愛は狐を殺す
深夜12時過ぎ。木下藍那は自分の暮らす寮へと自転車を走らせていた。
「この遅くなるのだけは勘弁してくれないかな」
街灯は少ない上に四つに一つは完全に発光せず、自分の役割を果たしてはいない。
更に大通りから離れた小道のせいなのか、不法投棄のゴミも多い。
もし暗闇で誰かが潜んでいても、気付くのは難しいだろう。
とても16歳の少女一人が通る道とは思えない。
「不審者じゃなくて幽霊だったら良いのに」
そういう問題じゃないだろ、と言われそうだが、藍那は心霊の類にとても関心がある。
それは恐怖を楽しみたいのではなく、死者は何故生者に干渉するのか興味があるからだ。
被害者が復讐する為、愛した者を守る為、それらは千差万別に異なってはいるものの、そこには必ず理由がある。
ならば、また父と母……そして先週に亡くなってしまった委員長と会いたい。
会って、彼らに謝罪をしたい。
胸の中では、今でも助けられなかったという罪悪感が今尚胸を抉ってくる。。
「でも……」
その痛みは昨日と今日とでは異なっていた。
その違いとは、自分の意中の人物に全てを吐き出し、それでも受けて止めてもらい、慰めてもらったのが、大きな要因だろう。
道成寺先輩。藍那は生徒会の仕事を手伝ってもらった時から、優しく接してくれる彼をたまらなく好いてしまっていた。
それだけでと思われるかもしれない。
だが、藍那にとって男性というものの見方を覆す初めての出来事はだったのだから。
もちろん、クラスには他と同じように男子生徒が半分ほど占めてはいるが、物静かな藍那に語りかけてくる者は皆無だ。
それだけならまだ良かった。
しかし、その生徒たちは何故だか、たまに自分を睨みつけられることがある。
話したこともない藍那には、そうされる理由が見当たらなかったが、その視線はまるで飢えた獣の様に鋭く、恐怖を感じる程だった。
以降、藍那は顔を髪で隠し、ひたすらに下を向いて過ごしてきた。
そんな中で彼との出会いは正に青天の霹靂と言って差し支えない。
「今日は楽しかったな」
その先輩と今日図書館で、計らずも顔を合わせてしまった。
当初は昨日の感謝を言うつもりだったが、いざ目の前に出てしまうと、何も言葉が出なくなってしまい、しまいには自分の趣味だけ喋りっぱなしになってしまった
しかし、それでも先輩は自分の話をしっかりと聞いてくれた。
「……明日も、図書館で会えるかな?」
別に図書館に行く予定はない。
だが、愛菜は自分から積極的に話すことなんてあまりない。それなのに、あの先輩との会話は時間を忘れてしまうほどに楽しいものだった。
また、会って話し合いたい。会って今度はしっかりとありがとうと言いた——
「
死
ね
」
暗闇から現れたそれは、自転車で走行している藍那に手に持ったバットを顔面にフルスイング。
凄まじい衝撃は、藍那の手からハンドルが離れさせ、頭から地面に叩きつける。
綺麗だった顔は右頬は赤黒く変色し始め、鼻は折れ、前歯のほとんどが抜けてしまっている。
しかし、不思議な事にこれほどの重傷を受けながら、愛菜は傷口を抑えることも、痛みに悶えることもせずに、ただ地面にうつ伏せに倒れこんでいるだけ。
「あーー、やっぱりそんな反応なんだ。やっぱり私がやるとそんな傷までシカトするんだね、木下さん」
近くの街灯の光でようやくその襲撃者の容貌がはっきりとしてくる。
長い黒髪、しっかりとした顔立ち、格好は藍那が通っている制服と同じ。
生徒会で藍那と共に仕事に励んだ不知火佳世は、その顔に優しい笑顔を貼り付けて、倒れている藍那の元へとゆっくりと歩いて来る。
「金属バットって便利ね。思いっきりスイングすると気持ちがいいわ」
しかし、いくら話しても愛菜からは何の反応もない。
当たり前だ。藍那に佳世の姿も声も聞こえない。
ただ、寿命を迎えた虫のように全身を痙攣らせるだけで、涼しい顔をしている。
「——それがムカつくんだよ!! なんでもいいから苦しむなり、なんなりしてみろよ!!」
怒りに任せて今度は右腕にバットを振り下ろす。
ベキッ!
容赦のない一撃は明らかに肉の中の骨を折る音を鳴らすが、相も変わらず藍那はなんともないように振舞っている。
「……………………あーーーーーーーああああああああああああああああ、そう! そんなに私と話したくない!? だったら、容赦はしないから!!」
この時、佳世の頭から理性が抜けた。
「あはははっはははははしゃはhfなそfじゃbv;jsfなjskl;jfbゔぁお‘しfjdんゔぁ’おしんvjlxbc;かjsbfゔぁjkんふぁljんjふぁっはっははっははっはっははっはははsdんばv;すgvbぴるんsvうえ29=くぉううぃrgn2q=9おr8いlゔぁsjんばvslkjなははっははっははははははっははっはははあん素vdじゅdghqぴるbんq‘lwrはうおいはははっはははっはは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!死んじゃえよ!!!!!!!!あんさsんfvば’お、死ねば、死ねばさ、楽なんだよ? あにおsjfんゔぁおあた1!1rqjrびおあうあるーーーーーひk、。森の中、亜sんfゔぁいおすfvbは‘=お飲料、クマさんに、アンsjそぴうvくぇh9お=hrqんを;いrんゔぉ3l出会った。花サックサク森ノ宮地クマさんにでーーーーーーーーーーーーーーー会った!!!キャハハッはははっははははっははははっははははっははははっはははっははははっはははははっははははっははっははははっははははっははははっははーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る…………。ひたすらに殴っていく。
一撃は人間のそれとは比べ物にならない程に重く、振っているバットが壊れかけている。
裂けた肌から血とミンチとなった肉が外へとこぼれ落ち、そこから覗く骨は鮮やかなエメラルドグリーン色をしている。
あえて顔は殴らない。この平静から痛みに悶える哀れな姿が是非とも見てみたい。
だが佳世が幾ら、幾ら、幾らバットを振り下ろしても、藍那はまだ息をある。
「た、た、た、た、楽しいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃーー♡♡♡」
殴るたびに頭がスッキリしていく。
バットから伝わってくる肉を叩く感触が堪らない。
まるで、ビーズ入りのクッションを思いっきり抱きしめているようだ。
「もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっと!!」
「か…………い…………ちょう?」
「……ん?」
佳世は殴打を止める。
「会長……ですよね。なんで……ここに? あれ? なんで私、こんなところに倒れ……痛っ! 痛い……痛いです。会長、体が焼けるように痛いんですが……」
か細い声で話す愛菜の言葉は、明らかに佳世には向けられており、今になってようやく苦悶の表情を見せる。
「…………ああ、そっか。ってことはあんたもこっち側に来るってことね。
まあ、良いか。バットも折れそうだし、ちょっとお話でもしましょうか」
「会長、救急車を……」
「話聞けって言ってんだろうが」
ガンッ!!
「かっ!」
一発腹に見舞う。
藍那は大きく目を見開き、口から血塊を吐き出す。
「私の話を聞いたら、いくらでも助けてあげるわよ。いいわね?」
こくり、と小さく頷く藍那。
「先ずあなたは私に謝らなければならない。それが何かわかるわよね?」
「……え?」
「分からないの?」
「その………はい……」
「分からないわけねえだろうが。その足りない頭で必死に考えなさいよ」
佳世は藍那の髪を掴み、乱暴に振り回しだす。
「え? え? え? 分からないの? 本当に? マジで?」
「痛い! 痛い! 本当に……、本当に分からないんですよ!!」
「ちっ!」
嘘を言っているようには思えない。
仕方なく離してやるついでに、頭をコンクリートに叩きつけてやる。
「あ、ああ………」
どうやら叫び声を出す気力も失くしたらしい。
活発に動いていた時にはまだ可愛げがあったものの、こうなっては面白みもない。
「はーーーー……。本当に分からないみたいね。じゃあ、教えてあげるわよ。あなたが私に謝らなければならないことはね」
「……はい」
「達海に近づいたことよ」
「…………えっ? だって……会長、先輩とは私、何も……」
「ええ。無いでしょうね。あんたみたいなゴミとは。でもね、大切な人なの。愛しても愛しても、愛しきれない。考えるだけで胸が苦しくなって張り裂けそうになるし、近くで笑った顔を見ているだけで、幸せ。……達海は私にとって無くてはならない存在」
怒りに染まっていた顔が、まるで我が子を見つめるような慈愛に満ちたものになる。
しかし、それもつかの間。
再び冷たい視線を藍那に向けてくる。
「それなのに……!!」
「きゃっ!」
使い物にならないバットを投げ捨て、佳世は愛菜に馬乗りになり、拳を固めて、顔面に打ち込んでいく。
それに対して藍那は、死にかけている上に、人外の怪力を有する佳世にはとても一矢報いることは叶わない。
ただサンドバックの様に殴られるだけの存在と化す。
「名前も満足に覚えられていない、そんなに親しくもないお前が、よくもヌケヌケと達海に近寄ろうとしたわね。お前の声を聞くだけで耳が腐って、見るだけで不快感が消えないのよ!」
「っ……わ、わかりました。先輩には今後、近づきません! だから……、だから助け……」
「もう無理よ。あなたに汚された汚れはもう二度と達海から消えることはない。だから、お前の罪も二度と消えないのよ」
「だって、……さっき助けるって……」
「うん、確かに私は言ったわよ。助けるって。だから、私はあなたが苦しみから解放してあげる」
佳世は立ち上がると、藍那の後ろ襟を掴み、ズルズルと引っ張り出す。
その先には、夜には誰も近寄らない森林がある。
「私、昔から考えてることがあってね。保健の授業で人体の構造の絵が描かれてるじゃない? でも、あれって本当にその通りに人の体ってなってるのかな? 人間、一度は確認するべきよね。だから……」
スカートのポッケから包丁を取り出して鞘から抜き、刀身を露わにする。
手入れがしっかりされているようで、刃が街灯の光を鈍く反射させる。
「あなたの体で確かめさせてもらうね♡」
***
「あれ?」
「どうしたの?」
通り抜けに見かけた玄関に俺は違和感を覚えた。
何かが足りないような気がする。確か……
「……バットが無い」
「バット? 大切なものだったの?」
「……まあ、別にいいか。親父かお袋がどっかに持ってたのかもしれないし」
別に大切にしていたわけじゃない。中学の時に、少し興味が湧いたから衝動買いしただけの安物だ。
「たっくんって野球できるの?」
「ああ……、まあ素人に毛が生えた程度だけどな」
「今度、教えてよ。私もやりたいな〜」
「外が暑くなくなったらな」
相変わらず、外は30度越えの続く真夏日。
木下も熱中症になってなきゃいいんだけどな。




