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俺と彼女の死亡遊戯  作者: 松竹梅
第3章:混迷学舎
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空想ディタミネーション

「……ん? 終わったの?」

「ああ、終わったとも。完璧だったとも!」

「は?」


教室に着くと、言った通りに佳世は、大人しく俺の椅子に座っていた。

あまり時間が経っていないはずだが、教室には佳世以外誰もいなく、山吹色の夕陽が照らすだけ。

俺は佳世の座っている前の席に腰を掛ける。


「ねえ、何話してきたの?」

「え? なになに? それ気になっちゃうの!? どうしても聞きたい? どうしようかなーー。本当は教えたくないんだけど、まあ佳世だから教えちゃうんだけどさ……俺っち告白されちゃったんだよねーー」


嘘じゃない。ちゃんと言われたもん。


「大大大好きで、ずっと離れたくないんだってさーー」

「うわーー……」


自慢気に話す俺の言葉に、佳世の視線が冷たくなっていく。


「平気でそんなこと言える神経が信じられないんだけど」

「なんだよーー。本当のことなんだから、仕方ないだろーー」

「なんか、たっくんご機嫌だよね。なんかキモいよ」


俺自身も気分が舞い上がっているのは分かっている。

だが、人の好意ってのはこんなに人を幸福にするもんなんだな。

止めたくても止められない。


「それにしても、そんなに俺に魅力ってあったんかーーね? まさかあんなに言い寄られるなん」


バキッッッッ!!


「……………………」


目の前で風が吹いたかと思えば、机に置いていた腕付近で轟音が鳴る。

急な出来事に、さっきまで笑顔を貼り付けたまま下を向くと、佳世が何食わぬ顔で俺のシャーペンを机に突き刺していた。

その威力は尋常なものではなかったのか、放射線状に大きな亀裂を何本も走らせ、数秒も経つと、机は真っ二つになって倒れてしまう。


「…………………」

「…………………」

「……帰りましょうか」

「はい」


十秒で支度しました。


***


喉元過ぎれば熱さを忘れるってのを、今ほど感じたことはない。

さっきの事を思い出すと、顔から火を噴きそうになる。


「まあ、たっくんは人の好意なんてあんまり受けられないから、舞い上がる気持ちも分からなくはないんだけどさ」

「言い方がひでぇ……」


廊下を歩きながら、こちらの心情を手に取るように察し、攻撃してくる佳世。

マジでやめて。


「人間短い人生なんだから、もっと交友増やしたら?」

「お前に言われると、骨身にしみるなぁ」


俺を先頭に、登校時と同じ階段を降りていく。


「今日の晩御飯どうしようか?」

「とりあえず帰ってから考えるわ。あのシチュー、親父全部食ってくれたかな?」


致死量は俺の目安として三口。

親父は案外タフだからな。今日の朝、ソファーの上で顔を青紫にしていたが、まあ息していたから生きていることは確かだ。


「…………」

「どうした?」


急に黙った佳世は、視線を前に集中させている。

その先には背広を着た長身の中年男性が、階段先の開けたところで迷ったかのように辺りをあちこち見渡していた。


……とりあえず無視しよう。


「おい」


知らんぷりして、降りていこうとした俺を乱暴に呼び止める男。

若干の苛立ちを覚える。


「……なんでしょうか?」


渋々振り返り、バレないぐらいに男の顔を睨みつける。

高い身長、ワックスをつけた髪、整った顔立ちは若い印象を思わせるが、血走った目は鋭い眼光をさらに引き立たせ、まるで飢えた獣のようだ。

ハッキリ言おう。めっちゃ怖い。


「校長室に行きたいんだが、どうやって行けばいいんだ?」


どうやら乱暴な口調は素らしい。


「そんなことそこら辺の教師にでも、聞けばいいんじゃないですか?」


つっけんどんな言葉を返し、説明する気はサラサラ無いと間接的に知らせる。


「いないからお前に聞いているんだろ」


どうしよ。空気の読めない阿保らしい。


「この階段を四階まで登って、左に曲がってしばらく歩くと行けますよ」


もちろん嘘だ。本当はここ二階の右脇すぐのところにある。


「嘘つくな。さっきその階に行ったが、なかったぞ」


とんだ方向音痴馬鹿だった。

そこまで登って、なんで見つけられない。


「じゃあ、俺は知らないんで、これで……」


がしっ


「…………」

「あの……手離してくれません?」


野郎に触られて良い気はしない。


「親に困っている人は助けてあげなさいと教えられなかったのか?」

「不審者にはついて行くなとは習いました」


なんとか振り払おうとするものの、この男見た目以上に力が強い。


「知らないって言っているだろうが……」

「そんな学生いる訳ねえだろう。意地張ってないでさっさと教えろ」


お願いする立場の人間に、何故上から目線で言われなきゃならない。

こうなったら何がなんでも教えるものか。

自らの腕を(きもい)おっさんから離すため、力の限り引っ張る。

しかし、男も負けじと歯を食いしばって応戦し、力は同等なのか拮抗状態となってしまう。


「教えてあげたら?」

「ふざけんな……。俺の信条は『目には目を。歯には歯を』なんだよ……」


そう。幾ら嫌でもキチンと頼まれたら、俺だって場所くらい教えてやらなくもない。

しかし、こいつときたら、こっちが案内するのがさも当たり前のような態度。

教えてほしいなら、態度を改めろ、このノッポ。


「じゃあ、職員室に」

「知らねえ」

「せめて校門まで」

「皆目見当も付かない」

「良い加減にしろ、クソガキ!!」


痺れを切らしたのか、男は俺の襟に掴みかかってくる。


「離してくれません?」


怖い怖い怖い。ビビって声とか震えてないよね?


「こっちだってな、こんなとこ直ぐにでもおさらばしたいんだよ。なんだってんだ。次から次へとこんなに面倒なことが起きやがって。そんなに俺をイラつかせたいのかよ……」


怒り出したかと思えば、曇った表情で俯いたりと、落ち着かない男。

何かあったんだろうか?

そう思うと、さっきまで取っていた態度に僅かに罪悪感を抱いてしまう。


はぁーー……


「校長室なら、ここ曲って直ぐですよ」


観念して、場所を教えてやる。なんか意地貼ってるとかじゃなくて、こいつと関わりたくないという気持ちが優ってしまった。


「…………」


俺の言葉に満足したのか、男は襟から手を離すと、礼も言わずに黙って行ってしまう。


「なんだったんだ、一体……」


情緒不安定すぎるだろ。いきなり呼び止めておいて、掴みかかって来たり、睨んできたり。


「仕方無いよ。初めからあんな人だったし」


呆気に取られていた俺に佳世がため息交じりに話し出す。


「なんだ? そのまるで知り合いでもあるような口ぶりは」

「えっ? 知ってるも何もあの人、私のお父さんだし」

「……は!?」


いきなりの爆弾発言に頭が一瞬フリーズした。


「じゃあ、言えよ!?」

「別にたっくんに話すようなことでも……」

「いやいや! 話すことだから、それ!」


って考えてみると、さっきまでの不安定な言動、行動にも納得がいく。

……どころか


「うわうわ……!」


自分の鬼畜っぷりに思わず自身で引いてしまう。

娘を失い、おそらく心の整理もできてない人間に神経を逆撫でするような口調で話す男……

客観的に見て最低だ。


「何してんの?」

「いや……その俺はなんてことをしてしまったんだって……」

「気にしなくても良いんじゃない?」


自分の父親の話をしているのに、佳世の反応は余りにも淡白だった。


「いつも仏頂面で、あんまり話した事もないし。話しても、デリカシーのかけらもないし」

「…………」


それはさっきので分かる。だが、佳世の言葉は同情を求めるようなものではなく、ただ無情に事実を言い連ねているような感じだ。

何か親父と因縁でもあるんだろうか。お年頃?


「あいつが死んじゃえばよかっ……」

「軽々しく人に『死ね』なんて言うんじゃねえ」


幾らなんでもそれだけは絶対にダメだ。


「それが自分の親ならなおさらだろ」

「………………帰ろっか」


返事もせずに、佳世はさっさと階段を降りていく。


「おい……」


その背中を追いかけるが、振り向いてはくれない。

さっきの説教が堪えてるのか?

確かに、ガラじゃない事言ったけどさ。



…………なんか思ってたのと違うんだよな。

佳世が俺の元へ来て、これで昔のように仲良くなれると思ってたんだけどな……。

いや、確かにこの前よりかはマシにはなった。

だが、佳世ってあんな人に死ねと平然と言える人間だったか?

時々見せる冷たい眼差しをしていたか?

小さい頃には気付かなかっただけなのかもしれないが、昔と今との齟齬がどうしても気になってしまう。

もし、あの目、あの言葉を俺に向けてきたらどうしようか。

考えただけで震えが止まらない。


はたして、佳世との再会は俺にとって良い物なんだろうか。

現状に満足がいかなく、過去の思い出が輝いていただけなのかもしれない。

それをもしかしたらと考えて、自分の所為にしたくないだけなのかもしれない。


だが、俺はどうしてもそうしたくないらしい。

だからだろうか、心の中である一つの決心をした。


佳世を生き返らせる。


これは身勝手で卑しい願いなんだろうな。

だが、もう俺にはもうそれ以外考えられない。

生き返らせたら、この違和感をなんとかできるかもしれない。

本当の意味で昔のようになるかもしれない。


そんな決意を胸に秘め、階段を降りて行くと、さっきまで騒々しく鳴いていた蝉たちの大合唱はいつの間にか止んでしまっていた。


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