日常はまた一日と過ぎていく
ダルさ100%。俺の心境はそんな感じだ。季節は梅雨が明けて夏になって久しい。もう夏休みも直前だというのに、教師共は相も変わらず訳のわからない公式、文章を黒板に塗りたくっていく。
因数分解? 何それ食えんの? 文章を読み取って作者の心情を考察しろ? 知らねえよ。エロいことでも考えてたんだろ。そうに決まっている。だって、俺がそうなんだから。
せめてもの恩恵は冷房がガンガン効いていることぐらいだろうか。しかし、ここまで涼しいと……
カンッ
睡魔に身を任せ、机にうつ伏せようとしたその直後、頭に白チョークが当たる。
「寝るな、道成寺〜。それは俺にとっての侮辱だ」
某仕事人ばりのチョーク必中率を誇るのは、数学も担当をしている担任の吉川。
「寝ようとはしてないです。夢の世界に全力で突っ走ろうとしているだけです」
「それ即ちスリープという意味だな。そんな事で大学に行こうなど片腹痛いぞ」
「別に行きたい訳じゃありません。周りが大学行くっていうから進学希望書に適当に大学書いただけです」
「ここまで世の流れに身を任す奴、先生見たことない」
「先生。そんな奴に構ってないで早く授業を進めてください」
どうでも良い会話に意識高い系女子が茶々を入れてくる。
良いぞ。そのまま絡んでくれれば、吉川の意識は俺から離れてくれる。
「だけどな。このまま道成寺が寝ると、俺は夏休み明けのテストを超絶難しくしてしまう気がするんだ〜」
「「「「「「「「「「さっさと起きろ道成寺!!」」」」」」」」」
一瞬にして此処まで団結できるなら、うちのクラス体育祭勝てんじゃね?
***
「相も変わらず絶好調だな、道成寺」
昼休み。それぞれの昼食にありついている学生の間を通り、弁当持参してきた坂本が話しかけてくる。
「だらけていたって良いじゃねえか。別にテストの点数だって、悪いわけじゃあるまいし」
「ああ、確かにオール60点なんて狙ってやれることじゃねえな」
テストの結果はしっかりしている以上、授業態度などどうでも良いじゃねえか。
しかし、それを教師共は許してはくれない。何故だ?
「そもそもこんな高校、俺は来たくねえんだよ。来るのに自転車で30分もかかるし、上り坂が2つもあるんだぞ。来るだけで体力切れだ」
「なんだよ。ここに来なきゃ俺と会えなかったんだぞ」
「それもコミコミで嫌気がさす」
「ひでー!」
「まあ、冗談は置いといて」
「だよな」
「どうでも良いだけだ」
「聞かなきゃよかった……。じゃあ、お前がここに来たのはやっぱこれか?」
ニヨニヨと顔を上げて右手の小指を伸ばす。
「きも……。そんなこと考えてるから、入学一年も経ってるのにボッチなんだよ」
「なんだよ〜〜。お前だって気にしている女子の一人や二人いるだろ。もしかして、好きな女子がここに来るって知ったから、入学したんじゃねえのか?」
「…………」
言葉に詰まってしまう。俺のまさかの反応に坂本は意外そうな顔でこちらを眺めてきた。
「えっ、まじ……」
「違うわ。ほら、昼休み終わってるだろ。さっさと戻れ」
好き……って訳じゃない。
おそらく……。多分……。
***
「終わった。怠かった……」
背伸びをして、体の凝りをほぐしつつ、机に広げていた教科書、ノートをすばやく鞄にしまっていく。
「おう。もうこれで上がりか?」
欠伸をしながら坂本が話しかけてくる。
こいつ、気配殺して授業寝通しやがって……。
何故に俺が怒られて、こいつが怒られないんだ。理不尽極まりない。
「もう何もないしな。後は家に帰るだけだ」
「いいな、帰宅部は。俺は部活があるからまだ帰れないんだ。じゃあな」
素早く教室を後にする坂本。
……なんで話しかけてきたんだ?
無駄にした時間を取り戻すべく、バッグを担ぎ、廊下を進む。帰ったらとにかくやりかけのゲームだ。続きが気になってしょうがない。
放課後の廊下はとにかく混む。何をするでもなく、話し込む女子の群れ。部活の機材を職員室から体育館に運んでいるんだろう運動部員。
ものすごく邪魔だ。特に女子。
そんな文句を言っても仕方が無い。蒸し暑い人間同士の隙間を四苦八苦しながら進んでいく。
そんな群れの中をダンボールを両手に抱え、スイスイと俺の方に歩いてくる一人の女子——幼馴染の不知火佳世がいた。
「!!」
なんつうタイミングだよ。
あまりに急な出会いに心臓が急激に脈打ち出し、呼吸を激しくさせる。
佳世もこちらに気がついたらしく、黒髪のポニーテールを激しく揺らしながら近づいてくる。
「たっくん。今日はちゃんと学校に来てるんだね」
「嘘つくんじゃねえ。ちゃんと毎日登校してるっての」
「日曜日も?」
「上げ足とるんじゃねえよ」
ちゃんと緊張していないように取り付く得ているだろうか。
「生徒会の仕事大変だよ〜。なんかね、事務係が季節外れの風邪ひいちゃったらしくて、分担でやってるんだけど、中々終わらなくてさ」
佳与はこの高校の生徒会長。美人で成績優秀。困っている人を見ると、つい助けたくなる性分らしく、よく学校で見かける時は決まって人助けをしている。
そんな性格なので学校ではファンクラブが作られるほど人気で、今年の生徒会の大半がそいつらの密偵だと噂になっている。
誰からも愛される。こんな俺とは違って……。
「もう、たっくん聞いてないでしょ」
「あ……、ああ、ごめん」
「…………先輩」
「ぬああ!!」
不意に話しかけられた。
驚かない方が無理ってもんだろ。
「何だよ……。びっくりするじゃねえか」
「す、すいません! そんなつもりじゃ……」
前髪で顔を隠す小柄な女子が深々と頭を下げてくる。どうやら悪気はないらしい。
どっかで見た気がするんだよな。確か、生徒会手伝った時に会ったような……。
「…………」
「か、風邪が流行っているみたいなので、先輩も気をつけてくださいね! じゃあ、私は失礼します!」
もう一度頭を下げると、思い出す間も与えず、後輩(?)は人間の群れの中へ消える。
「じゃあ、私も行くね」
話すことも無くなったのか、佳世もまた群れへと向かっていく。
「……生徒会、頑張れよ」
「うん!!」
何か声をかけなければと必死に考えた言葉は、なんともありきたりなものだったが、佳世は笑顔で答えてくれる。
「はあ……」
今まで溜めていた何かがため息となって体内から抜けていき、無理に押さえつけていた心臓がまた激しく動き出す。
今回は結構話せたな。
佳世との会話はいつもこんな感じだ。学校で少しだけ会話するだけ。
話した後には、もっと話せただろうと後悔することもあるが、これが限界だ。
……なんでこんなに苦手になったんだろうな。
昔は仲良く遊んだりもしたのに、今ではむしろ会いたくないと思うこともある。
それなのに、顔を合わせなかった日には胸の奥がポッカリと空いたかのように、憂鬱になってしまう。
「…………」
自分ですらも分からない苛立ちを振り払うように、俺は急ぎ足で自転車置き場へと向かった。