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俺と彼女の死亡遊戯  作者: 松竹梅
第3章:混迷学舎
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少女の苦しみ

「お前はオール3か。相変わらずのぶれなさだな」

「お前はどうだったんだよ……」

「俺は体育以外全部2だ。お前みたいにつまらない成績じゃあないんだよ、道成寺くん!!」


黙祷の後は特になにを話されるでもなしに、教室へと戻され、成績表を渡され、今日の予定は終わった。


つうか、お前から見せてくれって言うから親切に見せてやったのに、なんだそのダメ出しは。佳世と同じこと言ってんじゃねえよ。

普通の何が悪い。むしろ、お前の方がやばいだろ。



「——あの」

「ん?」


声が聞こえた方を向くと、そこにはいつぞやの後輩が、教室後ろのドアからこちらに顔を覗かせている。


「なんだよ。っていうか、用事があんなら入ってこいよ」

「えっ、でも……」

「構わねえよ。授業中でもないんだし」


俺の言葉に従い、おっかなびっくり教室に入ってきた後輩は、目の前まで歩いてくるが、小さい口をモゴモゴ動かすだけで、何も聞こえてこない。


「達海よ。この子誰?」

「ひっ……!」


坂本の声に驚いたのか、後輩は俺の腕に抱きついてくる。

佳世には劣るが、二つの柔らかい感触が腕を挟み込む。うむ、悪くない


「「「「「「「「「「ちっっっっっっっっ!!!」」」」」」」」」」


教室中の野郎どもの舌打ちが、打ち合わせでもしていたかのようにハモる。

わざとじゃないし。不可抗力だし。


「あわわわわ……!」


髪に隠れて表情までは確認できないが、明らかに坂本にビビっている。

まあ、体格は日本人離れの190オーバーだし。顔もプロレスでヒール役やってますって紹介されたら、100%信じてしまうぐらい強面だし。怖がるなと言う方が無理がある。


「坂本、ゴーホーム」

「何それ? 食えんの?」

「帰れって言ってんだよ! お前がいると、話が進まねえんだよ!」

「なんだよ、それ!? まさかお前、俺をプロレスのヒール役だとか、その子に吹き込んだんじゃねえだろうな」

「すげえ! 半分合ってる! お前まさかエスパー?」


賞賛してやっているのに、当の坂本は嬉しくないのか、狼みたいな目尻を険しく吊り上げる。


「ふっざけんな! なあ、そこの。こいつにどう言われたか知らないけど、俺はいたって健全な高校生だからな」

「………………」


ズカズカと空気も読まず寄ってくる坂本に、後輩は声すら上げられず、血の気が失せてきている。

まずい。これ以上は命に関わる。


「ああ! もう良いからお前はどっか行け! おい、聞こえてるか?」


強引に坂本を押し退け、横から後輩の肩を揺する。


「おい。……おいって」


よほど怖かったのか、後輩は全く返事をしない。


「おーーいって」

「え?」


試しに瞳を覗いてみると、後輩の青かった肌が、一瞬にして紅潮する。


「せっ、せせせせせ先輩! 近い! 顔が近いです! 公衆の面前ですよ!」

「は?」


せっかく獣物から助けてやったのに、そんな嫌そうな反応しなくてもいいだろ。


「え? 何? 顔がなんだって?」


少しイラっとした俺は、顔を限界まで迫る。

その距離は互いの鼻がくっつきそうになる程。


「い、いえ! いや、だから……その……」


さらに赤くなった頬はもう少しで火がつきそうだ。

面白い。いや、むしろ可愛い。

こんな反応をされたらちょっかい出したくもなる。

今度は頭でも撫でて……


「人が黙って見てればなんですか、たっくん?」

「ひっ!」


背筋に氷のような冷たい殺気を感じる。


「木下さんはあなたに用事があるから、ここに来られたんですよね? だったら、聞いてあげたほうが宜しいんじゃありませんか?」

「………………あ、あああ!そうだな! そうだったよな!」


振り返り、確認した佳世は笑顔だったが、目が笑っていない。

これはアレだ。反抗は認めないヤツだ。


「で、用事って何?」

「え……はい。あ、あとですね。別にその……積極的にされるのが嫌って訳じゃないんですよ?」


顔を離してやると、若干赤いながら、さっきよりは幾分かマシになり、話せるようになっている。言ってることは意味不明だけど。


「お話ししたい事があって……。場所を移しても、その……いいでしょうか?」


ブレザーの裾を引っ張られる。付いてこいってことか?




……って、ちょっと待て。


「なにさらっとくっついてきてんだよ」


後輩に続こうとした俺の後ろから、佳世が一緒に来ようとしてくる。


「別に良いじゃん」

「別に良くねえよ。ここじゃ話せねえってことはお前が聞く話じゃないだろ。ここで俺が帰ってくるまで待ってろよ」

「え〜〜〜〜」

「いいから」

「私が邪魔ってこと」

「よく分かってんじゃん」


プクッと頬を膨らませる佳世は、見るからに不満そうだ。


「なるべく早く帰ってくるから、大人しく待ってるんだぞ」

「私は犬じゃない!」


ああ、拗ねてる。拗ねてる。

こりゃ手早く終わらせなきゃな。


***


「——で、話ってなんだよ?」

「…………」


連れてこられたのは、一階下の生徒会室。

確かにここなら誰にも邪魔されなさそうだ。


だけど、この前手伝った時も入ったが、やっぱ狭いな、ここ。

本来は正方形の部屋なんだろうが、両横に資料を置く本棚を設置しているから、縦に長くなっていて、真ん中には折りたたみテーブルがある。

これじゃ、生徒会の奴らが全員座ったら、移動する事も難しいだろうな。


なんて思いながら


「あそこに窓がありますよね」


後輩は部屋の奥のはめ込み式窓を指差す。

少しヒビが入ってる。前は綺麗だったはずなのに。


「あの窓がどうしたんだよ」

「あそこからって学校の中庭が見えますよね」

「ああ」

「だから……見ちゃったんです。会長が……屋上から飛び降りるところ」

「!!」


徐々に後輩の声が掠れていく。


「……助けられなかったんです」

「…………」

「先輩と別れた後、生徒会室に行って……、そしたら、会長が忘れ物をしたって……。部屋を出ていってから、10分もしない内にあそこから……。あんな、に……近くにいて私は……私は、会長を助けられなかった、救えなかった! 私は……、私はただ倒れた会長の体を揺すって声をかけることしかできなかったんです!」


呼吸が激しくさせ、それでも尚早口に語る後輩は、小柄な背丈をさらに小さく見え、ユラユラと揺れる体は今にも倒れてしまいそうだ。


「お、おい」


危ない。そう感じ、後輩の肩を掴む。

しかし、後輩は反抗するどころか、むしろ俺の胸へと突っ込んでくる。


「ちょっ……!」

「教えてください、先輩……。私はあの時どうしていればよかったんですか……? 目を閉じると、あの光景が浮かび上がってきて眠れないんです。きっと……、会長が恨んでいるんです。なんで助けなかったんだって」


俺のシャツを強く握りしめ、胸に顔を埋める後輩。

多分、この土日の間ずっと苦しんでいたんだろう。

胸の中で震える姿は精神的に限界まですり減らしていることが透かすように分かる。

俺は後輩の背に手を乗せ、優しく叩いてやる。


「お前は悪くねえよ」

「でも!」

「お前は佳世に相談でもされてたのか?」

「…………いえ」

「だったら、お前に責任はねえし、悩む必要もないだろ。そんなに自分を責めてやるな。もし、それでもお前が苦しんだったら……、俺が一緒に苦しんでやるよ」

「……………」


……10分過ぎただろうか。落ち着いたのか後輩は俺から離れる。


「もう……大丈夫か?」

「はい」


見た感じ血色も良くなっているし、後輩の言葉は本当なんだろう。


「……ありがとうございました」

「まあ、大した事はしてねえよ」

「そんな……謙遜しなくても」


本当に大した事はしてないんだけどなあ。

そう思ってくれているんなら、別に良いが。


「先輩に話してみて良かったです。こんなこと……誰にも言えなくて。やっぱり、先輩は優しいですね。……大好きです」

「!!」


髪を左右にかき分け、顔を上げる後輩。

髪が邪魔で見れなかったそれは、予想を覆すほど可憐だった。

鼻はスラッと伸び、二重に大きな黒目。

内気そうな印象はそのままだが、それでも野郎が一目見ただけで、下心抱かせるには十分過ぎるぐらいだ。事実、今の俺がそれだ。


「どうかしました?」

「……へ?」


ポカンと口を開きっぱなしの俺は後輩に聞かれ、漸く自分の間抜けな姿に気付いた。


「い、いいいいいいいいや、別っにーー!」


慌てて平常を装う。

大丈夫。俺は冷静だ。


「じゃあ、よよよ、用事が無いならかかか帰らしてごじゃりますぞ」

「あの……先輩大丈夫ですか? なんか顔色が変ですよ?」

「じゃいじょうぶだよ」


大丈夫。俺は冷静だ。

その後、テーブルにぶつかったり、棚も本をぶちまけたり、備え付けのポットの湯を浴びたりして、俺は無事部屋を出ることができた。


大丈夫。俺は冷静だ。


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