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俺と彼女の死亡遊戯  作者: 松竹梅
第2章:深まる昵懇
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浦島太郎

「…………」


ああ……。また朝になったか。

飽きもせずに毎日来るもんだ。一回ぐらい休んでもバチは当たらないだろうに。


…………。


いや、違う。

こんなどうでも良いことを考えている場合じゃないような。

もっと、大事な事が真夜中にあったような……。


「あっ、たっくん起きたんだ」


朝っぱらだというのに元気に声を掛けてくる佳世。


「——もしかして、お前ずっとやってたのか?」

「うん。なんか全然眠くなんなかったから一晩中やってたから、ここにある三本全クリしちゃった」

「おま……」


それは最終ステージで立ち往生している三種の神器。

後でコツコツやる予定だったのに……。


「…………」

「だ、大丈夫だって。たっくんのデータとは別に保存してから」


そういう問題じゃない。

なんだろうな、この感じ。

言い換えると、自分が買ってきた漫画を勝手に誰かに一番に読まれてしまい、もう読む気がしなくなるような……そんな感覚。


「まあ、いいか」


佳世との実力差は昨日の一件でもう嫌ってほど理解している。

俺は俺のペースでやれば良いだけのことだし、データが消えたわけでもないし。


「それよりも、今日行きたいとこがあるんだ」


こっちの気持ちなど微塵も考えず、佳世は話を変えてくる。


「……一人で行けば良いだろ」

「嫌だよ。昨日たっくんが離れないでくれって言ったばかりじゃん」

「あん時はあん時。今は今だ」


今日も気温が高くなるはず。誰が好き好んで外に出るもんか。


「いいじゃん。行こうよーー」

「!!」


ビシッ!


じゃれてこようとした佳世の手を俺は思いっきり叩いてしまう。


「! ど、どうしたの。たっくん……?」

「い、いや、悪い。そんなつもりじゃ……」


予想外の反抗に佳世は目を開き、驚いているが、それは俺も同じだ。


触られたくない。掴まれたくない。

いつも触れたいと思っていた佳世の両手を一瞬怖いと感じた。


「…………ご飯にしようか」

「あ、ああ……」


気不味い空気を察知した佳世がなんとか誤魔化そうとしてくれているので、俺もそれに乗っかり、ベッドから体を起こす。


一体どうしたってんだよ、俺。


***


やっぱりアチいな……。

向こうの景色が歪んで見えるし、アスファルトが気持ち柔らかい気がする。

熱中症対策に帽子を被ってきたが、前を歩く佳世は、制服と部屋にあったベースボールキャップという余りにも似合わなすぎる様相になっている。


「こんな日に出るなんて、自殺行為じゃね?」

「いや、あんなところにずっといる方が異常じゃない?」


んなわけがあるか。むしろ、外に出る事こそが普通じゃない。

クーラーという人類が手にした秘宝の加護もない炎天下を永遠と歩く……。

何故に自分から地獄に進まなければならない。

俺がこんな日に出るのは中古ゲーム屋からの連絡で、取りに行く時ぐらいだ。


「で、どこに行くんですか? お嬢様」

「…………」


急に佳世が立ち止まる。


「佳世?」

「たっくん……。冗談でも私をそう呼ぶのはやめてね。お願い」

「あ、ああ。分かった……」


佳世の気迫に思わず身が竦んでしまい、少しだけ言葉に詰まってしまう。

返事に納得したのか、佳世は再び歩き出し、語調を和らげて俺の問いに答える。


「……丸出デパートって覚えてる?」

「ああ、昔よく行ったな。確か……屋上に子供向けの遊具とか置いてあったよな」

「そうそう。そこに今から行こうと思うの」

「えっ、いやでも……」

「別に遊びに行くわけじゃないよ。昔とどれくらい変わってるか見たいの」

「いや、そうじゃなくて、あのデパート……」


***


「潰れたぞ」

「嘘……。なんで?」


亀裂の入ったコンクリートの壁。服の展示なんかに使われていただろう大きなガラスは粉々に砕け散り、地面には埃の膜が張られている。

どう見ても廃墟だ。

その光景が相当ショックなのか、佳世は過去にデパートと呼ばれた物体を指差し、開いた口が塞がらなくなっている。


まあ、そりゃこうなるよな。

ここは平日でも電車が五本も止まらない田舎だ。どう考えても、こんなでかいデパートが運営していけるわけがない。

俺が最後に来たのは中学ん時の閉店セールの時だから……かれこれ四年も前か。

いやー、懐かしい。


「まさか……、潰れてるなんて……」

「やっぱ知らなかったのか?」

「……うん」


かなり広範囲にセールのお知らせが来ていたはずだが……。

なんで知らないんだ?


ひとしきり驚き終わると、佳世はフラフラと危ない足取りで歩き出した。


「どこ行くんだ?」

「弥生ばあちゃんの駄菓子屋」

「そこも潰れた」

「なんで!?」

「ばあちゃんが死んじまったからだよ」

「じゃあ、変なお兄ちゃんがやっていたおもちゃ屋は!?」

「にいちゃんが夜逃げした。……というか、ここら辺でお前と一緒に行った店はどこも潰れたぞ。このデパートのせいで」

「もうやだ……」


頭を抱えて、うずくまってしまう。

いや、そんなに落ち込むところか? どれもこれも三年以上前の話だぞ。まるで佳世だけが海から帰ってきた浦島太郎のように、何もかもから取り残されているようだ。


行きたいところがないなら、このまま帰って、我が理想郷で遊戯に溺れようじゃないか。

そう説得しようとした時、聞き慣れた声が耳に届く。


「何やってんだ。道成寺?」


振り返ってみると、学校で見慣れた奴がそこにいた。


「やっぱり、坂本か……」

「そんな廃墟見て、何が楽しいんだ?」


ダルダルの白シャツと短パン。左手には近くのスーパーでアイスを買ってきたんだろうビニール袋を下げて、内一本を口にくわえている。


「そういえば、お前の近所だったな」

「なんだよ……俺に会いに来たのか。べ、別に嬉しくなんだからねっ」

「ごめん。やっぱりキモいわ……」

「あはは。少しはオブラートに包めよ……。アイスいるか?」

「ああ、二本くれ」

「なんでだよ!」

「ケチくさいやつだな。そんだけ買っておいて、一本も二本も変わんねえだろ」


とにかく俺は坂本から、バリバリ君を二本強奪し、一本を佳世に渡す。


「いいの?」

「ああ、こいつん家は金持ちなんだよ」


佳世は申し訳なさそうに封を切ると、溶けている下部分から舐め始めた。

俺もそれに続けてバリバリ君を口に突っ込み、火照った体を冷ます。


ああ……。なんで、休日までこいつの顔を見なければならないんだよ……。やっぱり、休日に外に出るなんて悪いことしか起きねえじゃねえか。


「そういえばよ。お前がやりたいって言ってた新作がやっと届いたんけど、やってくか?」


外最高。やっぱり持つべきものは友だな。


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