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レッスン9


「すっごく綺麗になっていたから、すぐには分からなかったよ」




それは嘘だ。

自慢じゃないが良く言われる。


「麗華って変わんないねー、子供の頃から『まんま』っ」


とアルバムを見た友達に必ずと言って良いほど笑われる。

もうそれは話が尽きた時の、鉄板ネタと化している。


「遥人君の方が変わっているよ。全然分からなかった。背も高くなったし、男の人っぽくなったから……」


高くも低くも無いと評したけれども、それはあくまで熊野さんと比べてのコトだ。

遥人君の身長はむしろ、平均より上だろう。それに体格も細マッチョというか引き締まっているし、整った顔は十分イケメンと言って差し支えないだろう――――雑誌モデルかと見紛う熊野さんのように、見ただけで目が眩しいって程ではないけれども。柔和な笑顔も親しみやすく短めの頭髪も流行りのスタイルを維持していて、はっきり言って相当モテるんじゃないかと推察してしまう。


おまけにピアノも弾ける。今も当時のレベルを維持できていたら、かなりの腕前のハズ。スーツの如何にも出来るって感じの男性がさらっとピアノを弾き出したら、ギャップ萌えに悶える女性が山になるだろうな。


……でも弾けない人が頑張って弾いている姿も、結構萌えるんだよな。如何にも弾きそうもない体格の良い男性が一所懸命鍵盤を辿っている姿も、ちょっと可愛いって言うか……。


あれ?

これも熊野さんのコトか……?


さっきから遥人君のコト熊野さんと比べ過ぎだな……まあ最近子供を除いて、男性と言えば熊野さんくらいとしか接触してないから……。熊野さんは私が今接している唯一の同世代の男性だから。


深い意味は無い……無いハズ……もう今となっては無い方がいい……。



「そう?小学校の頃はよく女の子に間違われたしね。麗華ちゃんも最初、俺の事女子だと思って声掛けて来たよね」

「あ、そうだったね!……ゴメンね。でも私男子が苦手だったから、勘違いしていなければ遥人君と話す機会無かったかも」

「じゃあ、俺にとっては幸運だったのかな。麗華ちゃんと仲良くなれたから」




そんなに仲良かったかな?




私基準では男子の中では小学校の頃一番親しい存在だったし、勝手に仄かな恋心も抱いていた。優しくて笑顔が綺麗で物語の王子様みたいだって思っていたし。確かに見た目が女の子みたいだったから、構えずに話をすることができたんだよなぁ……。だけど、普通の小学生としては交流が少ない方じゃないかって思う。


「俺、あの頃見た目が女っぽいのがコンプレックスでさ。女子が苦手だったの。けっこう小学校高学年の女子って容赦ないからさ。クラスの女子にからかわれて女の子が苦手だったんだ。でも、麗華ちゃんはそういう事全然無くて普通に接してくれたでしょ?だからあの頃仲良かった女子って麗華ちゃんくらいだったんだ」

「え!……そうだったの?」

「うん。そういえば、こういう話した事無かったね。……俺も男だから格好付けてたのかなぁ、細かい事気にしてる人間に見られたく無かったのかも」


まるで私の話を聞いているみたいだった。


「私も……私も一緒だったよ!クラスのリーダーの男子が乱暴で、三つ編み引っ張ったりからかったりされて……男子が苦手だったの。でも遥人君だけは普通に話せたんだ。遥人君、いつも優しかったしニコニコしていて……隣にいても安心できたから」

「そっか。そうだね―――俺は少なくとも髪の毛を引っ張ったりはしないかな」


クスクスと遥人君は笑って、コーヒーを一口飲んだ。


「このパン屋さん、よく来るの?」

「偶に……仕事の帰りに地下鉄を使うから。遥人君は?」

「俺はこの近くに住んでるんだ。だから帰りがけ、よくここでパンを買って帰るよ。イートインは今日初めて利用した。すごく近くにいたんだね。顔合わさなかったのが不思議なくらいだ」

「そうだね。今日は仕事がいつもより早く終わったの……だからかな?帰る時間が合わなかったのかも」


こんな偶然があるんだ。

同じ街に住んでいるんだから、あり得ないコトじゃないけれども。


なんか……良かった。


今日は落ち込んでいたから。だけど偶然遥人君に会えた驚きで、暗い気持ちが吹き飛んでしまった――――という処に考えが及んで、落ち込んでいた理由を思い出す。いかんいかん、考えちゃ。やっと気分が浮上して来たのに。


私は心に渦巻きそうになる罪悪感やら自分に対する失望やら、熊野さんの心の中を勝手に想像逞しく描いてしまう自分のネガティブ思考を、体の奥にギュウっと押し込めた。




ブー・ブー・ブー……




ん?スマホ?


思わずポケットに手を遣ると、振動を感じない。

違った、私じゃない。

遥人君のスマホがマナーモードで震えていた。


遥人君は画面をタップすると、簡単に返信を返した。


「残念だけど、もう行かなきゃ――――麗華ちゃん」

「ん?」

「せっかく偶然会ったんだ。連絡先、交換しない?」


遥人君はニッコリと微笑んだ。

スマートな対応、裏の無い爽やかな笑顔に「やっぱりモテそう」と改めて心の中で呟いた。


「そうだね」


すぐに返事が出来たのは、熊野さんのお陰かもしれない。

男性に対する無駄に高い壁が少し低くなったのは、確実に熊野さんとの交流の成果だろう。


『人類の半分は男性!』と断言した百戦錬磨の友人の言葉をまた思い出した。


そうだね。

男性にも色んな人がいるのだ。

優しい人も、怖い人も、乱暴な人も、話しやすい人も。


遥人君は逆に女の子が苦手だったという。

でも今の彼にはそういう苦手意識は感じない。努力して既に克服したのかもしれない。


それが普通だ。


私が気にし過ぎだったのだ。中学校……少なくとも高校や大学で、男性との交流を頑張っていれば……舞い上がって飲み過ぎて、迷惑掛けたり絡んだりするような事態に、社会人になってまで、陥らなかっただろうなぁ……。




連絡先を交換しながら、ガクッと思わず項垂れてしまう。


「どうしたの?」


突然の私の行動に、具合でも悪いのかと遥人君が顔を覗き込んでいた。


うっ近い……


思わず体が固まってしまう。

熊野さんのコトは平気になったけど(かなり強引にお酒の力で距離の問題を克服したから……)まだあんまり距離の近さには慣れないなぁ……。


私は内心の拒否反応を務めて抑え、できるだけ明るく笑って首を振った。


「ううん、大丈夫」

「そう?気を付けて帰るんだよ。じゃ、また。連絡するね」

「うん、またね」


手を振りながら去っていく遥人君に手を振った。


苦手じゃない筈の遥人君にも緊張してしまうとは。

まだまだ、克服するまでには先が長いなぁ……なんて溜息を吐いて。


それから気を取り直して、シナモンロールに齧り付いた。




何の戦いか判らないけれども、とりあえずお腹を満たそう。

『腹が減っては戦はできない』からね。







** ** **







遥人君と再会して、昔のコトをより鮮明に思い出した。

その影響なのか―――その夜私は夢を見た。







** ** **







「痛いっ」


窓の外を見ながら、次の発表会の楽譜を頭の中で追いかけていた。

急に後頭部の右側に強烈な痛みが走って、思わず声を上げた。


三つ編みを掴まれて引っ張られたんだと、理解した。

引っ張るのはいつもアイツだ。


私の大嫌いなアイツ。


振り向けばきっと、楽しそうに笑っているのだろう。

いつもその笑顔は何故か晴れ晴れとしていて、私の内心のムカムカと正反対の感情を向けるアイツに、私は瞬間的に殺意さえ抱いたものだ。

振り向きたくないのに、夢の中の私は振り向いてしまう。


アイツの顔を見たくない。


嫌悪感のあまり、私はアイツの顔をあまり覚えていない。

見たくない―――思い出したくないから、体が無意識にその記憶を排除してしまったらしい。

だけどアイツにされたコトや痛みは体に覚えていて……アイツの雰囲気や特徴だけが、嫌悪の対象として私の体に刻まれてしまった。


私は振り向いた。


振り向いてアイツの顔を見た。




「……!」




アイツは笑っていた。爽やかで、魅力的な笑顔で。

キラキラしたその笑顔は――――







** ** **






パチリ。


カーテンの隙間から差し込んだ光が、私の瞼を焼いていた。


汗を一杯掻いているのが判った。体を起こすと額から雫が伝うほど。




「そんなワケない……ただの夢だよ」




私は敢えて声に出して否定した。




夢を見た。

小学校のイジメッ子が私の三つ編みを引っ張るの。

振り向くとソイツはいつも屈託のない笑顔で笑っている。




笑っているその顔は――――熊野さんに似ていた。




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