帰り道
「お待たせーー」
ちょうど時間通りに麗姉がウェイトレスの制服から私服に着替えて、俺の元に現れる。
その間、俺と佳世が何してたかというと、
「話は終わってませんからね。続きは帰ってからにします」
「はい……」
しこたま佳世に怒られていた。
可愛いなら誰にでも声をかけるのかとか、話している時の顔がいやらしいだとか……とにかく、理不尽極まりない説教だった。
しかしそう思っても、俺は反抗はせずにひたすらに謝り続けた。
ここで何か余計なことをしても、どうにもならないことを俺は知っているからだ。(主に親父を見ての教訓だが)
「……なんかご機嫌ですね」
「そ、そんなことないし! さっさと帰るわよ」
会計を済ませ、外に出ると外は真っ暗になっていた。
4時間も経てば、そりゃ夕日も沈むよな。
出入り口脇に置いた自転車を回収する。
「麗姉も自転車使ってんの?」
「ううん。使おうとは思うんだけど、前のやつは大学に入る前に捨てちゃって、まだ買ってないの」
「ふーーん」
「なによ?」
「乗せてとか言わないの?」
「あんたの体力考えると、とても乗りたいとは思わないわよ」
さすが麗姉、分かっている。
「じゃあ、私が乗る」
「ちょっ!」
急に重みが加わって、バランスを崩れて暴れだした自転車を、俺は急いで立て直す。
「……お前、さっきの話聞いてた?」
「疲れた」
「は?」
「疲れたの」
「まだ、10分も経ってないんですけど?」
「別にいいじゃん」
いいじゃんじゃない。俺の負担が倍以上になるだろうが。
なんでさっきから怒りっぱなしなんだよ。いい加減機嫌直してくんねえかなぁ……。
話しかけても、ドツボにはまってしまうような気がするから、俺は麗姉と話をすることにした。
「そういえば、ジーパンなんだな」
「あ、あんな短いの履くわけないでしょ!」
「ちっ。麗姉様のセクシー下着をまた拝みたかった……」
「そういえば、あんた嘘ついたわね! 今日履いてたのは黒じゃなくて赤だったじゃない!」
「どうも丁寧に、ご報告ありがとうございます」
「っ……!」
しまったと顔に出てしまってるぜ、麗姉。
相変わらずの天然ぶり。
マジ可愛いわ。マジ麗姉天使。
「…………」
佳世はさっきまでとは違い、何も話しかけてこない。
これはこれで逆に怖いな……。
「おーーい、佳世」
「…………」
……シカトですか。
「そういえば、私が東京行っている間に、なんか変わったことあった?」
「……いや、何にもないな」
佳世の件は話さなくても別にいいよな。知り合いでもないし、本人の前で話す内容でもない。
「強いて言うなら、あんたの弟のヲタク度がとんでもないことになったことぐらいですかね」
「ああ……アレね……」
どこか遠くを見る素振りをする。
どうやら、あの部屋を見てしまったらしい。
御愁傷様……。
「もう……私はあいつを弟として見れないかもしれない……」
「そこまでか」
「この五年の間に、竜哉に何が起こったのよ。昔はあんなやつじゃなかったのに……」
「ああ……、まあ……、その……、なんだ。やっぱ姉弟なんだなって思ったわ」
「? それってどういう……」
「二年前だったかな……」
***
二年前……。
「ず、ずっと好きでした! 付き合ってください!」
卒業式。
校舎裏の伝説の木の下である男子生徒が頭を下げ、告白の言葉を述べていた。
名は坂本竜哉。彼は、ある女子生徒に恋慕を抱き、三年もの間、思いを伝えられず、報われない片思いを過ごしていた。
しかし、今日が彼女に会う最後の機会。これを逃したら、一生の恥になると告白する事を決意。
目を固く瞑り、竜哉は返答を待つ。頭の中は既に彼女と付き合う薔薇色の高校生活を想像していたのだが、
パシャッ
前からは返答ではなく、軽い破裂音が鳴る。
「え?」
遅れて竜哉は自分が携帯で写真を撮られた事に気がついた。
目を開くと、女子生徒は口を手で押さえて、必死に笑いを堪えていた。
「ふふ……。ま、まさか、噂通りに告白する奴なんていたのね。マジでウケるんだけど」
「えっと……、写真撮った?」
「うん。今あげちゃった。これどんだけ、いいねされると思う?」
見せられた画面にはあるコミュニケーションアプリに自分が頭を下げて、右手を差し出している様子がはっきりと分かる写真が載せられていた。題名は『告白するキモ男』。
「で、告白の答えは?」
「ごめんなさい♡」
「…………」
その後の事は坂本も覚えてはいない。おそらく、その場から逃げ出したのだろう。
その逃げる姿も写真に収められ、そのまま晒されてしまい、この二つの画像は合計で4万リツイートと、5.3万のいいねを叩き出した。
さらに『告白するキモ男』はモザイクをかけられながらも、テレビ番組に取り上げられ、ちょっとした有名人となった。
***
「…………」
「後日、竜哉は俺にこう言った。『これからは三次元じゃない。二次元の時代だ』ってな」
「あれ、竜哉だったんだ。テレビ見て爆笑しちゃったよ……」
「ひでえ……」
「しょうがないでしょ! 知らなかったんだし! 可哀想だとは思うわよ! 実の弟なんだし」
「その実の弟を昔、パイルドライバー決めて、頭蓋骨を砕いた姉の言葉とは思えねえな」
後ろのシカトしていたのに、今は俺の話で流れた涙を拭いている佳世と大きな違いだ。
「ひっ、坂本くん……ごめん、なさい。坂本くんに……ヒック、そんな深い傷を受けてるなんて、知らずにあの部屋を気持ち悪い、なんて……思っちゃって」
いや、それは違うらしい。坂本自身そんなに傷ついたわけじゃない。ただ、三次元に女に愛想をついただけで、テレビに出れたから、ネットに晒されて良かったとまで言っていたぐらいだ。
「まあ……まだあるんだけど」
「「まだあんの!?」」
見えていないはずの二人が同じ言葉をハモらせながら、俺に叫んでくる。
ああ、まだあるんだ。
「例えば、女子がプリントを落として、坂本が拾ってあげたにもかかわらず、舌打ちをされたり、一番前に座らせるよう、席替えの時にくじ引きに細工されたり……」
と、数え切れないほどある。中には笑えない兄貴の武勇伝クラスの話まであるが、さすがに話さない方がいいだろう。
「もう、そこまでくるとあいつ、女子に何したんだって話よね?」
「そうだよ。坂本くん、何か悪い事でもしたんじゃないの?」
グイグイくるなぁ……。さっきまでいじけてた癖に。
「中二の頃にな、一人の女子生徒が虐められてて、それを見かねた竜哉が助けた結果、その身代わりになっちまったって事らしい」
本人はいじめられているって自覚はないけどな。
「ふーーん……」
麗姉は気の抜けた返事をしてくる。
「まあ、……うん。聞けてよかったよ。あっ、もうすぐ家だからここまでで良いよ」
「いや、ここまで来たんだから……」
「ここからならあんたの家そこ曲がった方が早いでしょ? 寄り道せずに真っ直ぐ帰るのよ」
そう言うと、麗姉は急ぎ足で行ってしまう。
「……寄り道するところなんかもうねえよ。なあ、佳世」
「…………」
「また、シカトモードですか……」