういうのが配布されてんだよ」
「何それ?」
「出店のパンフレットだよ」
これは住宅街を除くほぼ全域で出店に始まりカラオケ大会、舞踊、アイドルのライブ……等、とにかく考えうる限りのイベントをやりまくる為、困惑しないようあらかじめ参加する町の住人に配られているたものだ。
……にしてもやりすぎだろ、これ。
アイドルにしても、結構有名な人を出るし。
こんな寂れた町の集合体のどこにそんなツテがあったんだ?
「じゃあ、とりあえずご飯にしよ」
「ちょっと待て」
人の話を聞かない姫さんの腕を引っ張り、制止させる。
いい加減、我慢の限界なのか佳世は頬を膨らませながら、こちらを睨みつけてきた。
「何!?」
「あれ、見てみろ」
指差す方向にはお好み焼き、わたあめなどザ・縁日と思われる食べ物がワンサカと売られている。
「どう思う?」
「全部美味しそうね」
「少しは食べ物から目を離せ。食欲魔人」
俺が指差したのは、店ではなくそこに並ぶ人間達だ。
「それがどうしたの?」
「明らかに混んでいるだろうが」
どの店の前にも10人以上が列をなしている。
「あんなに人が待ってるんだったら、他のエリアは空いてる筈だ。そっち回ったほう効率いいんじゃないか?」
「…………」
「どうした?」
「初めてたっくんが頭の良さそうな発言したと思って……。しかも、とても無駄なところで」
「すごい失礼なんだけど、この子!」
普段だって頭使ってるんですけど! それなりに使ってるんですけど!
「理解したなら行くぞ。ここから少し歩かなきゃいけないから、ほら」
「……どうしたの? 手なんか出して」
「……はぐれたら面倒だろ。だから……、その……」
「恥ずかしがるぐらいだったら、やらなきゃいいのに」
「うるせえ!」
いや、こういうシチュで女子と手を繋ぐ願望ぐらいあるが、別にそんな妄想叶えようと、右手を差し出したわけじゃない。
本当に迷子になったら、困るなって思っただけなのによ……。
「嫌だったらそう言えよ。たくっ……」
「嫌じゃないけど……、たっくんが迷子になりそうだし、仕方無いか」
「なるわけねえだろ! 小学生じゃあるまいし!」
「分かった、分かった」
「それは分かってない時の返事じゃねえか!」
「そんなのどうでもいいからさ。ほら、早く行かないと、あっちの方が混んじゃうんじゃないの」
繋いだ手を引っ張られ、先を急ぐよう促される。
「——仕方ねえな。ほら、こっちだよ。お前、場所知らねえだろ」
俺は手を引っ張り返し、佳世を先導していく。
「頼りにしてるよ。たっくん」
……………。
ドキッ、としなかったって言えば嘘になるな。
***
「佳世どこ行ったんだよ……」
早速だが、佳世が迷子になった。
大事なことだから、もう一度言う。
佳世が迷子になった。
俺たちは一番近い射的、輪投げなんかを扱っているエリアに近づいた瞬間に、後先考えずに飛んで行ってしまった。
佳世の奴、絶対に自分が幽霊だって忘れてるだろ……。
「おお、達海。何してんだ?」
声を掛けられて、一瞬佳世かと思ったが違う。
佳世はこんな野太いゲーオタみたいな声はしていない。
「お前かよ、坂本。それと」
「……………」
坂本の隣にいるのは。最近この街に帰ってきた麗姉。
今日は例のウェイトレスの姿じゃなく、青色の浴衣に髪を後ろでまとめている。
うんうん、よく似合っているな。消極的な双丘のおかげでより似合っていじゃないか。
しかし、この一年に一回しかない貴重な祭りだというのに、麗姉の顔は怒りで満ち満ち、眼光は体よ突き抜けろと言わんばかりに睨みつけてくる。
「…………」
「え……、と……、麗姉……今日はまた見目麗しく……」
「…………」
あまりの威圧に声が震え、いつもの調子でしゃべれない。
さっきまで調子の良かった坂本なんていち早く危機を察知し、麗姉と距離を離している。
「ど、どうしたんですか? こちらを見つめて……」
「…………」
「お、おい。お前姉貴に何かしたのか!? 明らかにヤバイ空気だぞ!」
「知らねえよ!」
さっき会ったばっかなのに、こんなに機嫌を悪くさせるわけねえだろうが!
だが、麗姉は確かにこちらに敵意を向けている。
「いいか達海」
「……はい」
「私は今からお前を思いっきりぶん殴る」
「…………………………………は!?」
何を言ってんだ、この胸なし。
「い、いやなんでだよ。そりゃ、セクハラまがいの事も言ったけどさ……。俺と麗姉の中なんだしさ」
「もう決まっている事なんだ。そうしなけりゃ、気が済まねえ」
「マジですんの。マジで!?」
「ああ、ある意味お前が当事者なんだ。落とし前つけろ、達海」
「言っている意味が分かんねーーんだけど!!」
右手を拳に変え、徐々に迫ってくる麗姉。
インターハイを制した事もあるそれは、到底武道経験者ゼロの素人に向けてはいけない凶器だ。
確実に殺されるだろう。事実、それをよく知っている坂本が木の陰で念仏を唱えているのだから。
「歯ぁぁぁ食い縛れぇええーー!! 達海いいいいぃぃぃぃーーーーーー!!」
「嫌だああああああああああああぁぁぁーー!!」
一瞬の溜めの後に放たれたそれは、俺の右頬に着弾。
体は横半回転し、出店と出店の間の歩道を10メートルほど吹っ飛ばされる。
「っ……」
「これで貸し借りなしだ。……おい、龍哉行くぞ」
「はい」
麗姉の覇気に気圧されたのか、蚊のように小さな返事をして、坂本はひっそりと後ろを付いて行く。
ちょっとくらい助けてくれても良かったじゃねえかよ、坂本……。




